パナソニックが、スタートアップ企業への投資戦略を加速している。同社がスタートアップ企業に対して積極的な投資、というイメージはあまりない。だが、そうしたイメージを崩す象徴的な動きが2つある。

ひとつは、シリコンバレーに拠点を置き、米国のスタートアップ企業に投資を行う「パナソニックベンチャーズ」。もうひとつは、パナソニック社内の新たなビジネスアイデアを切り出し、事業化するスタートアップ企業に対して出資する「BeeEdge」の設立だ。 いずれも、従来のパナソニックの発想には当てはまらない形で活動する。

パナソニックベンチャーズは、パナソニックグループとして、2017年4月に設立したコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)だ。

一般的に、独立系のベンチャーキャピタルは、機関投資家、事業会社、個人などから拠出された資金をもとに、ファイナンシャルリターンを目的に投資するのに対して、CVCは、企業が持つ資金を活用して、技術獲得や事業シナジーが見込めそうなスタートアップ企業に出資することが多い。だが、パナソニックベンチャーズは、CVCでありながらも、その手法はVCに近いものだといっていいだろう。

パナソニックは1998年から、シリコンバレーに拠点を置いて技術探索型投資を中心に展開し、これまでも40件以上の投資実績を残してきた。

パナソニックベンチャーズ 社長の木下 雅博氏は、「年平均では2件ほどの投資実績。だが、従来はR&D部門が中心であり、主にアーリーステージへの投資が多く、技術獲得に偏重し、ビジネスの視点が不十分だった」と反省する。特に、既存事業との親和性を重視する傾向が強く、新規事業領域の視点が薄いといった課題もあった。「さらに、数億円の決裁に半年間をかけており、意思決定に関するスピードが欠如しているという課題もあった。一般的なCVCが持つ問題点にはまっていたともいえる」(木下氏)。

  • パナソニックベンチャーズ 社長 木下 雅博氏

2015年になって同社は体制を見直し、新事業創出に向けた事業開発目的の活動を強化した。技術部門と企画部門の混成チームによるベンチャー戦略室を設置して、外部活用による新規事業の創出や、ベンチャー投資および協業による企画立案などの検討を進め、2017年4月に、新会社として、パナソニックベンチャーを設立した。そして今年、2018年にはその拠点を、シリコンバレーの中枢となるパロアルトに移転した。

シリコンバレーでパナソニックが目指すコト

パナソニックベンチャーでは、これまでにはない取り組みを開始している。ひとつは、迅速な意思決定を実現するために、1億ドル(約110億円)以内であれば、日本での決裁を不要とし、シリコンバレー側で決裁できるようにした。

CVCの場合、投資決裁は投資部門ではなく、事業会社の本社部門が行うことが多く、結果として意思決定が遅れることで、スタートアップ企業が求める速度と歩調が合わないという場合が多い。パナソニックも従来の仕組みは同様の課題があったが、意思決定のメカニズムを見直すことで、投資決裁の迅速化を図った。

2つ目は、ベンチャーキャピタリストの積極的な登用だ。シリコンバレーの場合は特に、情報獲得に人脈の太さが大きく作用する。パナソニックベンチャーでは、シリコンバレーで実績を持つVCのKPCB(Kleiner Perkins Caufield & Byers)およびCVCのインテルキャピタル出身の 2人のベンチャーキャピタリストを新たに採用したが、「これまでと比較して異次元の投資案件を持ってくる」といった成果が出ていると話す。

そして、3つ目は、ファイナンシャルリターンを重視した点だ。継続的な活動を行うには、儲かる会社であるということが前提であり、CVCの枠を超えた姿勢を打ち出した。10年間でのエグジットを想定した投資案件を中心に取り組んでおり、パナソニックが持つ現行事業とのシナジーを求めないことも決めた。「現行事業と親和性を前提にすると、新たなビジネスモデルや破壊的技術への投資は限られてしまう。パナソニックには4つのカンパニーがあるが、それらの事業領域と違う領域を狙っていく」(木下氏)。

出資比率は20%未満としたうえで、重点投資領域を「モバイル」と「SaaS」「AI」「API」「ウェアラブル」「インダストリアルIoT」「ロボティクス&ドローン」「AR/VR、3Dプリンティング」「オートノマスドイラビング」に据えた。パナソニックベンチャーが新体制を整えて本格的に活動を開始したのは、2017年6月から。だが、2017年12月までに4件、1500万ドルを投資しており、投資に対する速度は急速に高まっているといえよう。

その4件も、それぞれ取り組みがユニークだ。既存技術と比較して消費電力が10分の1以下になるマイコンを開発するファブレス半導体メーカーのAmbiq Micro(本社・オースティン)や、数100種類の金属を加工できる3Dプリンターを製造するDesktop Metal(ボストン)、SNS上の情報を収集・分析し、利用可能な知見に変えるツールのSprinklr(ニューヨーク)、独自の顧客情報分析によって顧客信用度をレーティングすることで最適な利率を算定する仕組みを提供するCSC Generation(サンフランシスコ)と、分野にとらわれていない。

これらの技術や製品は、パナソニックの事業とのシナジーも考えられるが、前提としているのは、いずれも「事業シナジーよりも、新規事業としてパナソニックの成長を側面からサポートする」というものだ。スタートアップ企業の速度に歩調をあわせた仕組みが、これらの案件への投資を可能にしている。