象印マホービンが2020年10月に発売した、空気清浄機「PU-AA50」。25年前から空気清浄機を展開している同社にとって5年ぶりの新製品だ。

発売に至るまでの異例の開発経緯やプロセス、新規パーツの開発エピソードを伺った前回に続いて、フィルターの開発と形状、外観上のこだわりや工夫について、同社第二事業部 サブマネージャーの柳原浩貴氏に語ってもらった。

  • 象印マホービンの空気清浄機の新製品「PU-AA50」。適用床面積は24畳用。ハウスダストや花粉が留まりやすいとされ、小さな子どもの生活空間でもある床上30センチの高さに、全方位から空気を吸い込める吸引部を設けたのも特徴だ

    象印マホービンの空気清浄機の新製品「PU-AA50」。適用床面積は24畳用。ハウスダストや花粉が留まりやすいとされ、小さな子どもの生活空間でもある床上30センチの高さに、全方位から空気を吸い込める吸引部を設けたのも特徴だ

フィルターが「四角」になった理由

フィルターは、ファンと並ぶ空気清浄機におけるキーパーツ。フィルターの開発は、ファンとほぼ同時に始まり、この2つにリソースが集中投下されたという。

柳原氏によると、フィルターの開発にあたり、性能はもちろんのこと、こだわったのは「お手入れのしやすさ」と強調する。

「空気清浄機は、メンテナンスしてこそ。24時間365日使い続けるにあたって、お手入れがしやすく、清潔さを維持できることが大切です。欧米系のメーカーでは、フィルターは交換するものという思想が主流です。我々としても、できるだけお手入れの手間を簡単にしたいという思いがあり交換式を採用しました。また、フィルターを無理なく定期的に交換していただくには、価格も重要です。そこで機能は最小限に、本体やフィルターのコストを抑えることを目指しました」

PU-AA50のフィルターは、大面積の4面フィルターを採用している。「面積を大きくすると、その分多くのダストをキャッチできて、寿命も長めに設定できる」のが理由の1つ。開発にあたって様々なメーカーのフィルターを検討し、最終的には東レに依頼した。

高性能の「静電メルトブロー不織布トレミクロン」を採用。マンションの6階まで届くほどの長さの濾材(ろざい※)をプリーツ状に折りたたんだ大面積フィルターを搭載している。除菌・脱臭・高性能静電フィルターの3層構造になっており、1つで集塵・脱臭・除菌の役割を担う。

※濾材(ろざい)…空気や液体から固体を分離する際に用いる多孔性の材料。空気清浄機の場合、空気中のちりを集めて取り除くために用いられる。

  • 東レと共同開発した4面フィルター。除菌・脱臭・高性能静電フィルターの3層構造で、広げた長さはマンション6階相当になる密度の高さだ

    東レと共同開発した4面フィルター。除菌・脱臭・高性能静電フィルターの3層構造で、広げた長さはマンション6階相当になる密度の高さだ

タワー型の空気清浄機はもはや珍しくないが、フィルターは円筒形が多い。それに対して、本製品は4枚の長方形フィルターを4面貼り合わせた四角形だ。柳原氏は、この形を採用した理由を次のように説明した。

「円筒形にすると、外周と内周の部分が生まれるので、プリーツ状の外周側の部分にデッドスペースが出てしまうのがもったいないと思っていたからです。デットスペースになるわずかな部分には、本体側の電機系統を収めました。一番の課題は、いかにして大きな濾材をこのサイズに詰め込むかでしたね。捨てる時のことも考えて、畳める機構にするのもこだわりました。最初に話を持ち掛けた後、とあるフィルターメーカーさんからは、『冗談だと思っていたけど、本当にこの形にするんですか!?』と言われたりもしましたけどね(笑)」

「フィルター交換の手間をできるだけ楽にしたい」という心遣いは、人知れぬ部分にも仕込まれている。4面のフィルターはトレーに乗っていて、本体内にスライドさせラクに出し入れできる仕様だが、「フィルターの下の部分は、レールみたいに滑りやすくするために、実は段差を設けているんです」と柳原氏。さらに、「フィルターの上部には、上向きに斜めになるよう、入口の部分にガイドも設けています。フィルター上部にはシール材を設けて、クッションで密着度を高めつつも、ガイドに合わせて上下し、フィルターを出し入れしやすいように工夫しています。フィルターがトレーに乗っているのは、交換するとき、汚れたフィルターに触れる回数を少なくしたいという配慮からです」と、その徹底ぶりを語る。

  • フィルターは上下にフレームを取り付けて本体内に収める仕様。下側はトレー状にして、本体になるべく触れずにスムーズに引き出せるのもこだわり

    フィルターは上下にフレームを取り付けて本体内に収める仕様。下側はトレー状にして、本体になるべく触れずにスムーズに引き出せるのもこだわり

  • フィルターをセットする内側には段差を設けてレール状にすることで、滑りやすくなっている

    フィルターをセットする内側には段差を設けてレール状にすることで、滑りやすくなっている

  • フィルターは2つ折りに畳み、コンパクトにして捨てられる

    フィルターは2つ折りに畳み、コンパクトにして捨てられる

パネル型からタワー型へ、性能とデザインのせめぎあいも

象印がこれまで展開してきた空気清浄機は、フラットなパネル型の製品だった。PU-AA50では従来品から大きく形を変えて、タワー型を採用しているのもポイントだ。タワー型自体は空気清浄機の主流となりつつある形状・タイプだが、変更した理由を改めて訊ねた。

「海外の空気清浄機を見ると、タワー型がスタンダードです。形状に関しては、開発を進める中で検討を続けたのですが、四角いフィルターの縦横のサイズと二重反転プロペラファンという制約がある中で、性能を維持しつつ静音性を両立させる形状を突き詰めると、試作機を作っていく中で、自然とタワー型がいいという結論になりました」

