1月29日に発売した『未来が楽しみになる 宇宙のおしごと図鑑』では、多数の宇宙関係者に徹底取材を行い、2040年ごろに想定される50種類以上の宇宙の仕事を幅広く紹介させていただいた。おかげさまで多数の反響を頂き、発売約2週間で重版出来に。このTECH+でも記事を紹介していただきました。感謝!
ただ、心残りがひとつ。書籍では“子どもたちにも読みやすい本を”という目的を掲げていたため、宇宙の第一線で活躍している方々にはインタビューでたくさん熱く語っていただいたにも関わらず、紹介しきれなかった貴重な話が多々あるのです。そこで今回TECH+にて、「大人版 宇宙のおしごと図鑑」という連載を始めることになりました。
第1回のインタビュー相手は、山崎直子さん。元宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙飛行士で、政府の宇宙政策に関わる委員などを務め多忙な日々を送る山崎さんにお伺いした職業は、「(官民の)宇宙飛行士」。先日、JAXAの大西卓哉宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)で宇宙滞在をスタートしましたが、今や宇宙に行けるのは国家の宇宙飛行士だけではない。民間宇宙飛行士が増え、宇宙に行くキャリアパスも多様化しています(4月にも4人の民間人がSpaceXのクルードラゴンに搭乗し、数日間極軌道を周回飛行予定)。「民間宇宙飛行士はどんどん増えていくと思います」と話す山崎直子さんに、その背景や理由について具体的に伺いました。
民間独自の宇宙飛行士訓練施設も誕生する現在
--民間宇宙飛行士も増えてきました。宇宙飛行士の仕事も変化しているのでしょうか?
山崎直子さん(以下「山崎」):国や宇宙機関の宇宙飛行士だけではなくて、民間の宇宙飛行士がどんどん出てきています。例えば2021年や2024年は、国から派遣された宇宙飛行士より民間の宇宙飛行士の方が多かったほど。若田光一さんのように国の宇宙飛行士を経て民間の宇宙飛行士になる方もいらっしゃいますし、いきなり民間の宇宙飛行士になる方もいらっしゃいます。例えば米国のヴァージン・ギャラクティックでは、パイロットはもちろん、ミッションを支える役割の方々も自社の宇宙飛行で経験を積んでいます。
--ミッションをサポートする役割の民間宇宙飛行士とは?
山崎:実験装置のテストやヴァージンが保有する機体の操作性のテストをしたり、同じ人が複数回飛行して経験を積んだりすることで、ミッションにおけるスペシャリストを自社内で育てていると理解しています。
--なるほど。宇宙旅行者をアテンドするというよりも、ちゃんと実験装置が動くか、また宇宙飛行する人が機器を使いやすいか操作性や安全性を確認するという意味では、米国航空宇宙局(NASA)でいう「ミッションスペシャリスト」に近い職種でしょうか。
山崎:はい。ただもちろん、初めて飛ぶ宇宙旅行者のためにアテンドの役割もされているようです。シエラ・スペース(宇宙船「ドリームチェイサー」を開発中の米企業)は、同社独自の宇宙飛行士訓練施設をNASA ケネディ宇宙センターに作ろうとしています。NASAの宇宙飛行士でシエラ・スペースに転職している人が何人かいますが、彼らが宇宙飛行士を育てるようです。
--そうですか! シエラ・スペースはブルーオリジンや三菱重工と商業宇宙ステーション「Orbital Reef(オービタルリーフ)」計画を発表していますよね。今後の商業宇宙ステーションでは民間宇宙飛行士の活躍が期待されますね。
山崎:そうですね。元々、宇宙飛行士は「これをしたら宇宙飛行士になれる」というキャリアパスがはっきりしている職業ではありませんでしたが、今ではさらにその道筋が広がっています。
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ブルーオリジンの「Orbital Reef」外観イメージ(出所:Blue origin「Orbital Reef」動画)
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ブルーオリジンの「Orbital Reef」内部イメージ(出所:Blue origin「Orbital Reef」動画)
宇宙飛行士の職場や求められるスキルとは?
--15年後の2040年ごろ、宇宙飛行士の職場はどういうところが考えられますか?
山崎:地球周回低軌道(LEO)の商業宇宙ステーション、あるいは“宇宙ホテル”において、メンテナンスなどの技術的な仕事をする宇宙飛行士も必要になるでしょう。また月・火星に向かう宇宙飛行士も国を問わず出てくるでしょうね。
--では宇宙飛行士の仕事内容や役割は変わりますか?
