最近の報道で業界人の目を引いた話題は、TSMCが現在アリゾナ州に建設中の5nmプロセスの量産工場への投資をさらに拡大して4nmへアップグレードさせ、加えて隣接する敷地に3nmプロセスの工場建設を予定しているというニュースであろう。
総投資額は5.5兆円となる見込みというから、かなり大掛かりな話だ。台湾に半導体の先端技術が集中する現状について米国政府や、Apple、AMD、NVIDIAなどのファブレス企業が抱く将来的な中国リスクの不安を払しょくする思い切った決断である。世界のファウンドリ需要の55%を満たす巨大企業が、将来的にもリーダーシップを持ち続けるという強い決意表明と受け取れる。
この発表の少し前に台湾の業界誌にTSMCがらみでもう1つ興味深い記事が掲載された。TSMCは最先端となる3nmプロセスを施したウェハコストを大幅に引き上げる予定で、1枚当たり2万ドル(現在の円換算で270万円)程度となるという報道だ。
1枚2万ドルを超える超高額な3nmプロセスウェハ
ファウンドリというビジネスの性格から、顧客に関する情報が極端に少ないTSMCのコストについての台湾業界メディアのこの報道は、もちろんTSMCからの正式発表に基づいているものではなく、取材による記事ではあるが、ウェハコストのような非常に重要な機密情報について具体的な数字が記されている点で興味深い。この記事によると、現状は以下のようなものであるらしい。
- 最先端の3nmロジックプロセスの増産のめどがついたTSMCはSamsungをはじめとする2位以下のファウンドリを突き放すべく、アリゾナ州の新工場の増産体制を整えるために巨額の投資を決定した。
- 発表の際にはバイデン米大統領をはじめとして、米業界の重要人物がずらりと顔をそろえ、Apple、AMD、NVIDIAなどの米系ファブレスメーカーはこぞってTSMCの3nmプロセスを使用する事を表明している。
- TSMCからこれらの顧客に提供される3nmプロセスを施した前工程済みのウェハの1枚当たりのコストは、前世代である5nmプロセスと比較して25%増の2万ドル以上になるという。
- TSMCの主要顧客は急激なウェハコストの上昇を受けて、コスト上昇の一部を最終製品の売価に転嫁せざるを得なくなるのではないか、という予測である。
世界のファウンドリ需要の半分以上を受託製造するTSMCのキャパシティーは、12インチウェハ換算で月100万枚以上であり、圧倒的な製造能力を保有するが、その中でも当分の間は他社が追従できない最先端3nmプロセスのウェハについては先行者利益をしっかりいただこうという事だろう。先端ファブの建設にかかる膨大なコストを考えると致し方ないことであると考えられる。デバイス設計技術、微細加工技術、キャパシティーの組み合わせで成立する半導体の経済では、創世期以来下記の要件が各社の企業価値を決定づける。
- 集積度と性能は常に上昇しなければならない
- 先端プロセスによって微細化が進めば演算コア数、キャッシュサイズなどを増加させる事によってデバイスの性能を上げる事ができる
- しかしトランジスタ数の増加は物理的な発熱の上昇につながるので、性能を犠牲にしない方法で発熱をできるだけ抑える工夫が常に必要になる
- 先端製品であっても製造工程の習熟が進めば歩留りが上がり、1枚のウェハから取れるデバイスの数は増加し、製造単価は下降する
- 一方で製造単価は市場競争でのコストダウン圧力に常にさらされる
- デバイスメーカーは次の先端プロセスを常に追い求める……
という具合に半導体ウェハの経済は設計する側と製造する側の密接な関係によって成り立つ複合的な構造を持っている。
増産体制と技術革新でデバイスメーカーの要求に応えるウェハメーカー
半導体デバイスの性能向上はデバイスメーカー/ファウンドリ側の技術革新だけでなく、ウェハを提供するウェハメーカー側の技術革新と企業努力にも支えられている。
私は、AMDでの勤務経験の後、外資系のウェハメーカーで勤務した経験があるが、微細加工を施す前の素のウェハ製造・販売のビジネスではデバイスの世界で見たことがない全く違う景色を見ることができた。
まず驚いたのは、シリコンウェハは全てが特定顧客向けのカスタム品であることだ。ウェハのサイズ、厚さ、平坦度、反りの度合いなどの基本的なスペックについては業界標準が決められているが、それ以外の詳細なウェハスペックは、顧客ごとに千差万別である。ウェハになる前の結晶インゴットの製造段階から造り込まなければならない要件もある。リン/アンチモンなどの含有不純物の種類、酸素濃度、結晶方位などの指定があり、顧客のアプリケーションによって実に多くのパラメーターをカバーする細かい要求が最終製品を決定する変数となって混然と関係していて非常に複雑な構造になっている。ウェハ製品の大まかな種類を並べただけでも、バルク、Epi処理済みウェハ、アニール処理済みウェハ、SOIウェハ、MEMS製造用にウェハに構造物を造り込む特殊なウェハなど多くの種類があり、多種多様な顧客の要求に応える態勢をとっている。ここでの価格の決定要因はこれらの顧客の要求を実現するための装置の有無とキャパシティー、最終ウェハ製品に仕上げるまでにかかる時間と手間となる。また半導体市況に大きく左右されるコモディテー的な要因も大きい。要するにデバイスメーカー顧客に対する半導体ウェハ価格は千差万別で、一定の価格決定要因はあるにしても最終的には競合同士の相対的なものになる。
自社ファブを運営していたかつてのAMDは、微細加工技術でIntelに一世代遅れていたハンディキャップを補うために、クロックスピードの向上とリーク電流の抑制に有効な特注のSOIウェハを使用しIntelに対抗した。もちろんIntelが好んで使うバルクウェハよりも高価ではあるが、それを補う経済効果があるという技術的判断に基づいていた。K7コアのAthlon発表後のAMDの躍進を現在まで支えたSOIウェハの採用はデバイスメーカーとウェハメーカーがタッグを組んで、難問を解決したいい例である。
世界の顧客需要に圧倒的サポート力で応える日本の信越化学(信越半導体)とSUMCOをはじめとして、パワーデバイスに強い独Siltronic、そして最近テキサス州に300mmウェハの新工場建設を開始した台湾のGlobalwafersなどが、急増する世界需要に応えるべく増産体制を組んでいる。
半導体ウェハの経済はサプライチェーンの各プレーヤーの絶え間ない企業努力によって支えられている。