ソニーの製品は嫌いじゃない。ライフスタイルを抜本から変えてしまうことを予感させるようなものも少なくなく、いつもドキドキさせられてきた。個人的には1979年の初代ウォークマン「TPS-L2」、1985年のパスポートサイズハンディカム「CCD-TR55」などは、自分でも購入し、原体験として記憶にしっかり残っている。
パソコンについてもソニーはエポックメイキングな製品を数多く送り出してきた。それがVAIOだ。ただ、個人的にはVAIOを称する機器を購入したのは過去に3機だけだ。
ぼくが最初に買ったVAIOは「PCG-SR9/K」(2000年6月)、Windows 2000をプリインストールした1.34Kgのモバイルノートパソコンだった。こいつは、カンファレンスででかけた海外の渡航先で、助手席の下に格納したままレンタカーを返却するという大失敗をしたのを覚えている。休日の関係で営業所と連絡をとれずそのまま帰国したがホテルのコンシェルジェに頼んでおき、帰国後無事に送ってもらえたという顛末だ。そんなこともあってか、すごく印象に残っている。
次に買ったVAIOはXビデオステーション「VGX-XV80S」(2005年10月)だった。VAIOを名乗りながらもパソコンではない。8つのチャンネルを3週間分全録画できるという画期的なビデオデッキだった。あまりテレビを見ることがなかったのだが、このハードウェアを購入してからは視聴時間が増えた。ゴールデンタイムだけを全局録画するように設定して使っていた。アナログ波の時代なので、普通にファイルをコピーするだけで、出先での視聴を楽しめたのもうれしかった。
そして、最後に買ったVAIOは「type P」(2009年1月)。こちらはAtomプロセッサ搭載で600g弱の封筒サイズパソコンだ。ぼくが初めて購入したSIMスロットつきのWAN対応モバイルノートパソコンだった。これはまだ手元にあって、Windows 8.1もインストールした。冒頭の写真は、この年の「CES 2009」で当時のソニー社長ハワード・ストリンガー氏が、得意げにジャケットの胸ポケットから、このパソコンを出してきて紹介したときの様子だ。
画一化しがちなパソコンというジャンルの中で、VAIOが世に問うパソコンは、その都度、なんらかのインパクトを与えてくれていた。この業界にいる人間としては、常に注目していなければならないブランドのひとつであることは間違いなかった。
そのVAIOを、ソニーが売却する。
具体的にはソニーがパソコン事業を日本産業パートナーズ社に売却、新会社が設立されてソニーのパソコン事業が引き継がれるという。
つまり、VAIOがなくなるわけではない。VAIOは存続するが、それはソニーの製品ではなくなるということだ。ソニーがVAIO事業を切り捨てたということは、これからのソニーのビジネスにとってパソコンというカテゴリが必要ないと判断したに等しい。あるいは、必要だったとしても、自分たちで作るのではなく、他所から調達すればそれでいいということなのだろう。
ビジネスにはならない、でも世の中は求めているかもしれない
懸念は、これまでファンに愛され、支持されてきたVAIOを作ってきた人たちが、これからのVAIOとどう関わっていくかだ。
新会社はソニーのパソコン事業の拠点である長野県安曇野市の長野テクノロジーサイトを拠点として、既存社員を中心に250~300名規模で創業を開始するという。「VAIOの里」として知られる同サイトに現時点でどれだけの従業員がいるのかは非公表だが、そのうちの誰が残り、誰が去るかによっては、今後のVAIOの運命は大きく揺れ動くことになるだろう。
ソニーのDNAは、いろいろな場面で語られることが多い。そのDNAがVAIOを生み、育てきたのだとすれば、新会社がこれから世に出す新しいVAIOは、しばらくの間はソニーのDNAを引き継ぐことになるだろう。でも、そこから解き放たれる瞬間が到来するのは時間の問題だ。
だから、ソニーのバックグラウンドを期待してVAIOを愛してきたファンが、新会社のVAIOにソニーを期待しても、それはかなわない可能性があるということでもある。もしかしたら失望してしまうことだってあるかもしれない。
その一方で、ソニーのDNAから解き放たれたことで、これまでは、さまざまなしがらみを理由に作れなかったユニークなVAIOが生まれる可能性もある。レノボによるThinkPadのように、変わらないことをアピールすることが、新生VAIOの成功につながるとは限らないように思っている。
極端な話、今後のSurfaceはPowerd by VAIOになるといったことだって起こるかもしれない。さらには、Xperiaと競合するような製品がVAIOブランドで出てくる可能性もある。ありえないことが起こる可能性が出てきたということだ。
これからは、パソコンのあり方が大きく変わっていくとされている。特にコンシューマ向けの従来型パソコンは消滅してしまうかもしれないくらいの勢いだ。VAIOが新しいスタートを切るにあたり、企業向けに強引にシフトしていくこともあれば、より高付加価値のコンシューマ向けパソコンにこだわる製品作りをめざす方向性を持つなど、さまざまなプランが検討されるだろう。
どんなVAIOが求められるのかはわからない。でも、ひとつ言えることは、今までと同じVAIOでは、ビジネスが成立しないということだ。それは、ソニーがVAIOを捨てたことで証明されている。ただ、ソニーがいらないVAIOでも、世の中は求めているかもしれない。その見極めが成功のカギになる。
願わくば、ソニーが買い戻したくなるVAIOを
この原稿を書くにあたって、ハードディスクを検索したら、1998年当時のインタビューメモと、そのメモを元に執筆した原稿が見つかった。初代VAIOである505シリーズのプロジェクトリーダーだった伊藤進氏(当時ソニーインフォメーションテクノロジーカンパニーモーバイルプロダクツ3部1課統括課長)との対話だ。ちょっと長いが、その中の伊藤氏の言葉を引用しておこう。
『VAIO505は、われわれエンジニアが欲しいものを作ろうというところから始めたんです。クルマでいうとフェラーリのようなかっこいいコンピュータを作りたいと思ったんですね。たとえば、他人に自慢したくなるようなパソコンです。
ほら、電車の中で開いてみると、それを見た他のお客さんがすごいなとうらやましがるような、そんなコンピュータが欲しいという気持ちですね。つまり、スペックから入るのではなくて形から入ろうとしたんです。だから、初代のVAIOを本格的なビジネスに使う場合には、やはり、物足りなかったでしょうね。
答えはいろいろです。そして、どれが正しくてどれが間違っているわけでもありません。すべての答えが正しいはず。いくつもの答えをひとつづつコンセプトに照らし合わせていき、最終的に、そのコンセプトの対象となるユーザーが求めるものが実質的な正解となっていくんです。
会社ですからね、上から無理難題を押しつけられることもあります。それでも、正しいと思ったら、それにチャレンジするんです。お仕着せじゃなくて、自分たちがそれをやろうという気になると、エンジニアは燃える。被害妄想がひっくりかえって、チャレンジ精神に変わり、世の中にないものを少しでも早く作っていきたいと思うようになってしまうんです』
その「VAIO 505」は、いわゆる銀パソとしてノートパソコンのデザイン史に残るようなひとつのトレンドを作った。
願わくば、ソニーがVAIO新会社を買い戻したくなるような成功を見てみたいものだ。そのときに、大ソニーに欠けていたものが明らかになると思う。そして、それは、この日本という国の物作りが世界の市場で生き残るための貴重なヒントになるはずだ。
(山田祥平)