9月に入って米国で新学年シーズンが始まり、高校の駐車場で登校してくる生徒達を見ていて気づいたことがある。Eバイクに乗ってくる男子生徒がちらほら混じっている。Eバイク(電動アシスト自転車)というと、以前は脚力が衰えた歳になっても坂道をこぎ上がれるようにアシストしてくれる自転車というイメージだったが、今の高校生達はファットタイヤを装着したスリムなオートバイのようなEバイクを駆っていて、通学する生徒達の中で目立っている。彼らが乗っているのは自転車だけど、彼らに自転車通学している自覚はなさそうだ。「車じゃなくて、ボクはEバイクを選んでます」(米国では多くの州で16歳から自動車免許の取得が可能)というメッセージが伝わってくる。彼らの親世代がTeslaを選ぶように、彼らはSUPER73Juicedを選んでいる。明らかにトレンドに敏感な男子がEバイクに乗っているのだ。

  • アーバンクルーザー「SUPER73-S1」

    アーバンクルーザー「SUPER73-S1」

米国で自転車はCOVID-19禍で需要が高まったものの1つであり、中でも最も伸びたのがEバイクである。NPDグループによると、2021年7月末までの12カ月に、Eバイクの売り上げは2年前(2019年)から240%増加し、ロードバイクを上回るカテゴリーに成長した。経済活動再開でコロナ禍前のようなオフィス通勤も戻り始め、人々の暮らしも慌ただしくなる中で、売れ行きの変化が注目されたが、これまでのところ勢いは衰えていない。

なぜなら1年前とは異なる理由でEバイクが選ばれ始めたから。その変化が最近のEバイクのマーケティングに現れている。下の画像は、米国の自転車大手Specializedが先週に公表した「Globe Bikes」というEバイクの新たなサブブランドのティザーサイトだ。市街地向けのEカーゴバイクで、「Car-lite, alright!」というキャッチコピーが踊っている。

  • 「重い自転車ではなく、軽い自動車」をアピールするSpecialized

    「重い自転車ではなく、軽い自動車」をアピールするSpecialized

これまでモーターシステムを搭載したEバイクは「重い自転車」というイメージだったが、Specializedはファットタイヤを装着したカーゴスタイルのEバイクを「軽い自動車」と表現している。従来の自転車の行動範囲で使う電動アシスト自転車ではなく、これまでガソリン車に乗って出かけていたシーンに使う、車に代わる移動手段としてのEバイクである。

最終的には全てのガソリン車が電気自動車に置き換わるとしても、それが現実味を帯びてくるのは2035年以降になる。今はまだ高い電気自動車の価格を見ながらガソリン車に乗り続け、移行のタイミングに迷っている消費者が多い。そこで、まずはこれまで車を使っていた通勤や市内の移動にEバイクを使用して、しばらくはガソリン車と併用しながら段階的に温室効果ガス削減を削減していけば、特に小さな都市では効果を発揮すると期待されている。自転車の街として知られるポートランドでの調査をまとめた「Transportation Research Part D: Transport and Environment」によると、市内のガソリン車による移動の15%をEバイクに置き換えると二酸化炭素排出量を12%減少できる。

そうした需要を見越して、モペットのようなデザインのEバイクやユーザーのニーズに合わせてカスタマイズするメーカーが登場。Teslaはよく「走るスマートフォン」と表現されるが、同じようにスマートな移動手段としてY〜Z世代にEバイクが受け入れられ始めた。

  • デュアルバッテリー搭載で100マイル(約160キロ)以上を走るJuiced「HyperScrambler 2」

    デュアルバッテリー搭載で100マイル(約160キロ)以上を走るJuiced「HyperScrambler 2」

この「軽い自動車」としてEバイクを普及させる取り組みが活発化するきっかけになったのが、2020年秋に、国立再生可能エネルギー研究所(NREL)とコロラド州エネルギー局が協力して行った調査である。新型コロナ禍で人々の移動に対する意識が変化したタイミングで、低所得のエッセンシャルワーカーにEバイクを提供してその行動を追跡する小規模の調査を実施した。分析の結果、参加者の30%が主にEバイクで移動、29%はシェアライドを使用し、1人乗りの自動車で移動した人はわずか20%に減った。

Eバイクの価格は1,000ドル前後から、ある程度の品質を求めると2,000ドルを超える。自転車のように気軽には購入できない乗り物であり、Teslaがそうであるように、今トレンドのEバイクの購入者は新しいもの好きやテクノロジー好きである。しかし、将来的にはEバイクがEV(Electric Vehicle)シフトを低所得者層に広げる役割を担うと期待されており、より手頃な価格の実現が今後の普及のカギになる。

ところが、Eバイク推進派に残念な出来事が8月に起こった。バイデン政権の「Build Back Better法案」に含まれていたEバイクに対する還付・税額控除が最終的に「インフレ抑制法案」に盛り込まれなかった。新規購入価格の30%(上限1,500ドル)の補助金が提案されていたので、承認されればEバイクの一般普及に弾みがつくと予想されていた。だが、車を中心に都市がデザインされている米国で、Eバイクの増加はノイズになり得る。自転車を念頭に街を設計し直さないと事故や渋滞が増える可能性、現在米国で流通しているEバイクの多くが欧州や中国のメーカーによる中国製である問題などから、41億ドル規模の補助に難色を示す議員が少なくなかった。

ただ、連邦による税額控除を通じた補助は得られなくても、Eバイクの需要と温室効果ガス削減のニーズを背景に、現金補助、リベート、税額控除、低金利ローンなど、州や都市または企業レベルで数々の奨励プログラムが進行している。例えば、コロラド州、コネチカット州、ハワイ州、マサチューセッツ州、バーモント州でEバイク奨励プログラムが可決された。カリフォルニア州では1,000万ドル規模のインセンティブ・プログラムが間もなく開始になる見通しだ。カリフォルニア州オークランドでは低所得者層への貸し出しシステムが設けられ、マサチューセッツ州ウースターでは100台のEバイクを配布するなど、低所得者向けプログラムも活発だ。

自動車の電化は交通が気候に与える影響を減らす方法の1つに過ぎない……その事実に対処しようとしない州や都市がまだ数多く存在し、連邦レベルの奨励プログラムは承認されなかったが、Eバイクの普及は着実に進行している。見方を変えると、電気自動車のような米系メーカーに有利な税額控除案が設けられなかったのは海外のメーカーには朗報である。円安も追い風に、日本のメーカーやマイクロモビリティのスタートアップが米国のもう1つのEVシフトに食い込んでくることを期待したい。