山崎:人類の活動領域を広げ、その知見を地球上に活かすためにさまざまな実験や探査を行う。そんな国の宇宙飛行士の仕事や役割は、本質的には変わらないと思います。一方で民間宇宙飛行士の場合には、仕事内容がもう少し細分化されるんじゃないかと考えています。例えば月にプラントができれば、そのプラントのメンテナンスに行くのは電力やエネルギーに詳しい人。月面ローバーに詳しい人もいれば、月で農業をするためには農業の専門家なども。人が長く月面に住むなら、学校の先生や美容師さん、コックさんなど必要になるので、宇宙の仕事はもっと幅広くなるのかなと思います。
--民間宇宙飛行士は、ジェネラリストよりスペシャリストが求められそうということですね。民間宇宙飛行士の場合、旅行者も宇宙実験などを行う人もまとめて宇宙飛行士と呼ばれることがありますよね。
山崎:今は“宇宙飛行士”という定義自体がクリアではなく範囲が広いですが、民間宇宙飛行士も、乗客として自費で行く人はそれほど訓練を必要とせず宇宙に行けるようになるでしょうし、何らかの役割を担っていく人は訓練も専門的になるなど、徐々に分かれていく気がします。例えば、前澤友作さんと一緒にISSに行かれた平野陽三さんは、前澤さんの宇宙旅行の一部始終を撮影する役割として宇宙に派遣されました。そういう仕事を担う民間飛行士も、今後出てくるはずです。
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米・アクシオム・スペースはISSへの商業ミッションを実施している。写真はさまざまな実験を行うサウジアラビア初の女性飛行士で、ISSに加盟していない国の宇宙飛行士の飛行機会となっている(提供:Axiom Space)
今後求められるスキルに変化は?
--今後、月や火星を目指すようになると、宇宙飛行士に求められるスキルは変化しますか?
山崎:月や火星には、ISSになかった大地があり、一方で放射線環境がより強くなります。そのため、地質学や宇宙天気などの知識、危機管理能力など幅広い知識やスキルが必要になると思います。民間と国家の宇宙飛行士の両方に共通して求められるのは、極限環境の中で状況を判断して行動に移していく“状況判断力”や“行動力”。特に国の宇宙飛行士の場合は国際協力の面が必要になるので、協調性や異なる文化を尊重して協力する力、成果を地上に還元する力も重要です。諏訪理さん、米田あゆさんが宇宙飛行士候補者に選ばれた時に「表現力」が求められたように、発信することでいろいろな人たちをつないでいく「求心力」が求められると思います。
--なるほど。特に民間宇宙飛行士に求められるスキルってありますか?
山崎:民間宇宙飛行士の場合は仕事の内容が細分化していくと思いますので、国家の宇宙飛行士に求められる数学や理科の知識に関しては、求められないことも多いと思います。ただし仕事によりますね。インフラ整備の場合には技術的な知識が必要になるでしょうし、コックさんだと別のスキルのほうが大事になるのではないかと思います。
「人生が試される」宇宙飛行士選抜試験
--山崎さんはJAXAでの仕事を経て宇宙飛行士候補者に選抜されましたが、選抜試験の想い出とか、これが役に立ったなということがあれば、アドバイス頂けますか?
山崎:まずおすすめするのは、募集要項を本当に何度も読むことですね。そこにエッセンスが書かれています。どんな人物像が求められるのかは毎回変わってくるので、その時の募集要項をちゃんと読んでほしいです。私も公務員レベルの知識内容について学び直したり、体力作りも意識的にやったりしましたが、選抜試験を通して痛感したのは“それまで生きてきた人生すべて”が問われることです。
--人生すべて、ですか?
山崎:「どうして宇宙に行きたいのか」「宇宙に行ったら何をしたいのか」など、自分自身と向き合いながら考えをまとめていきました。試験自体は初めてのことばかりなのでプレッシャーを感じる間もなく、ひとつひとつに真剣に集中して向き合っていたと思います。余計なことを考えず、その時に集中すること、そして新しいことを楽しみながら臨むのが大事ではないかと思います。
--山崎さんは現在、政府の委員など幅広いお仕事をなさっていますが、宇宙飛行の経験はどんな風に影響を与えていますか?
山崎:いろいろな活動をさせていただいている中で、政策を考えたり、課題解決を図ったりする際には、宇宙の可能性と地上を結びつけることを意識しています。それは宇宙飛行の経験を通じて、宇宙は遠い別世界ではなく、地球も私たちも皆宇宙の一部ということを実感したからです。そしてやっぱり実現したいなと思うのが、たくさんの方が宇宙に行ける時代、宇宙がより身近になる時代です。なぜそう思ったかというと、宇宙は宇宙飛行士という一部の人たちだけのものではないということを、本当に実感したからです。いろいろな方が宇宙に行くことでもっとたくさんの発信ができるし、技術を地球上にも活かすことで、地球と宇宙を結びつけることができる。そのために今後も活動したいと思っています。
書籍『未来が楽しみになる 宇宙のおしごと図鑑』