ISTが開発中のロケットの燃料にLNGを採用

既報の通り、インターステラテクノロジズ(IST)は開発中の超小型衛星用ロケット「ZERO」の燃料として、LNG(液化天然ガス)を使うことを決めた。2月21日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の角田宇宙センターにて、これに関する燃焼試験を見ることができたので、その様子をお伝えしたい。

  • 角田宇宙センター

    JAXA角田宇宙センター(宮城県角田市)。東京ドーム37個分という広大な敷地を持つ

角田ではどんな試験を行っているのか

打ち上げロケットは、燃料と酸化剤(あわせて推進剤という)を搭載。その燃焼により発生する高温・高圧のガスをノズルから噴射することで、推力を得ている。燃料や酸化剤には様々な種類があり、それぞれ性能や特性が異なるため、ロケットの開発時には、そのコンセプトに合った適切な組み合わせを選ぶ必要がある。

同社がZEROの推進剤に決めたのは、LNGと液体酸素という組み合わせだ。選定の理由については、以前の記事に書いたので詳しくはそちらを参照して欲しいが、メタンを主成分とするLNGには、高性能で低コスト、環境にも優しいというメリットがある。

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    超小型衛星用ロケット「ZERO」のイメージCG。100kgの衛星を高度500kmの軌道に投入できる (C)IST

ISTとJAXAは、2018年度より「宇宙イノベーションパートナーシップ」(J-SPARC)の枠組みにおいて、低コストロケットエンジンの共同研究を行っている。この拠点となるのが、角田宇宙センターである。ISTはここに社員を派遣し、JAXAの設備や経験を活用しながら、ZEROのための研究開発を進めている。

新型ロケットの開発において、最大のキモとなるのはエンジンである。ロケットの開発コストや開発期間は、第1段エンジンによって大きく左右されることが多い。ISTはこれまでエタノールを燃料として使ってきており、LNGはこれが初めて。異なるノウハウが必要になるため、燃料の変更は同社にとっては非常に大きなチャレンジだった。

JAXAには、LE-8の開発などで、すでにLNGに関する知見があった。ISTの研究開発企画統括・金井竜一朗氏は、「LNGに移行したいという思いはずっと前からあったが、独自で乗り越えるにはかなり高いハードルがあった。J-SPARCが無ければ難しかったかもしれない」と、共同研究に感謝する。

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    燃焼試験を担当したISTの金井竜一朗氏(左)とJAXAの冨田健夫氏(右)

今回のシリーズで両者が行っているのは、LNG用の新型噴射器(インジェクタ)の試験だ。液体ロケットでは、燃料と酸化剤は噴射器によって燃焼室内で混ざり合い、燃焼する。噴射器は、燃焼効率や燃焼安定性に大きな影響を与える重要な部品。JAXAとISTでそれぞれ4種類ずつ設計し、この日はIST側の初めての性能取得試験だった。

噴射器は、シャワーヘッドのようなものとイメージすると分かりやすい。いくつか種類があり、今回使用したのは「ピントル型」と呼ばれるタイプだ。特徴は、構造がシンプルで、部品点数を減らせること。製造期間やコスト面でメリットが大きく、ISTでは観測ロケット「MOMO」でも採用してきた。

JAXAとIST、共同研究のそれぞれの狙い

ピントル型の噴射器は円柱状の構造。外側からは推力方向に(下図の赤)、内側からは半径方向に(下図の青)推進剤を噴射して混合する。今回の試験では、外側がガス状メタン、内側が液体酸素となる。実際のエンジンでは、LNGは燃焼器の冷却にも使われ、噴射するときはガスに近くなるとのことで、試験ではこれを模擬した。

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    ピントル型の噴射器のイメージ。今回はガス状メタン(赤)と液体酸素(青)を混合する (C)IST

燃焼試験では、推力3トン級のJAXAの燃焼器を使用。ZEROは6トン級なので、サブスケールの試験となる。これまでISTは、エンジンの燃焼試験は北海道・大樹町の自社設備で行っていたが、今回、角田で実施することにしたのは、試験に特殊な燃焼器が必要だったからだ。

噴射器の試験では、燃焼の効率や安定性のほか、壁面熱負荷特性を見る。これは、燃焼室のどの位置がどのくらい熱を受けるのか、というデータだ。ZERO用のエンジンは、極低温の燃料を燃焼室の冷却にも利用する(再生冷却)。壁面熱負荷特性のデータが無いと再生冷却の設計ができないのだが、これを計測できる設備をISTは持っていなかった。

一方、JAXAはこれまで、大型ロケットのエンジンでは、「同軸型」と呼ばれる噴射器を採用してきた。これは高性能な反面、構造が非常に複雑で難しい。今回、ISTと一緒にピントル型の試験を行う目的について、角田宇宙センターで輸送系の研究を率いるJAXAの冨田健夫氏は、「低コスト化の可能性に注目している」と述べる。

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    角田宇宙センターで展示されているLE-7エンジン噴射器のカットモデル

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    多数の細いパイプが並ぶ。2重管になっており、各パイプで推進剤を混合

大型エンジンの開発には、長い時間と大きなコストが必要。ZEROのように小さなエンジンを複数並べて使えば(クラスタ化)、開発の短期間化・低コスト化が図れるが、多数のエンジンを製造することになるので、低コスト化を実現するためには、1つ1つのコンポーネントの低コスト化が欠かせない。ピントル型は、その有力な候補の1つというわけだ。

角田宇宙センターでは、将来的にエンジンを短期間で開発するための「モジュラー型ロケットエンジン」(IMRE)の研究も進めているという。まるでレゴブロックのように、完成したコンポーネントを組み合わせることで、異なる推力・推進剤の新しいエンジンを1~2年で開発できるようにすることを目指しているそうだ。