無線を使って建屋内でロボットをいかに操作するか

続いては、(1)の(b)、通信技術の開発について。原発の建屋は通常、放射線を漏れ出さないようになっている。逆をいえば外部から電波がなかなか届かないということだ。そこで、福島原発で実戦投入されたQuinceや、Sakuraなどでは有線ケーブルを用いて操縦する仕組みも、無線操縦と併せて採用している。

しかし、Quinceがケーブルを切断して擱座してしまったことがあったように、ガレキが多量に存在する暗い建屋の中、死角が多いカメラだけを頼りに遠隔操縦するのは至難の業だ。そのため、こうしたロボットたちが長期的・安定的に制御・操作可能となるよう、多重性・多様性を有する無線通信システムが必要とされたのである。そこで開発されたのが、無線通信中継局(画像11)と、ロボット用通信BOX(画像12・13)というわけだ。

画像11。無線通信中継局。無線接続の感度を上げるため、非常にアンテナが長い

画像12。ロボット用通信BOX(縦型)

画像13。ロボット用通信BOX(平型)

基本的な機能・性能は、無線LAN規格に適合する周波数から異なる2種類の周波数(5.2GHz、4.9GHz)で相互バックアップが可能なことがまず1つ。2つ目は、無線通信中継局の運搬・設置・ケーブル接続をロボット(今回のプロジェクトには含まれておらず、別に開発された機体)を用いて無人にて行う仕組みで、電源供給、通信信号の安定的供給が可能なこと。

3つ目は、無線通信中継局間のケーブル断線が生じた場合でも、無線でバックアップすることが可能な有線/無線ハイブリッド方式が採用されていること。また、断線で電源を得られなくなっても、搭載バッテリにより通信環境を長時間維持できるようになっている。4つ目は、無線通信中継局の故障、中継局間のケーブル断線などの故障事象を管理コンピュータにてモニタリングできること。5つ目は、ロボット用の搭載通信機器を1ボックス化しているので搭載しやすいということだ。

実際に使用する際のイメージとしては、まず災害現場において、複数の無線通信中継局をロボットがまず設置し、さらにケーブルの接続やアンテナの展開もロボットが行い、調査したいエリアを無線通信が可能なエリアとする。それによりSakuraやTsubakiなどのロボットは無線で活動できるようになるので、ケーブルの断線による擱座という心配がなくなるというわけだ。また、もし中継局の故障やケーブルの断線などのトラブルが発生した時は、故障箇所を取り替えるだけで現場の通信システムを維持できるというわけだ(画像14)。

画像14。実際の使用環境の使用イメージ。トラブルに備え、さまざまな面で冗長性を考慮された設計となっている

次は(1)の(c)の遠隔操作HIFについて。これは、ロボット操作の品質確保とロボット操作員リソースの有効活用のための共通化した遠隔操作HIFのことである。要は、どのロボットも移動などの共通操作はすべて同一の操作で行えるというわけで、いずれかのロボットの操作を一通り覚えれば、ほかのロボットについてもそれぞれの独自の機能に関する操作を除けば新たに操作方法を習熟する必要はなくなるというわけだ。

基本的には、一般的なゲーム型コントローラを用いて移動(前後進、旋回、停止、カメラ操作など)を行う。視界としては、複数のカメラからの映像やレーザスキャナによる距離計測値を画像合成で提供する仕組みとなっている(画像15)。中でも、ロボットに前後左右の4箇所の魚眼カメラを備えることで、市販車に採り入れられている「アラウンドビュー」と同様の、画像合成により真上からの全周囲俯瞰画像を生成する仕組みを採用(画像16)。これにより、停止位置ズレを10cm以下に改善することができるという(被験者6人で試験を実施した結果)。計測領域は前後左右の周囲1m、計測速度は毎秒2フレームだ(画像17)。

またレーザスキャナによる距離情報をカメラ画像に重畳することで、障害物までの奥行き距離を表示(画像18)。計測距離は前方と左右で30m、計測速度は毎秒30フレームだ。こうした仕組みにより、操作者がロボットなどを周囲の障害物に接触させてしまうリスクを低減しているのである。また、ガイド表示付きの前方監視カメラも併用することで、移動方向に対する位置決め精度も向上させることが可能だ。

画像15。HIF。操作システムを共通化することで、それぞれのロボットの習熟時間を短縮することにした。コントローラはXbox 360タイプ

画像16。前後左右に4つある魚眼レンズの映像を合成し、ロボットを上から見下ろす全方位俯瞰映像に変換して表示できる機能を搭載

画像17。カメラは死角が多いため、特に足下は見えないので、全方位俯瞰映像がないと、停止位置のかなり手前で多くの人が止めてしまう

画像18。カメラは距離感を得にくいため、画面上にガイドラインや距離データを表示することでそれを補う仕組み

高所での作業に対応するロボットたち

そして(1)の(d)の狭隘部遠隔重量物荷揚/作業台車について。これは「MHI-Super Giraffe(MARS-C)」(Super Giraffe:スーパージラフ)と名付けられた伸縮ハシゴ機能の先端にアームを搭載したロボットである(記事はこちら)(画像19・20)。原子力災害や過酷事故など、人が近づけない現場を自由に移動し、7個の関節を持つロボットアームで高さ8mまでの高所作業が可能だ(画像21)。モジュール構造が採用されていることも特徴。状況に応じて必要なモジュールを開発して交換できる仕様で、将来の多様なニーズにも対応できるとしている。