  • 空気清浄機の肝は、ファンとフィルター。本製品ではキーパーツとなるこの2つにリソースを集中して開発

    空気清浄機の肝は、ファンとフィルター。本製品ではキーパーツとなるこの2つにリソースを集中して開発

本体サイズは、29.5センチ四方のフットプリントで、高さ72.5センチだが、「最初はもう少し大きかった」とのこと。「サイズをあらかじめ明確に定めてはいなかったのですが、他社製品と並べて比較したところ大きかったことから、フットプリントを今のサイズまで小さくしました」と話す。

小型化にあたって、本体の素材が一部変更された。「下のパンチング部分も最初は樹脂で、もっとごつい構造でした。そこで金属のパンチング構造に変え、強度を保ちながらも外郭を薄くすることでて小さくしました。穴のサイズも何パターンか検証しています。外側から中のフィルターが見えにくいほうがいいという声もあり、単なるパンチング構造でなく、明るい側から暗いところが見えにくい、格子戸のような設計にしています。ただ、風量とも両立させなければならないので、穴のサイズ選定は簡単ではありませんでしたね」

  • 吸引口となるパンチング部分は、外から空気を十分に吸い込みつつも、中のフィルターが外側からは見えにくくするという究極のバランスを模索した

    吸引口となるパンチング部分は、外から空気を十分に吸い込みつつも、中のフィルターが外側からは見えにくくするという究極のバランスを模索した

風が吹き出す天面部分は、蜂の巣状の「ハニカム構造」を採用。その内側にはメッシュも設けられている。「小さいお子さんがいる家庭こそ、空気清浄機が求められます。そうなると、お子さんが上に座ったり、乗ったりというケースも想定されるので、耐荷重を上げるためにハニカム構造を採用しました。中に物を落とす可能性も考えて、安全性に配慮しメッシュを設けました」と説明。ただし、「上からフタをするようなものですので、風の抵抗になってしまって、性能と静音性に影響しました。そこでファンの回転数なども改めて調整する必要がありました」と、ここでも苦労が尽きなかったようだ。

  • 空気の吹き出し口となる天面部分。強度を確保するために外側は二重のハニカム構造を採用し、内側にもメッシュを備え、物の落下を防ぐ

    空気の吹き出し口となる天面部分。強度を確保するために外側は二重のハニカム構造を採用し、内側にもメッシュを備え、物の落下を防ぐ

こうした苦労を経て、2017年末から2018年初頭にかけてサンプルが仕上がってきた。それ以降は丸1年を検証に費やし、プロトタイプが完成して以降、2019年にようやく量産体制が整った。同年12月頃に試験販売を開始して、一般販売に至ったのは2020年10月。これほどまでに時間をかけたのには理由があった。

「象印として世に出すには、納得できる品質のものを、という思いがありました。そこで今回は、アメリカの家電製品協会をはじめ、『花粉問題対策事業者協議会(JAPOC)の花粉対策製品認証」など、グローバルのメーカーではスタンダードな各種評価試験を受けました。試験を受けるには最終製品に近いものでなければならず、量産ギリギリの段階でようやく受けられるものになりました。時間をかけたぶん、いろいろな要素を詰め込むことができたと思っています」

製品全般に共通する「優しさ」

新製品のデザインは、「生活空間に溶け込むようなデザイン」を意識したという。「空気清浄機は、ユーザーが頻繁に操作するのではなく、常設していつも空気をキレイにしてくれる存在。それゆえに、主張しすぎず空間と調和することを最優先に考えました」と柳原氏。

「部屋の壁は白が多いので、それに合わせてホワイト系を選んでいます。黒系のシックなインテリアにそろえているご家庭もありますが、今回はスタンダードなホワイトを選択し、マットな質感にしました。操作部のLEDも主張しないように控えめにしていますが、全体的にシャープでありつつも、角の部分は大きめに取り、丸みを持たせて柔らかい印象に仕上げています。柔らかさがあるからこそ部屋にもなじみやすく、どこか親しみやすさや優しさのあるデザインは、象印の製品全般に共通していますね」

  • シンプルでわかりやすい操作・表示部。ランプの輝度も控えめで、柔らかく優しい雰囲気。象印の他の家電製品とも共通した印象のインターフェースだ

    シンプルでわかりやすい操作・表示部。ランプの輝度も控えめで、柔らかく優しい雰囲気。象印の他の家電製品とも共通した印象のインターフェースだ

一見すると、タワー型のごく一般的な空気清浄機。だが、中身はそれに反して高度なテクノロジーが詰め込まれ、いい意味で期待を裏切ってくれるPU-AA50。

昨今、市場にはさまざまな機能を搭載した製品や華やかなデザインの製品が並ぶ中、空気清浄機を発売して25年の歴史を持つメーカーが「空気清浄機とは何か?」とその本質に向き合い、改めて原点に回帰して、真面目に取り組んで作り上げた意欲作だ。

平凡に見えて実は"究極"。現在の市場においては異色かつ挑戦的ともいえよう。今後の空気清浄機市場の方向性を考える上で、問題作ともなりうる稀有な製品かもしれない。

  • 「PU-AA50」の開発の中心メンバーである、象印マホービンの第二事業部 サブマネージャーの柳原浩貴氏。全体的には直線的な設計でありながらも、「角に丸みを持たせて優しさや親しみやすさを表しているのが象印のデザイン意匠」とも語ってくれた

    「PU-AA50」の開発の中心メンバーである、象印マホービンの第二事業部 サブマネージャーの柳原浩貴氏。全体的には直線的な設計でありながらも、「角に丸みを持たせて優しさや親しみやすさを表しているのが象印のデザイン意匠」とも語ってくれた