7月25日・26日に、アルテアエンジニアリングのユーザー会「Altairテクノロジーカンファレンス(ATC)」が東京で開催された。同社のCAE解析ソフトを使って研究開発を行う企業・組織の1社として本イベントに登壇したのは、国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)である。本稿では、JAXAの航空技術部門 構造・複合材技術研究ユニット 青木雄一郎氏へのインタビューから、現在の航空機開発においてJAXAが果たす役割や挑戦をお伝えする。

JAXA 航空技術部門 構造・複合材技術研究ユニット 青木雄一郎氏

航空機の「重量軽減」を目指して

――JAXAといえば私たちは一般にロケットや人工衛星をイメージしますが、航空技術部門もあるのですね。主にどのようなことを行っているのでしょうか。

もともとJAXAは、2003年、宇宙科学研究所(ISAS)、航空宇宙技術研究所(NAL)、宇宙開発事業団(NASDA)の3機関が統合して誕生しました。ですから、当初から航空技術を扱う部門はありました。JAXAでは研究機関として、航空機開発の先行研究や先導研究を行っています。役割としては、民間企業がいきなり手を出すとリスキーなこと、たとえば新しい素材を使うときなども、JAXAで先行して研究することで、ある程度の道筋を作っていくことを期待されています。機体メーカーとは共同研究を行うこともあります。

――具体的にはどのような研究を行っているのでしょうか。

航空機開発のひとつのミッションが機体の軽量化です。軽量化させることにより燃費の向上につながるからです。そのために行っているひとつのアプローチが、主翼の材料となる炭素繊維複合材の積層構造をCAEソフトウェアで解析し、必要な制約のなかで軽量化と強度を最適化するというものです。現在では、アルミ合金ベースの機体に対し、最適化された炭素繊維複合材ベースの機体では重量を36%近く軽減できることがシミュレーション上で明らかになるなど、CAEソフトウェアの発展により強度や剛性基準に基づいた炭素繊維複合材の最適設計が可能になりました。また、自動積層機を用いることで製造技術の点からも実用レベルになっており、こうした最適化結果を直接的に使用する複合材機体開発は2020年くらいにはできるのではないかと考えています。

あと、実現までまだ見込みレベルですが、トポロジー最適化技術を活用することで、胴体や主翼にこれまで用いられなかった新たな構造様式を採用し、重量と強度を最適化していくシミュレーションも行っています。ここでは厳密な細かい制約条件は考慮せず、剛性基準に基づいた設計アプローチになりますが、人間では思いつかないような構造案を得ることに成功しています。従来の構造様式と比較し、重量を50~60%削減できる構造をシミュレーション上で実現しています。

最適結果(構造肉取り)

重量比較

航空機開発は「保守的」?

――以前から航空機の開発にCAEが必要だということは気づいていらっしゃったと思いますが、そうした技術は現在どの程度導入されているのでしょうか。

航空機の開発は非常に保守的です。材料に関してはCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics:炭素繊維強化プラスチック)の導入や、製造方法の技術革新で改良は行われているものの、一方で桁(スパー)、小骨(リブ)、縦通材(ストリンガー)をベース構造とする設計方法そのものは昔からほとんど変わっていません。設計データを手書きからコンピュータベースにしたといった変革はあっても、設計の流れを変えるような刷新はないのです。ここ50年くらい設計方法は変わっていないでしょうね。もちろん多くの人は変革の必要性を認識していますが、航空機は、最終的に国内外の航空当局から認証を取得する必要があるので、どうしても慎重で保守的になるのです。何よりも安全性が大切ですから。

――しかしイノベーションも必要ですよね?

イノベーションを起こさないと次世代の新しい機体はできません。日本のメーカーをはじめとして、世界の各機体メーカーはかなり革新的なことをやろうとしています。なぜなら新しい技術を盛り込んでいって、ある意味、面白みのある技術を取り入れていかないと機体が売れないというビジネス的な事情もあるのです。そのため、いま私たちが取り組んでいる技術革新への研究は非常に重要なことだと思っています。

――そういった意味ではこれからますます研究は進んでいくと考えていいのでしょうか。

加速度的に進んでいくでしょうね。若い世代の研究者は、新しい設計手法にアレルギーがまったくないでしょうから。元々職人気質が強い日本のものづくりにおいては現場の意見がものすごく強く、若い世代のアイデアで新しい技術を導入しようと思ってもはねられてしまうという話をよく聞きます。しかし世代が変わっていけば、どこかでマッチングして新しい技術を採用しようという人たちが出てくると思っています。現にアメリカではそうなっています。

――今回、複合材やトポロジーの最適化を行うために、アルテアエンジニアリングの「OptiStruct」を使用していますが、なぜその解析ソフトウェアを採用したのでしょうか。

私は2年間フランスの航空機メーカーで研修していたことがあるのですが、そのメーカーでは主にアルテアエンジニアリングの「HyperMesh」や「HyperView」を使っていたため、大規模な解析結果をうまく処理できることがわかっていました。帰国後すぐには複合材の最適化を行いませんでしたが、興味はありました。その後、その研究を進めるにあたり、アルテアエンジニアリングの「OptiStruct」はモデル作りと最適化が一体となっているパッケージングソフトのためプロトタイプをすぐに作ることができ、便利だったので導入を決めました。

生体模倣など他分野との連携で開発に革新を

――先ほどの講演では、開発には今後AI技術が導入されるというようなお話もありました。やはりいままで人間の力では到底できないようなシミュレーションなどをコンピュータがやることによってまったく新しいものが生まれていくと考えていらっしゃいますか。

いまや、人間がいろいろなパターンの解析をやろうと思っても不可能です。今後はCAEの利用を前提とした革新的な製品が生み出されていくでしょう。といっても人間は必要で、解析するにしても最初の設定などは人間がやらなければなりません。初期の構想にしても人間が頭の中である程度描いておく必要があります。ですから同じソフトウェアを使用しても結果の差別化はできます。ソフトウェアだけで独創的なものができるわけではありません。しかし、いままではエンジニアの経験やノウハウに強く依存していた設計開発アプローチは、いずれCAEに代表されるようなコンピュータベースの技術に置き換わり、ほとんどが自動化されていくでしょうね。

――そうなれば研究者がよりクリエイティブになる必要がありますね?

必要なのですが難しいですよね。たとえば、生体模倣技術という分野がありますが、航空宇宙の構造設計でも、生物界の生体の構造がヒントになると考えています。今まで航空宇宙構造の設計者で生体模倣を大胆に取り入れる人はあまりいなかったと思いますが、既存の飛行機だけを見ていたら新しいものは一切生まれません。動物でもいい、植物でもいい、まったく違うところに目を向けていかないと新しい発想は出てこないのです。現にトポロジー最適化のシミュレーション結果として出てきた構造が生体構造と近かったという例もあります。

――よりその先に進んでいくためには、いまどんな課題があるのでしょうか。

トポロジー最適化においては、解析技術もまだまだ高精度化を進めていかなければなりません。それにもまして必要なのが、生成された理想的な構造案に対する材料と製造方法です。いまは3Dプリンターなどである程度はできるのですが、サイズの制約があり大型のものは製造できません。技術実証のためにはバーチャルで検証するだけではだめで、実際に作らなければなりませんが、まだ製造技術が追いついていない。これは今後解決すべき重要課題だと考えています。

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