Securityを差別化要因に投入されるルネサスRAファミリー

Arm TechCon開催前日となる日本時間の10月8日にルネサスが新たなCortex-Mベースのマイコン「RAファミリー」を発表した

概略はすでに速報の形で記事になっているので割愛するとして、これに関するTechnical SessonがArm TechConで実施された。そのセッションの内容だが、完全にSecurityに終始したものであった。すなわちSecurityの必要性からスタートし、安全にIoTを含む組み込み機器を構築するためにMCUに求められるものとKey Provisioningを含める安全な運用のための配慮が説明され、ついでそこに向けてRAファミリがどのような機能を提供できるか、を紹介する内容となった。

このセッションの内容をそのまま紹介しても良いのだが、やや冗長になるので、いきなりRAとは何ぞやという結論を述べると、「Renesas Synergyを一般向けにしたもの」ということになる。Renesas Synergyシリーズは以前の発表会の記事や、Renesas Devconの際の取材記事などで説明している通り、「ArmベースのMCUでありながらも、ThreadXのサポートやGallery経由での3rd Partyの開発環境やLibrary/Driver/etc…などの提供」を差別化要因として、Armに慣れていないユーザーに、簡単に移行できるような環境を提供する事を目的とした製品である。これに対してRAファミリは、既存のArmに慣れたユーザーを(他社から)奪い取る事を目的とした製品である。

といっても、他社の製品からユーザーを奪い取るのは容易な事ではない。なにしろアーキテクチャは一緒だから、差別化要因は周辺回路や動作周波数、コストなどが主なポイントになるが、そうしたものは各社ともバラエティに富んだラインナップを展開しており、そこでの差別化が困難なのも言うまでもない。だからこその、最初のCustom Instructionとかの話が出るわけだが、ここでルネサスはセキュリティを差別化要因とした。

こう書いていながらの話となるが、実はRenesas SynergyとRAファミリは、セキュリティ能力にそれほど差がない。というよりも、ほぼ同じである。Photo02はRAファミリとSynetrgyのCrypto Engineの比較であるが、Synergy S3とRA4がSCE5、Syngergy S5/S7とRA6がSCE7を搭載しており、ここでは差がない。差がないというよりも、Synergy用のCrypto EngineをRAファミリに積んだというのが正確なところだろうと想像されるため、差がある方がおかしいことになる。それぞれの機能を比較したのがPhoto03~05であるが、非常に高いセキュリティ機能を搭載していることが判る。

  • ルネサス

    Photo02:機能比較は次のスライドから

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    Photo03:ローエンドのSynergy S1とRA2のみ、SCEの搭載はない

  • ルネサス

    Photo04:Renesas Synergy側のセキュリティ機能の詳細

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    Photo05:RAファミリーの機能の詳細

ただこれだけだと、「独自のセキュリティ機構を持っている」というだけで、差別化要因としては弱い。最大の特徴はPSA Certifiedを取得したことにある。PSA Certifiedは、PSAのポリシーに則って、PSAの定めるセキュリティ機能をきちんと実装できていることを第三者機関が保証するというもので、Security CertificationとFunctional APIの2種類がある。現状Security Certificationを取得した製品はわずか29しかないが、ルネサスのRA6、ならびにSynergy S5が10月1日にLevel 1 Security Certificationを取得している

詳しくは別記事でご紹介したいと思うが、PSA CertificationにはArm v8M(つまりTrustZone)の実装は必須条件ではなく、実際ルネサスはArm v8Mを利用せずにCortex-M4ベースでLevel 1 Security Certificationを満たすセキュリティ機能を実装できたわけで、これが最大の差別化要因ということになる。

すでにハードウェアだけでなくソフトウェアに関してもPSA Certificationを取得するものが増えており、これらを組み合わせることで堅固なSecure IoT Environmentが構築できる、という方向性に次第に進みつつある。そうしたトレンドに対して、すでにPSA Certificationを取得したMCUを提供できる、という形で新たにシェアを獲得していきたいというのが同社の戦略であろう。

ちなみに会場ではこのRA6を利用した動作デモも行われていた(Photo06,07)。そこで、説明員に「Synetgyとの違いは?」と聞いたところ「RAファミリはユーザーの好きな環境で利用できる。実際このデモはAmazon FreeRTOSで動いている」という答えであった。

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    Photo06:気温などの表示デモ。省電力性のアピールのためか、モバイルバッテリーで駆動されている

  • ルネサス

    Photo07:タッチパネルを利用しての簡単なゲームも、そこそこのスピードで動作した

NXPがヘテロジニアスなi.MX RT1170を発表

同じく10月8日、NXPはi.MX RT1170を発表した。i.MX RTシリーズはクロスオーバープロセッサという名称で提供されているもので、多分源流はその昔にFreescaleが提供したVybridだと思うのだが、i.MX RTシリーズはコアをCortex-M7とした製品であり、今回ついにサブコアとしてCortex-M4も搭載した。

さて、この製品の特長は28nm FD-SOIの採用で、この結果1GHz駆動で5000 CoreMark以上の性能をたたき出しつつ(Photo08)、消費電力を抑えることができる点にある。実際、動作中にチップを触らせてもらったものの、ほんのりと暖かい程度でヒートシンクの必要すらなかった(Photo09)。

  • NXP

    Photo08:Cortex-M7コアとCortex-M4コアの両方で同時にCoreMarkを実施するデモのリアルタイムの結果

  • NXP

    Photo09:中央にあるのがi.MX RT1170。「いつまでFreescaleのロゴを使うの?」と確認したところ、ものすごく困った顔をしていた。まさか、NXPによる買収前に開発が始まっていたという訳でもないと思うのだが…

さて、1GHz動作ともなると、内蔵フラッシュをどう間に合わせるのかが鍵になりそうなものだが、この辺りを確認したところ「そもそも不揮発性メモリは一切搭載していない。FlashなどはQSPIの外付けになる。このプログラムは、2MBのSRAMを搭載しており、コードは全部SRAMにロードして、その状態から稼働させている」という力業であった。折角FD-SOIなのだから、MRAMあたりを搭載しているのかも、と期待したのだが、答えはまったくの真逆のものであった。

それはともかくとして、ちょっとおもしろいと思ったのはOSがMQXではなくAmazon FreeRTOSという返事であったことである。それとGUIにはQtが採用されるという話だったことだ。ただQt for MCUの実装にはPOSIXが要求されていた筈だが、Amazon FreeRTOSにはPOSIX互換レイヤの提供はなかった筈で、このあたりどうなってるのかがちょっと興味ある部分である。