WBCでの日本チームの大活躍が日本中を沸かしていた先週、国際関係では韓国のユン・ソンニョル大統領が来日し、長らく停滞していた日韓の関係は一気に改善の方向に大きく前進した。

元徴用工問題で日韓が大きく歩み寄った背景には、ロシアによるウクライナ侵攻と米中対立の激化によって緊張の度合いを増す東アジアの現状という喫緊の問題がある。安全保障と経済での日米韓3か国の緊密な連携は、いよいよ覇権圧力を高める中国に対峙する勢力として、東アジアにおける重要なファクターとなっている。

米中の覇権争いの狭間で必然的に緊密化する日米韓の関係

ロシアによるウクライナ侵攻を発端に、ロシア/ウクライナと地続きの欧州と、覇権圧力を高める中国に対峙する日米韓の地政学的な位置関係は緊張度を増している。東アジアでの緊張増加に呼応する今回の日韓関係の進展には、下記のような各国の事情が関係している。一見して独立して起こっているような各国の事情は実は複雑な相関関係にある。

  • 覇権圧力を高める中国と日米韓が共通して懸念するのは台湾の将来である。「1つの中国」を標榜する中国共産党の動きに台湾を挟んだ「有事」がまことしやかに話題となる今日、有事の際には米軍の前線基地となる可能性を持つ地理関係にある日韓両国は必然的に協力体制を取る必要がある。これまでの日韓の冷え切った関係は米国をはじめとする自由主義陣営にとって大きな懸念材料であった。
  • 依然として韓国と戦争状態にある北朝鮮は昨年から米国を射程とした大陸間弾道弾ミサイルの実験を盛んと繰り返しその開発を加速させる。核弾頭の搭載を目指すことをあからさまにちらつかせる北朝鮮の脅威の度合いは日々高まっている。
  • 若い労働力を豊富に含むインドの総人口は、今年中に中国を追い抜く事が予想されていて、インドを確実に陣営に取り込みたい米国にとって、日韓の協力は前提必須条件である。対する中国は他のアジア諸国の取り込みを狙う。
  • 中国に大きな市場を抱えるオーストラリアは中国に対する政治的スタンスを明らかにし、米国との原子力潜水艦開発に多額の国家予算を決定した。これも台湾有事に対する米国政府の布石と考えられる。

東京での桜の開花が早まる日本にいて、これらの緊張状態が我々を取り巻いているとは俄かに信じがたいが、日本海を挟んですぐそこにある朝鮮半島と中国を取り巻く緊張状態は残念ながら厳しい現実である。この状況にあって、政治課題の中心的分野の1つが半導体であることは、今回のユン大統領の訪日のアジェンダを見れば明らかである。

中国に先端前工程を展開する韓国半導体の苦悩と国内生産キャパシティー増強計画

総人口が日本の半分以下の韓国は、国内市場の規模の小ささから経済活動の多くを輸出に頼る輸出立国である。その輸出品の中でも突出して大きい20%近い割合を占めるのが半導体製品である。韓国半導体はSamsungとSKハイニックスの2大メーカーが世界的なシェアを誇っているが、メモリーに占める割合が高く、在庫調整にある現在では市況が大きく落ち込んでいる。

自動車とともに国全体の経済を支える半導体の市況は韓国にとっては国としての浮沈がかかる一大事だ。米国の安全保障圏内にありながら、中国と地続きである韓国は、その最大の輸出国中国と経済では深く組みながら、安全保障の枠では対峙してゆかなくてはならないという非常に難しい立場にある。そうした複雑な状況と韓国が直面している問題を象徴しているのが現在のSamsungとSKが運営する中国工場の事情だ。

Samsungは中国の西安工場で3次元NAND製品の生産を行っていて、SKも大連工場で3次元NAND、無錫工場でDRAMを生産している。いずれも先端品で、両社の半導体総生産量の多くの部分を占める。これら中国にある工場が米国政府による先端半導体製造装置の輸出規制の影響をもろに受けている。この規制によれば中国にある先端半導体工場へは、米国製の製造装置を一切輸出できなくなる。それどころか稼働中の工場のメンテナンスに必要な部品の輸出もできず、工場に張り付いていた研究者・エンジニアも撤退することになった。中国工場における生産継続に支障が起こる事態に発展している。

  • 中国西安にあるSamsung ElectronicsのNAND量産工場

    中国西安にあるSamsung ElectronicsのNAND量産工場 (出所:Samsung)

  • SK hynixの無錫工場の外観

    SK hynixの無錫工場ではDRAMが生産されている (出所:SK hynix)

Samsungはメモリー事業に加えてロジック半導体のファウンドリービジネスも展開するが、3nm超の先端微細加工技術の量産態勢の構築につまずき、TSMCから水をあけられている。先端ロジックファウンドリーの顧客であるApple、AMD、NVIDIA、Qualcommといった大手ファブレスメーカーのほとんどがTSMCに流れている。こうした厳しい状況に置かれた韓国半導体業界にとっては半導体製造に必要なフッ化水素、レジスト、フッ化ポリイミドなどの材料の多くが日本から自由に調達できない状況は、サプライチェーン確保の面から大きな問題となってきた。今回のユン大統領の訪日を受けて、これまでのこれらの品目についての外為法による日本からの厳しい輸出審査は解除される見通しである。

ユン大統領の訪日に合わせたかのように、Samsungがソウル郊外に新たな大規模半導体拠点を構築することを発表した。総額30兆円を超える大型投資には韓国政府の大規模な支援が含まれている。この大規模な投資によって世界最大の「先端システム半導体クラスタ」を構築し、5棟の新たなファブを建設する予定という。これらをすべて国内に集中させるという決断は、これからの韓国をさらに先端半導体の生産基地として位置づけようという韓国政府と世界最大の半導体企業Samsungの決意の表れととれる。

来年に台湾総統選と米大統領選を控える現在、東アジアでの半導体をめぐる各国の駆け引きはすでに始まっている。