ニデックとルネサス エレクトロニクスのEV用半導体ソリューションの共同開発についての記事を読んだ。
精密小型モーターの開発を突破口に世界のEV市場を視野に入れるニデックと車載用半導体を伝統的なコアビジネスとするルネサスの協業の記事は、ニュース的にはどちらかと言うと地味なものであるが、伸張著しいEV市場での今後の両社の存在感をさらに高めるものとして大変に興味を持った。
ちょっと前のコラムで「日本一となったAMD」の話を取り上げたが、2022年の日本市場での半導体売上高第2位はルネサス エレクトロニクスであった。私は永年電子業界にいながら日本企業で勤務した経験が全くなく、日本企業との接点は外資企業にあってデバイス市場における競合、あるいは半導体ウェハの顧客、というあくまでも外部から伺い知る程度であった。そんな私のバックグラウンドもあって、自身のコラムで日本企業を取り上げる機会は非常に限られていたが、今回のニデックとの協業の記事を読んで、ルネサスに対する興味が高まった。
不採算部門の売却と果敢な企業買収で以前とは異なる企業に変身したルネサス
ルネサスと言えば日立、三菱、NECというかつては世界市場を支配した半導体ブランドが合体してできた会社というイメージが強い。企業文化が全く異なる大手3社がルネサスという統一ブランドのもとでビジネスを運営するその道のりはかなり険しかった。2010年代前半のルネサスは不採算部門の閉鎖、売却と頻繁なCEOの交代など、かなり迷走している印象があったが、2010年後半になって大型企業買収によって反転攻勢に出る。
インターシル社やIDT社と言った米国の老舗半導体メーカーの買収を英断した。こうした積極策に出たルネサスを見ていた私自身も、「巨額の買収額に見合う価値を手に入れているのだろうか?」という印象があったが、2021年になって英ダイアログ・セミコンダクターを48億ユーロという巨額の買収額で取り込んだ頃からその本気度が明らかになってきた。折しも2021年から顕在化した世界的な半導体供給不足とその後に到来した世界的な供給過剰状態を何とか乗り切り、2022年の結果では日本市場における売り上げ別のランキングではAMDに次ぐ第2位の地位を獲得した。
何が起こっているのか気になっていたところにニデックとの協業のニュースに触れて、ルネサスの決算発表の内容を覗いてみることにしたのだが、正直大変に驚いた。
異文化コミュニケーションの推進で企業文化の大改革を加速するルネサス
2022年の決算発表をざっと眺めていて驚いたのは、2022年の総売り上げは過去最高の売り上げでGross Margin(粗利率)が56%という驚異的な数字だ。
相次ぐ買収で売り上げが伸びたのは分かるとして、粗利56%というのはかなりインパクトがある。かつてサーバー用のCPUを独占していたIntelは60%近くの粗利率を誇り「ドル札を印刷するより儲かる」と言われたが、その数字に迫る勢いである。現在のIntelの粗利は50%をはるかに下回っている。2020年までに行った不採算事業の切り捨てと、その後立て続けに断行された大型買収によって補完的ビジネスを取り込み、本来ルネサスが持っていた自動車用半導体というコアビジネスとの相乗効果が出ていると考えられる。
さらに経営チームのメンバーを見てみると、柴田CEOと新開CFOといった執行役員の一部を除いて、事業部のトップのほとんどが外国籍の人物たちである。これらのリーダーシップは、買収先の企業から招へいされた人材で、「買収後は要職をすべて日本人幹部で固める」といった日本企業による古典的な統合プロセスではなく、補完的ビジネスとその人材・ノウハウを積極的に取り入れる姿勢を徹底していることが伺い知れる。
同社が5月に開催した[投資家向けイベント(2023 Capital Market Day)]のプレゼンテーションでも、日本人によるプレゼンは柴田CEOと新開CFOのみ、当然、各事業部からのプレゼンはすべて英語で、日本人視聴者のために同時通訳が付けられるという具合で、そのスタイルはまるで外資系企業のものであるかのような錯覚をもったほどである。
印象的だったのは、最後のプレゼンがHR(人事部)トップの女性幹部の発表だったことである。投資家向けの発表会で人事部門がプレゼンを行うのはかなり異例である。内容的には日本を含む世界中のルネサス従業員が新生ルネサスの共通の目標に向かって意識を共有する姿勢を何度も強調していた。その手立てとして世界中で共有する“Renesas Culture”と題する企業文化のスローガンには「Agile(敏捷さ)」、「Transparent(透明さ)」、「Entrepreneurial(起業家精神)」などの言葉がそのまま使用されていて、世界中の拠点に散らばる従業員と共有されている状況を説明してる。
従業員対象の意識調査の結果を披露し、どの分野で進展があったか、どの分野が停滞しているかなどの分析を明らかにしながら進捗状況を開示する姿勢から、多国籍企業となったルネサスが意識改革と真正面に取り組む姿が伝わってくる。
世界的なEVシフトに的確に対応する態勢を強調する柴田CEO
世界28か国に散らばるグローバル企業となったルネサスの21,000人の従業員を束ねる柴田CEOの語り口はあくまで冷静である。
金融、産業革新機構などの経歴を経てルネサスの再建に飛び込んだ柴田氏の物腰は非常にソフトであるが、現実をしっかり認識しながら成長戦略を見据えた意気込みが伝わる。ルネサス本来のコアビジネスを核に、大型買収で獲得したビジネス、技術、人材を充分に活用しながら、新たな分野に挑戦する、というのがその基本的考え方であるが、掲げる目標は非常にチャレンジングだ。IGBT、SiC分野への市場参入、そして半導体ハードのみならずソフトウェアプラットフォームをも視野に入れた今後の企業買収の可能性も否定しない柴田CEOは「2030年までに時価総額を6倍に引き上げる」という大胆な目標を掲げている。
ほんの10年ほど前、私は外資系半導体メーカーのウェハの売り込みにルネサスの各拠点を忙しく訪問した記憶がある。その時に痛感したのは、ルネサスの母体企業であった各社の起業文化があまりにもそのまま残っていて、ルネサス全体の方向性がなかなかわからなかったことである。その実体験があるので、今回の新生ルネサスの発表で感じられた変化に大変に驚かされた。
巨大なEV市場に割って入るルネサスの今後には大いに期待したいが、すべてルネサスのパフォーマンス次第である。