生活の一部として手放せないスマートフォンを中心として、国民の生活様式が大きな変化を見せている一方、顧客との対面接客がサービス提供の中心として常態化している業界では、従来のサービスモデルからの脱却と変革の必要性に強く迫られています。金融業界は、その代表とも言えます。

かたや、電子決済業界ではスマートフォンのカメラを使ったeKYC(electronic Know Your Customer:オンラインでの本人確認)など、デジタルサービスが日常生活でも急速に拡大し、社会全体へのデジタル技術の浸透が深化しています。

金融業界は、ミッションクリティカルな要件が多いため、レガシーシステムを重視する文化と、厳しい法規制による縦割りの事業構造により、古くから自社の枠を超えた業界内連携が困難とされてきました。また、金融業界内のITエンジニアの比率と言うと、2020年時点でアメリカが30%、これに対し、日本はわずか4%と言われています。こうした点からも、中長期的な競争力を左右するIT運用の高度化や新たな事業モデル構築につながる人的投資が、欧米金融機関に比べて大きく遅れをとっています。

ただし、国内の金融事業者がこの状況を漫然と放置しているということではありません。大手金融機関をはじめとしてスマホアプリの開発を加速させ、自行サービスのオンライン化を通して消費者ニーズに合わせた顧客体験の向上を目指されています。

このようなデジタル化の流れを受け、利用者の利便性を向上させるために、金融庁が法律の一部改正に踏み切り、2020年6月5日に「金融サービスの利用者の利便の向上及び保護を図るための金融商品の販売等に関する法律等の一部を改正する法律」が成立、同月12日に公布されたことを受け、「金融サービス仲介業」の新設が決定しました。施行日は本年2021年秋冬の予定とされています。

従来の法規制では、金融事業者が各種金融商品を取り扱うには、分野別に個別のライセンス登録が必要とされていました。金融庁の調査によると、現状で銀行・証券・保険すべての分野のサービスをワンストップで提供している仲介事業者は5社しか存在していません。そのため、大半の消費者は銀行、証券など金融サービスごとに個別の事業者が提供する異なるサービスを利用する必要があり、各事業者がオンラインサービスを提供したとしても、デジタルサービスの利便性を本当の意味で消費者に提供する環境が未整備だったと言えます。

本稿では金融サービス仲介業の設立により、新規ビジネスの創出、既存金融業界への影響、金融業界全体にもたらされる変化について紹介します。

なぜ金融サービス仲介業が必要なのか

金融サービス仲介業として登録された事業者は、銀行、証券、保険という複数の金融サービスをまとめて、仲介サービスとして提供することが可能となります。

これまでは、銀行サービスであれば銀行代理業者、証券サービスであれば金融商品仲介業者、保険サービスであれば保険募集人、保険仲介人など、それぞれに代理、仲介を行うための許可や登録の手続きを行い、各規制に対応する必要がありました。この度の新設により、1つのライセンスで複数の金融サービスを幅広く取り扱えるようになったことで、金融サービス事業参入に向けた障壁が下がったため、今後の金融業界の活性化および異業種参入を加速させる可能性があります。それでは具体的に、金融サービス仲介業は消費者にとって、どのようなメリットをもたらすのでしょうか?

ウェディングプランナーがカップルの銀行口座の申し込みも

これまで単一の金融サービスにまつわる顧客情報しか蓄積することができなかった事業者において、複数の金融商品の販売を新たなチャネルとしてより詳細な顧客情報を収集することが可能になるため、顧客ニーズに合った最適な金融商品を包括的に提案することができます。

例えば、顧客に商品・サービスを紹介するための自社アプリケーションを運用している場合、銀行の入出金データと連携することで、顧客が求める商品のリコメンド(おすすめ)機能の強化も可能になり、顧客が自身により適した商品を容易に見つけることができます。

次に、新規サービスの開発と提供が促進され、消費者の利便性の向上へとつながります。消費者の人生に必要となる複数サービスの申込手続きなどを、1つの金融サービス仲介業社でワンストップ対応ができるようになり、顧客体験を向上させることができます。

例えば、不動産業者が住宅ローンを仲介して契約まで担当したり、ウェディングプランナーがカップルの銀行口座の申し込み手続きまでをパッケージとして提供したりするといったことが可能になると考えられます。これまでは制度上実現が困難だった顧客ニーズに対して、ユニークなサービスの登場が期待されます。

金融商品を扱う事業者が増えれば、市場原理として事業者間での適切な競争が行われることで、利用者の選択肢の幅が広がり、利用料金が適正化されることが考えられます。その結果、消費者にとって最適なサービスが提供されることが見込まれます。さらに、銀行と外部事業者間でデータを安全かつ正確に連携できるオープンAPIによって、利用者はより安心してサービスを利用できるようになります。そのため、金融機関がデータ連携を実現するには、セキュリティ面からもどのような金融プラットフォームを導入しているかも課題となります。