イオンリテールは2021年8月12日、同社がMVNOとして提供しているモバイル通信サービス「イオンモバイル」の料金改定に関する発表会を実施した。中でも大きな驚きをもたらしたのは、NTTドコモやKDDIなどの携帯大手が販売するスマートフォンと、イオンモバイルのSIMをセットで販売することを明らかにしたことだが、なぜそのようなことが可能なのだろうか。

料金改定に加え新たな販売手法も明らかに

ソフトバンクのオンライン専用ブランド「LINEMO」が、月額990円で3GBの通信量が利用できる「ミニプラン」を投入。MVNOが得意とする小容量・低価格の領域に踏み込んできたことから、MVNOの危機感が再び強まっていると見られている。

そうした中、「イオン」など総合スーパーを運営するイオンリテールが展開するMVNO「イオンモバイル」が、2021年8月12日に、自社サービスの料金改定に関する発表会を実施した。そこで発表された内容の中心となっていたのは、もちろん既存プランの料金改定だ。

  • イオンリテールは2021年8月12日にイオンモバイルの発表会を実施、既存プランの料金改定のほか、いくつかの新たな施策を打ち出していた

    イオンリテールは2021年8月12日にイオンモバイルの発表会を実施、既存プランの料金改定のほか、いくつかの新たな施策を打ち出していた

イオンモバイルは2021年4月に料金プランをリニューアル、1GBからは10GBまでは1GB単位で通信量を選べる「さいてきプラン」などの提供を開始しているのだが、2021年10月1月からはそれら料金プランのうち、音声プランの料金を一律で220円引き下げるとのこと。イオンモバイルがネットワークの提供を受けているMVNE(Mobile Virtual Network Enabler)の音声通話の契約形態が変わり、仕入れコストが下がった分をそのまま値下げしたのだという。

  • 音声サービスの仕入れコストが下がったことから、2021年4月より提供開始した猟奇プランを一律220円値下げするとしている

それに加えて音声通話に関しても、2021年10月1日からは専用アプリを使うことなく、全ての国内通話が30秒11円になるとのこと。月額1500円で通話し放題になる「イオンでんわフルかけ放題」を2021年内に提供することも打ち出しており、通話サービスの充実も進めめられるようだ。この他にも、法人向けの低速・低容量プランの提供など新たなサービスがいくつか発表されているのだが、中でも注目されたのが今後の取り組みで打ち出された施策である。

イオンでは店舗にもよるが、イオンモバイルのSIMとSIMフリー端末だけでなく、NTTドコモやKDDI、ソフトバンクといった携帯大手のサービスや端末の販売も実施している。そこでイオンモバイルでは今後、携帯大手が販売するスマートフォンと、イオンモバイルのSIMをセットで販売することを推進していくことを明らかにしたのだ。

  • イオンでは今後、携帯大手のスマートフォンと、イオンモバイルのSIMのセット販売も推進していくとのこと

これまで携帯大手が販売するスマートフォンは、携帯大手の通信サービスとセットでなければ購入できないというのが常識だった。それが一体なぜ、イオンモバイルがこのような販売方法を実現できるようになったのだろうか。

携帯大手にはデメリット、端末の没個性化が加速か

そこに大きく影響しているのは総務省の施策であり、1つは2019年の電気通信事業法改正だ。この法改正で「通信と端末の完全分離」が義務化され、携帯大手3社には回線契約者だけでなく、非回線契約者にもスマートフォンを販売することが求められるようになった。

だが総務省が大手3社のショップで覆面調査をした結果、1~3割のショップで非回線契約者への端末販売を拒否するという事例が発生。総務省の怒りを買う事態となっている。そうしたことから携帯大手は、非回線契約者にも端末販売することが国から強く求められ、従わなければ強い制裁を受ける可能性がある。

  • 総務省「競争ルールの検証に関するWG」第17回会合資料より。総務省の覆面調査の結果、非回線契約者への端末販売が、多い事業者では3割近くに達していたという

そしてもう1つは、2021年8月10日に改定された「移動端末設備の円滑な流通・利用の確保に関するガイドライン」によって、2021年10月1日以降に発売されるスマートフォンにはSIMロックをかけること自体が原則禁止されたこと。これら一連の規制により、携帯大手の非回線契約者が、ショップからSIMロックのかかっていない端末を購入できるようになったことを受け、イオンモバイルがセット販売を打ち出すに至った訳だ。

こうした販売手法が確立されることは、端末調達力が低いMVNOにとって大きなメリットとなることは確かだ。携帯大手はアップルの「iPhone」の最新モデルや、SIMフリー版の扱いがないサムスン電子の「Galaxy」シリーズ、SIMフリー版の販売が遅れる傾向にある「Xperia」「AQUOS」といった国内メーカーのスマートフォンなど、人気の高いスマートフォンを多く扱っている。それらを自社のSIMをセットで購入してもらいやすくなることが、顧客拡大につながる可能性は高い。

ただ携帯大手の端末とセット販売を実現するには、イオンのように携帯大手の販売店を抱えている必要があり、同様の販売手法を取ることができる可能性があるのは家電量販店などに限られてくるだろう。また対応周波数帯の問題や端末価格などを考慮すれば、そうした購入方法を選ぶ人が多数に上るとも考えにくい。それゆえイオンリテール側もこうした販売方法を大々的にアピールする予定はなく、あくまで知っている顧客に案内する形になるとのことだ。

  • 携帯大手の端末とイオンモバイルのSIMによるセット販売が実現できるのは、全国のイオンで携帯大手の端末やサービスを販売しているからこそ。それゆえセット販売ができるのは実店舗のみで、イオンモバイルのオンラインショップではできないという

だが一方の携帯大手にとって、こうした販売手法の確立はデメリット以外の何者でもない。なぜなら携帯電話会社のビジネスで重要なのは毎月の通信料収入であり、端末販売はある意味、そうした通信料収入を払い続ける人達の満足度を高めるためのものでもあるからだ。

それゆえ各社はオリジナル端末などを開発したり、他社にはない独占販売モデルを調達したりするなどして独自性を打ち出し、他社との差異化を図ってきた。だが今回のイオンモバイルの措置で、自社回線利用者のために提供する端末を、他社回線ユーザーに容易に購入されることが明確にされてしまったことで、携帯大手が端末に力を入れる意義が大幅に失われてしまったといえる。

その結果起きる可能性が高いのが、携帯大手が端末で独自性を出すことに一層消極的になってしまうことだ。近年、総務省による端末値引き規制の影響で携帯大手がリスクを取れなくなったことから、独自性のある端末開発を避ける傾向が強まっていたが、イオンモバイルの販売手法が定着する今後は、その傾向が一層加速し、日本のスマートフォンの没個性化が一層進むこととなりそうだ。

  • ソフトバンクはライカカメラが監修した「LEITZ PHONE 1」など独自端末の調達を強化しているが、イオンモバイルの動きはそうした動きを停滞させる可能性もある