NTTドコモは2021年7月15日、法人向けの5G活用に向けた取り組みをアピールするイベント「docomo 5G DX MEETUP for business」を実施。グーグルのスマートグラス「Glass Enterprise Edition 2」を取り扱い、XR技術を活用した取り組みを積極化するなど5Gと新技術を生かして法人需要を開拓する姿勢を見せるが、一方でその内容からは大きな課題も見えてくる。

グーグルのスマートグラスを企業向けに活用

最近は5G対応スマートフォンの増加などによって、コンシューマーに向けた5Gの取り組みが注目されがちだが、5Gのポテンシャルを最も発揮できるとされているのは法人向けの活用だ。5Gが持つ高速大容量通信・超低遅延・多数同時接続といった特徴を生かすことで、新事業の創出、そして従来デジタル化の恩恵が受けられなかった産業のデジタル化を実現できるとして、かねて大きな注目を集めている。

そうしたことから携帯各社も5Gの拡大を見据えて法人ソリューション事業に力を注いでおり、それが企業のデジタル化需要を獲得することで、行政から料金引き下げが求められている通信料収入の減収を補い成長を維持している。そうした中にあって、法人事業に関する新たな動きを見せたのがNTTドコモである。

同社は2021年7月15日に「docomo 5G DX MEETUP for business」というイベントを開催。同社の法人向け5G利活用に関する取り組みをアピールしていたのだが、その中ではいくつか新しい取り組みの発表もなされている。

  • NTTドコモは2021年7月15日に「docomo 5G DX MEETUP for business」を開催

    NTTドコモは2021年7月15日に「docomo 5G DX MEETUP for business」を開催。法人向けの5Gに関する新たな取り組みを披露していた

その1つがVR(仮想現実)やAR(拡張現実)などの総称「XR」に関する取り組みで、法人向けにグーグルのスマートグラス「Glass Enterprise Edition 2」を取り扱うことを発表したのだ。これはかつて大きな注目を集めた「Google Glass」の最新版で、46gという軽さと、ケーブルなしでも利用できる柔軟性が特徴。自然なスタイルで装着できることから、従来の法人向けスマートグラスでニーズが大きい工場などでの作業支援だけでなく、接客などより消費者に近い分野での活用が期待されているようだ。

  • NTTドコモは法人向け5Gビジネスの強化に向け、グーグルのスマートグラス「Glass Enterprise Edition 2」を法人向けに販売することを発表している

そもそもNTTドコモが法人顧客から5G活用に関する相談を受ける際、ニーズが最も大きいのは映像、そしてXRであるという。NTTドコモは携帯大手3社の中で唯一、高速通信に適した5G向けの周波数帯のみでエリア整備を進め「瞬速5G」をうたうなど、高速大容量通信を重視したネットワーク整備を進めていることから、それを有効活用できる映像やXRに関連する法人ソリューションの開拓に力を入れているようだ。

  • スマートグラスだけでなく、スマートフォンと360度カメラを用いて手軽に360度映像を配信できる、エヌ・ティ・ティ・ビズリンクの「AVATOUR」も提供するなど、5Gの高速大容量通信を生かしたXR関連ソリューションの強化を推し進める方針のようだ

実証実験から先が見通せない法人向け5Gの現状

もちろん高速大容量通信だけでなく、その先を見越した取り組みも進めているようだ。NTTドコモは2021年度中に、5Gの性能をフルに発揮できるスタンドアロン(SA)運用でのサービスへの移行を開始するとしており、そうすればさまざまな分野で期待されている遠隔操作や自動運転などのニーズに応えられる、超低遅延に関する取り組みも重要になってくる。

そこでNTTドコモの常務執行役員 法人ビジネス本部長である坪内恒治氏は、5Gをより深く追求する取り組みとして「Beyond-MEC」を紹介。これはネットワークの中で端末により近い場所でデータの一部処理をすることにより、ネットワーク内での遅延を少なくする「MEC」(Multi-access Edge Computing)の機能を備えたクラウド。SAでの利用を見越し、従来同社が展開している「docomo Open Innovation Cloud」より処理能力を大幅に向上させたクラウドになるという。

  • MECの役割を果たす「docomo Open Innovation Cloud」にエヌビディアのGPUを搭載し、5Gを用いて遠隔から3D-CADを操作するデモ。MECとGPUの活用で大容量のグラフィックを素早く処理し、遅延なく快適に操作できる様子を示している

NTTドコモではSA時代に向けBeyond-MECを活用することで、4Kなどの高解像度映像やXRなど通信量の多いデータを、遅延を抑えて伝送できる仕組みを整え、高度なネットワークを求める企業のニーズに応えたい考えのようだ。

そうした将来に向けたさまざまな取り組みが進められていることは、5Gの法人活用に向けて非常にポジティブな動きではあるのだが、一方で気になるのが足元の動きだ。NTTドコモは今回のイベントに合わせ、同社が取り組んでいる技術や法人向けソリューションの展示もしていたのだが、それらの話を聞いてみると、5Gを活用した法人向けの取り組みの多くは実証実験、あるいはその前段階となる、実現の可能性を検証するPoC(概念実証)にとどまっているものが殆どであるようだ。

確かに5Gに期待する企業は非常に多いのだが、SA運用に移行しなければ5Gの本領を発揮できないという事情があるのに加え、5Gの活用でビジネスの効率化や収益向上につながるという明確な活用事例をまだ開拓できていないことも、企業での本格活用につながっていない要因となっているようだ。

それゆえ5Gを活用した法人ビジネスが本格化するのは、SA運用に完全移行し、なおかつ明確な活用事例が見えてきた頃、具体的には3年くらい先になるのではないかと見られている。その間5Gに高い期待を抱いていた企業が失望して5G活用への投資を減らす、あるいは止めてしまうケースが出てくる可能性もあるだけに、携帯各社には実際のビジネスにつながるまで辛抱強い努力が求められることになりそうだ。