大手商用車メーカーの日野自動車では、顧客ニーズの多様化やイノベーティブなテクノロジーが進展した未来を見据えて、トポロジー最適化などのシミュレーションを用いたモビリティデザインの新たな手法や開発プロセスを創出する試みを推進している。本稿では、7月25日、26日に行われたアルテアエンジニアリングのユーザー会「Altairテクノロジーカンファレンス(ATC)」に登壇した日野自動車 デザイン部 デザイン開発室 先行デザイングループ 渡邊邦彦氏へのインタビュー内容をお届けする。
多様化するニーズ。求められる高度なカスタマイズ
── 最適化シミュレーションを活用したモビリティデザインに取り組む最大のきっかけは何だったのでしょうか。
大きな要因は将来のモノづくりを取り巻く環境の変化です。人々の価値観の多様化や少子高齢化による労働力不足といった社会的側面に加え、クラウドコンピューティングやAI、IoT、インダストリー4.0などに象徴される革新的テクノロジーが急速に台頭しています。こうした潮流を受けてサプライチェーンを含めたモノづくりを取り巻く環境やプロセスも大きく変わろうとしており、自動車メーカーとしてもこの変化に適応していく必要があります。その中でもユーザーの特性や使い方を徹底的に理解して、より多様化する個々のニーズに限られた時間で効率的に応える必要が一層高まっています。これらを踏まえると、抜本的なモノづくりのイノベーションが急務であると判断しました。
── 顧客ごとのカスタマイズを実現するために、どのようなアプローチをとられたのですか。
私たちはモノづくりにおいて一見すると対極にある、「クリエイティブ」と「エンジニアリング」に着目しました。従来、クリエイティブの視点から見るとエンジニアリングは「制約」となり、一方のエンジニアリングの視点からはクリエイティブを重視すると「コストアップ」につながるなどの見方をされがちでした。しかし、相反するこの2つを両立させてこそ、イノベーションにつながる新たな価値や、本質的に良い商品を生み出せると考えたのです。その中で、新たな価値を実現するひとつのアプローチとして、最適化シミュレーションという手法に着目しました。
── 最適化シミュレーションを利用した開発プロセスとはどのようなものでしょうか。
まず、お客様の個々のニーズを吸い上げ、それにカスタマイズで応えるサービスとして設計するため、従来であれば最初に企画調査のステップがあったところに「サービス」が必要になります。その役割を例えて「コンシェルジュサービス」と呼んでいます。次に、コンシェルジュが吸い上げたニーズを基にコンセプトを立て、アイデアを創出し、クレイモデルやCADデータなど実体のあるデザインとしてまとめていくのですが、このデザイン・フェーズで、従来の開発プロセスでは後工程に当たる設計、解析評価の各担当からなる部門を横断したタスクチームを構成し、求められるエンジニアリング条件をフロントローディングして最適化シミュレーションを行います。そしてその結果をアイデア創出やデザインに活用します。
これにより、繰り返し作業の大幅な削減につながる上、既成概念から脱却した、新たなインスピレーションを得ることができ、お客様のニーズをカタチにするアイデアの幅を拡大することも期待できます。私たちはこの新しい開発プロセスを、従来のプロセスに対して「革新型」と表現しています。
デザイナー自身が最適化や構造解析を行えるモノづくり
─― 最適化シミュレーションツールとして「Inspire(*)」を利用されていますが、採用のポイントは何でしたか。
いろいろありますが、何と言っても決定的だったのが、モデリングから最適化、構造解析までをデザイナー自身が行えることです。この3つを兼ね備えたツールは他にはありませんから。
これまでのように、デザインにてモデリングしたCADデータが設計部門に渡り、詳細設計が進められ、その後の解析評価を専任者にお願いするというさまざまな関係者を経るプロセスは、最初のデザイン時に抱いていた狙いや思い、アイデアの魅力を薄めてしまう可能性があります。どんなに格好の良いデザインにしたとしても、その後にさまざまな条件を当てはめていったらほとんど原型をとどめなかったというのでは意味がありません。Inspireを活用すれば、開発の初期段階でデザインを既存概念にとらわれず膨らませることができ、しかもこの「コンセプトとエンジニアリング条件の合致」したデザインは、後の工程まで生きる可能性が高まり、手戻りを大幅に削減できます。
── その成果が、今回紹介いただいたコンセプトカーというわけですね。
私たちが提案するコンセプトカーのひとつ「PeopleMover」は、時代設定を2030年とし、地域の人々が集まり外出したくなるモビリティを目指し、「木陰の心地良さ」をコンセプトにデザインしました。ここでは、美しさの先にある「心地良さ」をデザインする過程においてInspireを活用しています。
具体的には、コンセプトに沿ってタスクチーム内で形状、拘束条件、荷重条件、設計空間を定義し、必要な性能を保ちながら、「木陰の心地良さ」につながる木漏れ日とゆらぎを再現する枝葉に相当する形状をトポロジー最適化により求めました。この例では、ありたいデザインを先に決定して、それを最適に実現させる形状を得る手法として最適化シミュレーションを活用しています。
── 今回の取り組みを踏まえて、これからのデザインのあり方をどう見ていますか。
クリエイティブとエンジニアリングの両立に着目した今回の取り組みから、「美しさなどの情緒的な満足」と「機能の満足」は両立できるだけでなく、それぞれを突き詰めると実は表裏一体の関係であるということを確信できました。かねてより弊社では、トラックやバスなどの商用車ビジネスを通じて、事業者の方だけでなくドライバーや乗客の方にも満足していただけるデザインの実現にこだわってきました。今後は、カスタマイズでお客様個々のリクエストによりフィットした商品やサービスを提供することが一層求められるわけですから、デザインを基点に考えることの重要性はますます高まっていくことでしょう。
(*)Inspireは、設計エンジニアや製品デザイナーが構造特性に優れたデザインを作成、検証するためのソフトウェア。設計の初期段階から使用することで、コスト、開発時間、材料使用量、製品重量を削減可能。CAEソフトウェアで業界を牽引するアルテアエンジニアリングの最適化技術と優れた操作性を備えたInspireは、多くの企業で採用されている。
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