昨年5月、日本IBMとしては7年ぶりの日本人社長に就任した山口明夫氏。今回、同氏にインタビューの機会を得たので、昨年の振り返りと今年の意気込みついて話を聞いた。

山口明夫(やまぐち あきお)

日本IBM株式会社 代表取締役社長執行役員


1964年8月29日生まれ。和歌山県出身。1987年に大阪工業大学工学部を卒業。同年に日本IBMに入社し、技術統括本部ソフトウェア技術本部 第三技術所、2009年7月に執行役員 グローバル・ビジネス・サービス事業 アプリケーション開発事業担当、2012年5月に同 金融サービス事業担当、2014年10月に常務執行役員 グローバル・ビジネス・サービス事業 サービス事業統括担当に従事。


2016年4月に専務執行役員 グローバル・ビジネス・サービス事業本部アプリケーション・イノベーション・コンサルティング 兼 統合サービスソリューション&デリバリー担当、2017年1月に同 サービスデリバリー統括 兼 クラウドアプリケーションイノベーション 兼 グローバル・バンキング・サービス事業部担当、同7月に取締役専務執行役員 グローバル・ビジネス・サービス事業本部 本部長を歴任。2019年5月から現職。

やるべきことを6つの領域に整理・明確化

--まず、2019年を振り返ってみての感想はいかがでしょうか?

山口氏:昨年5月に社長に就任する前はグローバル・ビジネス・サービス事業本部全体のリーダーとして「IBM Cloud Garage」やコンサルティング、システム開発、BPO、保守・運用などの領域を担当し、お客さまの需要が非常に強いものだと感じながら、優秀な人材を採用しつつ期待に応えようと取り組んでいました。ちょうど2年が経過し、手ごたえを感じていたところ、社長に就任することになりました。

社長就任後は、もう一度、日本IBMの国内における立ち位置とグローバルにおける日本IBMを冷静に考えました。就任当初でこそ、「3+1」のように社外向けに発信しましたが、日本IBMとしてのビジョン、ゴール、考え方をいま一度社員と共有しようと考え、社内に向けたアクションを2つ加え、6つの領域に対して、やるべきことを明確にしました。

--具体的に教えてください。

山口氏:1つ目はデジタルトランスフォーメーション(DX)です。社会やお客様のDXを推進し、そのためには従来から推進してきたIBM製品に加え、多様なツールを利用しつつ実現するということです。

2つ目は、最新テクノロジーを活用した新製品開発や既存製品の高機能化により、これまで解決できなかった課題を解決することです。例えば、パナソニックさんとはデータ解析システムをパナソニックのエッジデバイスに組み込んだ高付加価値化システムを共同開発し、エンジニア工数の削減と品質の安定化、設備稼働率向上の実現を目指しています。

3つ目は、ITとAIの人材教育となり、日本ではさまざまな場面で教育の重要性が叫ばれていますが、ここに貢献していければと思います。一例として、自治体、学校、企業が連携して取り組む教育モデル「P-TECH(Pathways in Technology Early College High Schools)」に東京都教育委員会、片桐学園さんと取り組んでいます。

4つ目は、AIやデータの信頼性と透明性の確保です。そのようなことから、DFFT(Data Free Flow with Trust:信頼ある自由なデータ流通)の活動支援への表明やAIの判断基準を可視化できる「IBM Watson Open Scale」などを提供しています。

5つ目は社内制度となり、これまでにも同性婚での結婚祝い金支給や同性パートナーに対する福利厚生の拡大、障がい者を対象としたインターンシップの実施、保育園やジムの設置などに取り組んでいますが、東京以外の拠点において社員が自由に働けるように最新のオフィスとしたほか、家族を招待する「オープンオフィス」以外に両親を招待するイベントの開催、日本IBMグループ社員の子女が参加できる学童クラブの設置などを実施しています。

そして、最後は社会貢献です。最近、国内では自然災害が多いことから、避難所への物資がどの避難所にどれだけ行き届いているのか、なにが不足しているのかといったことを判断できる災害対策支援のソリューションを構築しています。また、町田工業高校ではカリキュラムの作成支援や学生のキャリア相談会などを行っています。

このように、社長としてやるべき領域について整理しました。また、社員とのコミュニケーションを徹底し、わたしがなにを考え、なにが実施されているのかということを毎日Slackで情報発信したり、テレビ会議などで部課長を集めて進捗状況の情報を共有したりしています。

社員間では業務への取り組み方や日本IBMがどのポジションにいるのか、といったことが分かりやすくなったのではいかと思います。また、当社のことを理解してもらうためにお客さまなどと話す機会を増やしていますが、率直に意見を言っていただけることは非常にありがたく感じています。

技術畑出身の社長としての心境はいかがです?

山口氏:日本人社長だからと言って気負いはありませんし、技術出身だからなにかしなければならないといった気持ちもありません。

それよりも世の中から求められていることに対して、やらなければいけないことが明確になっているため、グループ全体で取り組みます。

営業交渉の経験もありますが、システムの安定稼働やDXなど違う側面でお客さまと密に話ができると思います。現場や経営層でITスキルが高い方もいれば、そうではない方もいることからエンジニア色が強い説明よりも、お客さまが理解してくれるために、どのような説明が適切なのかということを考えながら話しています。

レッドハットとの関係、クラウドベンダーとしての立ち位置

--レッドハットとの協業関係は、どのようにお考えですか?

