2020年3月にアックスヤマザキが発売した「子育てにちょうどいいミシン」。その名が示すとおり、子育て中の家庭に向けた電動ミシンで、発売直後から入荷待ちの状態が続くほど、ママ層を中心に大反響を呼んだ。

毎年10月に発表される「グッドデザイン賞」においても、一般家電製品として唯一2020年度の金賞を受賞するなど、イノベーティブなプロダクトのあり方も評価されている。

今回は、アックスヤマザキ 代表取締役を務める山﨑一史氏に、商品開発の経緯をはじめ、プロダクトデザインに込められた思いや、製品化の過程におけるエピソードなどを伺った。

  • アックスヤマザキの「子育てにちょうどいいミシン」。2020年3月の発売から半年以上も入荷待ちが続くヒット商品となり、2020年度の「グッドデザイン賞」で金賞も受賞した

    アックスヤマザキの「子育てにちょうどいいミシン」。2020年3月の発売から半年以上も入荷待ちが続くヒット商品となり、2020年度の「グッドデザイン賞」で金賞も受賞した

開発のきっかけは家族の変化

アックスヤマザキは、大阪市生野区に本社を置く、1946年創業の老舗のミシンメーカー。山﨑氏は創業者から3代目にあたるが、「ミシンの市場はかなり縮小していて、私が入社した時点でも右肩下がりの状態でした」と語る。その一方で、家業がミシンメーカーだからといって、夫人にミシンを使うよう働きかけてはいなかったそうだ。「あくまでも一般家庭と同じ状況を知ろうと思い、我が家にはミシンを置かなかった」というのが理由だ。

ミシンが衰退していく理由について、山﨑氏はもちろん理解している。ミシンに対するイメージは、「難しい」、「めんどう」、「ジャマになる」などのネガティブワードが多く、敬遠されがちなのだ。

意外にも、それは山﨑氏の家庭でも同じ状況だったそうだ。転機となったのは、娘さんの入園に伴う、「入園グッズを手作りしてみようかな」という夫人のひと言。そして、実際に手作りしてみると、「子ども自身が選んだ生地を、親が一生懸命縫っている姿。それを子どもがすごく楽しそうに見ていて、傍からずっと離れなかったりします。それゆえに、でき上がった物に対する思い入れもひとしおで、やはりいいものだなと改めて思いました。こういう思いは、やはり大事にしていくべきだなと」

一方で、「ミシンを家業とする我が家ですら、当初『入園・入学グッズは買って済ませようかな?』と話していた。だとしたら、一般の方はいつミシンを触るのだろうか?」と、ふと疑問が湧いた。そこで、「裁縫に対するハードルを下げるミシンを作ろう」と思うに至った。

既存のミシンと根本から違う出発点

企画が持ち上がったのは2018年ごろ。山﨑氏は次のように話してくれた。

「ミシンには約170年の歴史がありますが、『扱いが難しい』という特性自体は変わっていません。基本構造はある程度同じで、それに機能を追加する方向で進化してきました。『入園・入学向けのミシン』もなかったわけではありませんが、“ユーザーはミシンを使える”という前提のもと、機能を入園・入学向けに寄せていました」

  • 先代社長の名前を冠し、1995年に初代モデルが発売された「山﨑範夫の電子ミシン」。シンプルで使いやすいミシンとしてこれ以降も進化を続け、多くの愛用者を持つ、アックスヤマザキを代表するロングラー製品となった

    先代社長の名前を冠し、1995年に初代モデルが発売された「山﨑範夫の電子ミシン」。シンプルで使いやすいミシンとしてこれ以降も進化を続け、多くの愛用者を持つ、アックスヤマザキを代表するロングラー製品となった

それに対し、子育てにちょうどいいミシンが根本から違うのは、「ミシンの需要を掘り起こす」ことを狙った点だ。

「周りに聞いてみると、『実は前から興味はあるけれど、小学校のとき家庭科で習ったミシンが難しかったから…』など、トラウマを持っていたりして、ミシンが近づきにくいものになっているとの声も少なからずありました。メーカーとしてはそこを何とかしたくて。以前、子ども向けの毛糸用ミシンを発売したのですが、今度は大人向けに考えて作りました」

  • おもちゃ感覚で楽しめる、毛糸を使った子供用ミシン「毛糸ミシンふわもこHug」。2016年に「第16回ホビー産業大賞 経済産業大臣賞」と「第10回キッズデザイン賞」を受賞している

    おもちゃ感覚で楽しめる、毛糸を使った子供用ミシン「毛糸ミシンふわもこHug」。2016年に「第16回ホビー産業大賞 経済産業大臣賞」と「第10回キッズデザイン賞」を受賞している

発想を転換して決めたコンパクトなサイズ

新製品の開発は、ヒアリングから始まった。「とにかく話を聞きまくりました。ミシンが敬遠される理由として、まずは『難しい』。そして、めんどう、ジャマ、それからダサい……といった言葉に集約にされました。そこで、こうした印象や価値観をすべて反対にひっくり返すことのできる、思い切って発想を変えたミシンというのを考えました」と山﨑氏。

第一に見直しが図られたのはサイズ。手軽さをテーマに、「使いたいときにサッと使えるサイズであること」を重視して、ユニークな基準が採用された。

「本棚に収まるサイズであることを基準にしています。あるとき、本棚にパッと出し入れできるのがいいな、とひらめいたんです」と語る。

  • 書籍のように本棚にパッと入って取り出せるサイズ感が意識された

    書籍のように本棚にパッと入って取り出せるサイズ感が意識された

しかし、ミシンの小型化を目指すと、性能や使い勝手が犠牲になりやすいジレンマがある。「小型にすると、パワー(縫う力)を確保しにくい」そうだ。

「小型化を優先したので、(パワーが)物足りないと言われるのは仕方がないと思っています。ですが、従来のものと比べたら最低限のパワーでも、可能な範囲で最大の出力になるよう努力しました」

ミシンの小型化には、強度の面でも課題が生じる。というのも、ミシンの内側には、ボディが歪まないようにアルミのフレームを入れるのが一般的。しかし、手頃な価格の小さいミシンの場合、コストを抑えるため、骨組みを入れずに作ることも多いのだとか。

「中に骨組みがないと、動作中に本体が歪み、(針の)貫通力が悪くなってしまいます。これは小型のミシンの弱点です。『子育てにちょうどいいミシン』では、コストは上がってしまいますが、中にアルミのフレームをしっかりと入れました。他にもミニサイズのミシンならではの制約は多いですが、レギュラーミシンの要素を取捨選択しながら最適化していきました。例えば、小型機の場合、針の動きに関連する部品は樹脂製が多いのですが、子育てにちょうどいいミシンでは鉄を用いました」

創業70年以上の歴史を誇る老舗のミシンメーカーとして、衰退する市場に一石を投じる思いで放った「子育てにちょうどいいミシン」。ミシンのネガティブな要素をひっくり返すことを出発点として、ユーザーに寄り添う形で企画・開発が進められた。後編では、従来のミシンからは思いもよらなかった斬新なアイディアと、それにつながる裏話や、今後の方向性についても語ってもらう。