家族へのクリスマスプレゼントに迷ったらiPad。まだビデオデッキが元気だった1980年代、年末になると家電量販店Radioshack(2015年と2017年に破産)からクリスマス向けのカタログが送られてきた。その頃のカタログに載っていたガジェットの多くが、今のタブレットやスマートフォンに置き換えられている。iPadは無印モデルが300ドル台から、誰にでも何かしらの使いみちがあり、米国のガジェット系の ホリデーギフトガイドでは毎年、その年の手頃で新しいiPadが選ばれている。

でも、何でもできるのは良いことばかりではない。デメリットもある。例えば電子書籍を読んでいる途中で、ついYouTube動画を見始めて、そのまま読書に戻らなかったりする。だから、私は読書にはマルチタスカー向けのタブレットではなく、KindleやKoboのような電子書籍専用のリーダーデバイスを使っている。1つの用途に絞り込まれたユニタスク・デバイスの方が集中できるし、その方が本のストーリーに没頭して楽しめる。

それは仕事にも言えることで、こうして書きものをしている時も、ちょっとTwitterをチェックしたまま、リンクされたぺージなどに行ったきりになってしまうということがままある。その昔、PCの性能が貧弱でインターネット接続にダイヤルアップが必要だった頃。書くことしかできなかったからPCでの原稿書きは本当に集中できた。あの頃のPCを使いたい……とは思わないが、あの頃の集中は取り戻したい。だから、大量の資料を読み込む時など集中して読むために、ドキュメントやWeb記事をKindleに送って読んでいる。でも、面倒な作業であり、表示の遅さもあってできるなら改善したいと思っていた。 。

  • InstapaperはKindleにメールアドレスを登録して、”あとで読む”記事をKindleに送信できる

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そんなダメな私にiPadの方から歩み寄ってくれた。iPadOS 15(とiOS 15、macOS Monterey)に追加された「集中モード」である。これまで「おやすみモード」という名称で提供されていた通知や着信をフィルターする機能を、"おやすみ"ではなく"集中"のために強化した。

デフォルトで「睡眠」「運転」「ゲーム」「フィットネス」「マインドフルネス」「読書」といった設定が用意されていて、それを土台に、または全く新しく自分の"集中モード"を作成できる。例えば、「ゲーム」設定では通知を重要な連絡先や特定のアプリに絞り込み、ワイヤレスコントローラーを接続したり、特定のゲームを起動した時にゲーム集中モードへ自動的に切り替わるように設定できる。

集中モードが便利なのはホーム画面をカスタマイズできること。従来の通知を減らすだけの機能は、スマートフォンを1日に何十回・何百回もアンロックするのを減らすのには有効だった。でも、私のように集中できる時間を作りたい人には十分とは言いがたい。そこにゲームがあったら、通知に邪魔されないことも相まってつい手が伸びてしまう。集中モードでは仕事用のアプリだけが並ぶホーム画面を作成できるので、そんな誘惑を刈り取れる。使い方は、ホーム画面の2枚目に仕事用のアプリ、3枚目にエンターテインメント用のアプリというように整理して、「仕事」の集中モード時には2枚目のみホーム画面に表示されるようにする。

  • 「集中モード」で仕事用モードなどを設定する際に、各モードで表示するホーム画面をページ単位で選択できる

もちろんアプリへのアクセスを制限する機能ではないので、ホーム画面に表示されなくても、アプリのリストに入り込んでいくとゲームなど他のアプリにアクセスできる。でも、iPadOSやiOSはホーム画面からアプリを利用するユーザーインターフェイスになっているので、ホーム画面に表示されない効果は大きい。表に見えないアプリをわざわざ掘り出そうとは思わない。集中モードに切り替えるだけで、仕事専用のiPadを用意したように集中して仕事を片付けられる。

まだSNSがなかった時代から、仕事中に頻繁にメールをチェックすると生産性が落ちると指摘され、2009年にはスタンフォード大学の研究者グループによるマルチタスキングの負の影響を指摘した研究結果が話題になった。複数のメールやインスタントメッセージの会話を同時に進行させたり、メッセージをやりとりしながらテレビを見る、または次々にWebサイトにアクセスしながら宿題をまとめるといったマルチタスクを好む人は、注意散漫になりやすく、タスクのミスを起こしやすい。

そのように、以前は生産性や効率性をアップさせるワークハックとしてモノタスク(シングルタスク、ユニタスク)が語られていたが、近年は健康のためにも必要であると見られている。マルチタスクは脳を疲弊させる。1日に重要な決断に使える精神的なエネルギーには限りがあるから、それを浪費しないようにFacebookのMark Zuckerberg氏が着る服にこだわらないのは有名な話だ。人の注意力資源は有限であり、それを使い切ることで1日の終わりには疲れを感じる。マルチタスクは、その使い切るペースを加速させる。

パフォーマンスを損なうことなくマルチタスクをこなせる人はわずか2.5%という研究報告がある。新型コロナ禍で日常化したビデオ会議は様々なアプリを同時に使うことが多い。ビデオ会議で楽になったことがある一方で、ビデオ会議の方がミーティング後に疲れを感じるという人が少なくない。リモートワークの導入に積極的なテクノロジー企業がマインドフルネスなど心のケアにも積極的なのは、コロナ禍という先行きが不透明な状況のストレスだけではなく、様々なアプリを切り換えながら働くマルチタスキングによるストレスの増加への対策でもある。

1つのことしかやらないモノタスキングは「誰にでもできる退屈なこと」と思われがちだが、デジタルデバイスの中毒性を避けるのは容易ではない。「スタンフォードの自分を変える教室」の著者である心理学者のKelly McGonigal氏は、今日の人々が「身につける必要があることの1つ」としている。ポッドキャスト「Note to Self」でデジタル情報過多の問題を扱ったManoush Zomorodi氏は、モノタスキングは「デジタル・リテラシー」であると指摘する。PCやタブレット、スマートフォンを使う際にモノタスクを心掛けるのは、学校で「集中しなさい」と注意されるのと同じというわけだ。