山口氏:もともと当社では、Linuxも含めてオープンソースコミュニティに大きくコミットし、近しい関係のため違和感なく、協業できています。

また、クラウド、コンテナ、マイクロサービスという方向性が明確になったことに加え、IBM自身の立ち位置としてはアプリケーションを一度構築すれば多様なプラットフォームで稼働可能な環境をお客さまに提供できるようになりました。

今後は、時代や市場環境の変化の中において、柔軟な環境を提供すべきだと考えており、お客さまと会話がしやすくなりました。すべてIBM製品で固めるのではなく、ユーザー視点で多様なソリューションを組み合わせてベストなものを提供できる環境を整え、そのための組織としてIBM Services Cloud Centerを設けています。

基幹システムや既存システムなどとの親和性を勘案しつつ、DXを推進していかなければならないことから、強みは継続して使い、弱い部分は改善し、業務の要件ごとに使い分け・組み合わせながら、次のステップを目指さなければならないと思います。

そういった意味では全体を俯瞰できるようになったと感じていますし、Kubernetesコンテナプラットフォームの「Red Hat OpenShift」はその一助となっています。

--AWSやAzure、GCPなど主要なパブリッククラウドの採用が進む中、IBMとしてどのようにビジネスを展開していくのでしょうか?

山口氏:これはプラットフォームだけでなく、全体を考える方が適切だと思います。と言うのもプラットフォームが重要だということもありますが、アプリケーションやデータなど幅広いのです。面白い点は、例えばクラウドであればAWSとAzure、Google Cloud Platform、Oracle、IBMだけの世界だけではなく、お客さまの観点からすれば全体を作り上げるものです。

もちろん、IBM Cloudはエンタープライズ向けの機能を提供し続けますし、メインフレームなども需要は強く、これは全体のDXの中で提供していくものです。お客さまの3~5年後の指針がどうあるべきか、ということを共同で考えてロードマップを作成し、適切なソリューションを選び、構築していくことを支援する立ち位置です。

近年では爆発的にITシステムが社会に浸透しつつあるため、業務アプリケーションだけでという世界だけではないことから、適材適所で協力し合い、よりよい社会をサポートするシステムにしなければならないと感じています。一方で社会の変革に必要とされるAIや量子コンピュータなどには大規模に投資しており、戦略が明確になっています。

--量子コンピュータに関しては、いかがでしょうか?

山口氏:量子コンピュータについては、慶応義塾大学に開設したJSR、三菱UFJ銀行、みずほフィナンシャルグループ、三菱ケミカルなどが参画する「IBM Q Network Hub」を通じて、米ニューヨークのIBM Thomas J. Watson Research Centerの量子コンピュータにアクセスし、さまざまなことを検証しています。

実際に商用までの検討は進んでいると自負しており、17万人のユーザーが多面的な検証を繰り返しています。そのような意味では、商用前の段階から一般的に公開することで、量子コンピュータがどのように社会に役立つのかということを企業、大学などと共同で研究している状況です。このような取り組みの中心にいれることは非常に誇りに思います。

今後、社会が複雑かつ便利になるにつれて、多様な解析やデータ分析、考え方の整理などが必要となります。今後、ビットコンピュータ、量子コンピュータ、ニューロコンピュータが互いに補完し合う状況が想定されることから、投資、研究開発を継続していく方針(※)です。

※編集部注:インタビュー後に東京大学と量子コンピューティングの技術革新・実用化に向けたパートナーシップ構築を推進するために覚書の締結を発表している。

新しい時代に向けて

--最後に2020年の抱負についてお聞かせください。

山口氏:まずは、長年お客さまの業務アプリケーションを構築しているため、この知見を“Industry application as a Services”として落とし込み、従量課金で提供するサービスなどを検討しています。これまでは各病院においてサーバを置いて電子カルテシステムなどをオンプレミスで構築していました。一方、Industry application as a Servicesは、各業界固有のアプリケーションをクラウド経由で提供するというものです。

また、基幹システムからエッジを含めて全体で物事を見極めなければならない1年になると想定しているため、多様なパートナーとともにエンドツーエンドで必要なケイパビリティを提供できる企業を目指します。

さらに、最新テクノロジーにより、障がい者の方でも安心して生活できる環境の構築や環境問題、災害の予測などを強化していきます。加えて、人材育成については営業がクラウド開発やデータアナリティクスの研修を受講しています。これまではコンサルティングが主になっていましたが、幅広くお客さまの課題解決に取り組めればと考えています。

昨今、自動運転や空飛ぶ車の実証に加え、多様なデータが飛び交うなど、システムが社会に浸透する時代が到来しています。

そのような状況下であることから、IT企業だけでなく、IBMの各事業部、企業、業種、国など、さまざまな枠を超えて新しい社会に役立つ仕組み・環境を構築し、結果として周りの方々から役に立つ企業であると認知されれば社員たちは誇りを持ち、輝くことができると思います。

新しい時代を創っているのだという自負のもと、がんばれる会社でありたいですね。そのためにはスキル・知識が必要となることから、社内の人材育成は昨年以上に強化していきます。1975年~1993年まで当社の社長を務めた椎名武雄氏が標榜した“Sell IBM in Japan, sell Japan in IBM”という言葉が思い出されます。

なぜなら、外資であるIBMが日本で役立つためには、IBMとして貢献できることを日本の社会に理解してもらうことが重要です。また、日本での取り組みを170カ国に展開しているIBMのネットワークを介してIBMだけでなく世界中に広め、IBMのことも日本に広めることで、パートナーシップを組み、よりよい仕事ができるのではないかと考えています。