パナソニックホールディングス プロダクト解析センターでは、自動化と高度化を両立した「設計AI」の活用に取り組んでいる。経験や勘に頼らない新たなモノづくりへの挑戦であり、すでにいくつかの成功事例が生まれている。3回目となる今回は、「設計AI」への取り組みを追った。

・パナソニックの競争力を支える「プロダクト解析センター」の取り組み - 前編
https://news.mynavi.jp/article/newsinsight-445/
・パナソニックの競争力を支える「プロダクト解析センター」の取り組み - 中編
https://news.mynavi.jp/article/newsinsight-446/

「設計AI」は、プロダクト解析センターが取り組む8つのコア技術のうち、「デバイス創造」のなかに含まれる。担当しているのは、デバイス・空間ソリューション部だ。

  • パナソニック独自の「設計AI」を開発した

    パナソニック独自の「設計AI」を開発した

パナソニックホールディングス プロダクト解析センターデバイス・空間ソリューション部の太田智浩部長は、「デバイス・空間ソリューション部では、市販ツールだけでなく、パナソニック独自のシミュレーション技術を活用することで、原理原則をしっかりと把握することに力を入れている。また、ここで明らかにした原理原則をもとに、専門技術を活用することで、デバイスや空間を、より良くするためのソリューションを提案しており、ここに強みを持っている」と胸を張る。

  • パナソニックホールディングス プロダクト解析センターデバイス・空間ソリューション部の太田智浩部長

    パナソニックホールディングス プロダクト解析センターデバイス・空間ソリューション部の太田智浩部長

その上で、「製造業においては、少子高齢化による労働力の減少の課題が顕在化しており、指導する人材の不足、育成した人材の退職、人材育成に時間が割けないといった課題も生まれている。モノづくりの革新は多くの企業が直面する問題であり、AIやロボティクス技術を活用した設計の自動化は、それを解決するための手段のひとつである」とし、「プロダクト解析センターでは、パナソニックグループの強みであるシミュレーションとAIを融合して、デバイスを自動で素早く設計する独自の設計AIを開発した。ここでは、単なる自動化ではなく、人が思いつかないようなものを設計できるようにした。自動化と高度化を両立したものになる」と位置づけた。

  • 日本で急速に進んでいる少子高齢化。それによる労働力の減少が大きな課題になっている

    日本で急速に進んでいる少子高齢化。それによる労働力の減少が大きな課題になっている

  • 製造業における人手不足は深刻。モノづくりの革新は多くの企業が直面する問題だ

    製造業における人手不足は深刻。モノづくりの革新は多くの企業が直面する問題だ

これまでの設計は、設計者が蓄積してきた経験や、これらの経験に基づいた勘によって、初期構造(基本構造)を設定。それをベースにシミュレーションや実験を繰り返し、改良を加えることで最適なものを作り上げることが一般的だった。パラメータ最適設計と呼ばれる手法である。

「だが、この設計手法では、初期構造に影響されるものになったり、進化が限定的なものになってしまったりという課題がある。また、初期構造の設定を誤ってしまうと、最適化してもいいものにならないため、最初からやり直すという作業が発生する場合もある」と指摘。「プロダクト解析センターで目指しているのは、初期構造は一切設定せずに、AIが設計領域だけを考え、どんな材料を、どんな風に配置すれば、最も性能があがるのかといったことをゼロベースで追求できるようになる。革新的な構造を導出することができる」とする。

  • 従来との違いとして、初期構造は一切設定せずに、ゼロベースで革新構造を得るという手法をとる

    従来との違いとして、初期構造は一切設定せずに、ゼロベースで革新構造を得るという手法をとる

人の経験や勘は、当然のことながら限られた経験値をベースにしている。また、限られた時間のなかでの作業が前提となる。だが、AIは、探索の対象となるデータ空間は、個人の経験をはるかに超える広さがあり、24時間265日稼働することができる。

  • 人の経験や勘を超える広さがあることから、革新構造の導出を期待

    人の経験や勘を超える広さがあることから、革新構造の導出を期待

これまでの発想とは異なる設計が、AIによって実現するというわけだ。

プロダクト解析センターでは、設計AIの実現に向けた開発に、10年以上前から取り組んできたという。

「設計の現場からは、より良いものを開発するためには、従来の手法では限界があるという声があがっていた。なにもないところからAIによって設計することで、従来にはない新たなものが生まれる可能性への期待感はあった。これが、生成AIの登場以降、大きく変化し、現場からも設計AIに対する関心が急速に高まってきた」と振り返る。

設計AIによる具体的な成果のひとつが、メンズシェーバー「ラムダッシュ」に搭載しているリニアモーターの進化への取り組みだ。設計AIを本格的に採用した実績としては、第1号といえるものだ。