画像19。MHI-Super Giraffe(MARS-C)。かなり細身

画像20。Super Giraffeを横から。4WSなので、全輪が真横も向く

画像21。ハシゴをいっぱいまで伸ばすと8mの高さまでロボットアームが届く

スペックは、全長2350mm×全幅800mm×全高2000mm、重量4tと大型。4輪駆動4輪操舵(4WD・4WS)方式を採用しており、50mmの段差と15度の傾斜を走行可能な性能を有する(画像22)。荷揚機構は5段テレスコピック式のハシゴ機構を採用(画像23)。ロボットアームは前述した通り7自由度があり、可搬重量は20kgとなっている(画像24・25)。バッテリは三菱自動車工業のEV用バッテリ技術をカスタマイズしたリチウムイオンバッテリを採用しており、稼働時間は5時間となっている。

画像22。15度の傾斜も登坂可能

画像23。ハシゴ機構のアップ。内側に小さなハシゴが収納されていて、それが5段階で順々に伸びていく

画像24。ロボットアームを伸ばしているところ

画像25。デモンストレーションではバルブを開閉

4WD・4WSによりその場での信地旋回や真横への平行移動も可能で、巨体の割には狭い場所での機動性に富み、原発の建屋内のように配管などが入り組み、なおかつガレキが散乱しているような場所でも、目的地へアクセスしやすい。高所での作業を実施する際は、アウトリガ(固定用の脚)でロボット本体を固定する設計で、安定感を確保している(画像21)。

またロボットアームの先端は専用ツールを交換することにより、多様な作業に対応可能。その交換作業にもロボットが使用される計画のようで、その役目は今回のプロジェクトではなく、三菱重工独自に開発した遠隔作業ロボット「MHI-MEISTeR」(記事はこちら)が利用されていた(画像26・27)。

なお同ロボットは、発表の際には、実際に千葉工大の一角に設けられた模擬設備で高所での作業を披露。その際、死角になる部分の映像を取得すべく、Sakuraが階段を上がっていってロボットアームが作業している高所のそばに近づき、間近からの映像を確保するという連携作業が実演された(動画6・7)。

画像26。MHI-MEISTeR。発表時は、このような画像が公開された

画像27。今回は上部にテーブルを載せ、Super Giraffeのサポート役として同伴していた

動画
動画6。Sakuraのサポートを受け、Super Giraffeが高所のバルブを開くデモンストレーションの様子
動画7。スーパージラフがその場での信地旋回をする様子。かなり小回りが利く

さらに、(1)の(e)の重量物ハンドリング遠隔操作荷揚台車、通称「スーパーリフタ」について(画像28、動画8)。これは、作業員が立ち入り困難であり、空間が制限された場所まで走行し、遠隔作業装置や重量物(最大約4t)を最高約30mの高所まで持ち上げ、階段を経由せずに上階フロアに直接送り込む作業を、遠隔操作で行える台車である(画像29)。サイズが全長約9000mm×全幅約4000mm×全高(走行時)約4000mm。垂直昇降作業を行える空間は、全長約12m×全幅約6.5m×全高約6.5m。水平レベル調節機能により、最大4度の傾斜した床面でも使用が可能だ。

画像28。スーパーリフタこと重量物ハンドリング遠隔操作荷揚台車のイメージ。実機は今回は公開されなかったため、CGと動画で紹介された
動画8。スーパーリフタの機能や機構を紹介するイメージビデオ(を撮影した動画)

画像29。スーパーリフタが上階フロアへアクセスしているイメージCG。建物の外部にアクセス用の扉などがあれば、最高で30mの上階フロアに、重量級のロボットなどを投入することが可能だ

そのほか、プラットフォームには複数のカメラが設置され、情報からの俯瞰画像を提供し、プラットフォーム上昇時に周囲状況が確認できる。プラットフォームは回転機構付きで、搬送物の移送方向を前後左右に設定可能。また建物との間は、突っ張り機構もしくはアンカーなどで固定して転倒を防止する仕組みだ。そしてカメラにより着座目標位置を確認して、パワーブリッジを展開し、上階フロアへのルートを確保するというわけだ。

もう少し具体的なイメージとしては、屋外から上階フロアの機材搬入用の扉などにアクセスし、そこからTsubakiのような重量級ロボットを上階フロアに入れるといった使い方をする。これにより、42度、中には52度という原発建屋内の急傾斜階段を上れないロボットでも上階フロアに行けるというわけだ。