  • 設計AIによって小型化を実現したラムダッシュに搭載しているリニアモーター

    設計AIによって小型化を実現したラムダッシュに搭載しているリニアモーター

  • パナソニックのメンズシェーバー「ラムダッシュ」シリーズ

    パナソニックのメンズシェーバー「ラムダッシュ」シリーズ

リニアモーターは、内刃を高速に往復振動させるための基幹部品である。ラムダッシュの心臓ともいえる部分を担う。だが、性能を維持しながら、より小型化したものに進化させるには、従来技術のままでは限界に達しようとしていた。

そのリニアモーターの開発において、設計AIを活用。性能に最も影響を与える部分を設計領域として定義し、どんな材料を、どうレイアウトすると、最も性能が高まるかといったことをベースに、AIに設計をさせたという。ここには、パナソニックが蓄積してきた経験値や設計データは一切入れていないという。

「正直なところ、どんな答えが出てくるのかはわからないといったところからスタートした。最初の設計では出力が低いままだったが、AIが自動で計算を繰り返し、出力値をあげるための構造を探索して設計を進めた結果、最終的には、人が設計したものを上回る出力を発揮できるようになった。人の経験や勘に頼らずに、素早く革新的な構造を導出することができた」とする。

このときには、GPUを搭載していない一般的なサーバーを活用した。だが、この環境で、有限要素法などを用い、リニアモーターの動作をシミュレーションすると、1回の計算だけで数時間かかってしまい、結果を導き出すまでには数年かかることになる。そこで、プロダクト解析センターでは、計算精度を多少落としながらも、進化の傾向を推測することができるアルゴリズムを独自に開発して適用。それにより、高速にシミュレーションを行えるようにしたという。現在では、複数台のサーバーを活用することで、数日間で結果を導出することが可能になっている。

設計AIは、シェーバーのほかに、モーターや電動工具など、6件以上の製品に適用。すべての案件で、現状を上回る出力向上を実現。平均して10%以上の出力向上を達成しているという。また、設計者によるこれまでの発想にはなかった構造が実現したことで、新たな特許の取得にもつがっている。さらに、材料コストを考慮したバランス設計を指示したことで、30%のコスト削減が可能になった案件もある。

  • 設計AIの活用実績

    設計AIの活用実績

プロダクト解析センターでは、設計AIの活用によって目指す姿として、設計の繰り返しゼロによる「開発期間の短縮」、ゼロベースの設計による「人が思いつかないような革新モデルの提案」、あるべき姿をもとにしたバックキャスト型での「モノづくりの変革」の3点をあげる。

「生産性向上、創造性向上に加えて、これまでの延長線上での改良ではなく、質量やコスト、性能といった観点から、バックキャストしたモノづくりへと変革することもできる」とする。

  • 設計AIの活用によって目指す姿

    設計AIの活用によって目指す姿

また、「様々な現象のシミュレーションとAIを融合することで、設計AIの適用範囲を拡大していきたい。設計現場での活用を促進したいと考えている」としている。すでに、「設計AIの活用については、社内外から30件以上の問い合わせがある」という。

  • 今後の技術展開として、様々な現象のシミュレーションとAIを融合することで、適用範囲を拡大したいという

    今後の技術展開として、様々な現象のシミュレーションとAIを融合することで、適用範囲を拡大したいという

新たな取り組みのひとつが、パナソニックグループ内で進めるAIサーバー向けの液冷デバイスの設計だ。AIサーバーを冷やすためのデバイスを、AI自らが設計するという構図ともいえる。

さらに、家電事業などを行うパナソニックでは、技術伝承と人材育成を目的とした「技術アカデミー」を社内で展開しており、研修メニューのひとつに設計AIを取り入れている。

  • AIサーバー向けの液冷デバイスの設計や、技術伝承と人材育成への活用など、新たな取り組みも進めている

    AIサーバー向けの液冷デバイスの設計や、技術伝承と人材育成への活用など、新たな取り組みも進めている

実は、設計AIを導入すると、設計者の仕事の仕方も変わる。

大阪大学では、設計AIを活用した講義を開始しているが、太田部長は、そこでの事例に触れながら、次のように語る。

「テーマを与えて、学生自ら設計する場合には、様々な要素を検討し、それをもとに反省、改善を加えることになる。だが、設計AIによる開発では、短時間に2倍の性能を持った結果が導出されただけでなく、学生の役割は、AIに対する制約条件の設定作業や、導出された成果に対して考察を行うものとなる。時間の使い方や活動が異なる。AI時代の新たな開発手法を学ぶ機会にもなっている」と述べた。

  • 大阪大学は設計AIを活用した講義を開始

    大阪大学は設計AIを活用した講義を開始

設計AIは、新たなものを導出するだけでなく、設計者の仕事を変えるきっかけにもなる。 設計AIによって、デバイスの進化の速度は急加速する。モノづくりの現場では、それがすでに実証されている。