ウクライナ侵攻以来、各国からの経済制裁を受けているロシアが、最近半導体の自国生産のために巨大な予算を組んだという興味深い話を複数の海外メディアが報じている。

世界的供給不足の事態を受けて、先進各国は半導体の自国生産能力増強の動きに転じているが、自由主義各国から大規模な経済制裁を受けるロシアの半導体の調達について今後大きな問題が生じるであろうことは明らかだ。ロシア政府はこの問題を自国生産で乗り切ろうとしているらしい。

短期的には90nm、長期的には28nmのプロセスルール確立を目指すロシア

ハイテク分野でのロシアの存在感と言えば“サイバー攻撃”が頭に浮かぶが、欧米各国からの禁輸措置に直面するロシアにとって半導体の調達がおぼつかなくなることはかなりの痛手だろう。複数の海外報道の記事内容を総合すると、現状は下記のようなものであるらしい。

  • ロシアは半導体自国生産のために、今後8年で約4兆円の予算をつぎ込み半導体の地産地消体制を築く。
  • 技術ロードマップ的には2030年までに28nmプロセスを目指す。短期的には今年末までに90nmプロセスによる生産体制を確保する。
  • デバイス設計については、すでに市場に出回っている半導体チップのリバースエンジニアリングにより早急に対応する。
  • 軍需半導体

    ロシア政府が最も懸念するのは、戦闘機などに必要となる軍需半導体であると思われる(写真はイメージ)

経済制裁により、欧米各国と台湾からの半導体供給を受けられなくなるだけでなく、スマートフォン、サーバー、通信基地局、ネットワーク機器などの完成品も輸入できなくなるので、影響を受けるのはコンシューマー分野だけでなく通信/データセンターなどの社会インフラに及ぶ一大事である。しかしプーチン大統領が率いるロシア政府が一番懸念するのは、最新鋭武器生産への影響による軍事力低下であろう。ひと昔前であれば、軍需アプリケーションの半導体製品は“ミリタリースペック”というのがあり、一般市場に出回る半導体製品よりもはるかに厳しい品質を求められた。そうした理由から、軍需用の半導体の製造プロセスは民生品の2世代前の“枯れた”技術が使われているのが通常であった。しかし今日では民生品の技術発展が著しく、最先端プロセスにより生産される製品の品質が飛躍的に向上したので、民生/軍需を兼用するいわゆる“デュアルユース”がトレンドとなっている。しかし、最先端チップのAMDやIntelなどのブランドはもちろんのこと、ロシア国内で設計したファブレス企業のチップでもTSMCやSamsungなどの大手ファウンドリ企業抜きには可能とならない。唯一可能であろうと思われるのが中国製であるが、中国自体が最先端チップの製造には大きな問題に直面している。

かなりの困難が予想されるロシアによる半導体自国生産

海外メディアの記事を読んだ時に真っ先に感じたのは、グローバルサプライチェーンから切り離されたロシアの半導体自国生産にはかなりの困難が予想されるということだ。これはロシア政府が目指すロードマップ自体からも充分に察することができる。“28nmを2030年までに”というのは10年以上前にTSMCが掲げたロードマップに相当する、かなり保守的な目標である。今後の展開が困難を極めると思う理由には下記のような事情が考えられる。

  • 高度にグローバル化した半導体のサプライチェーンから切り離されるということは、半導体デバイス自体の輸入をはじめ、製造装置・材料なども自国で調達する必要が出てくる。一番分かりやすい例は露光装置だ。ASML、ニコン、キヤノンが供給する露光装置なしに先端品を開発することは不可能である。28nm程度のプロセスであれば、中古品の利用も考えられるが、昨今の供給不足で中古品市場も干上がっている状態だ。
  • ロシアのウクライナ侵攻以来、ロシア人技術者の国外脱出が相次いでいるという報道もある。人材の流出は国内開発に最も影響する事柄である。組み込みソフトウェア開発の仕事をしている私の友人からも、ロシアから国内脱出をはかったエンジニアが受け持っていた開発分野が現在滞っているという話を最近聞いた。
  • かつてロシアの半導体業界は独自開発のCPUを開発しようとしたが、これは失敗に終わったという報道もある。リバースエンジニアリングを導入するというのは、CPUなどの複雑な回路の独自設計を諦めた結果であろう。しかし、億単位のトランジスタ数を持つ今日のCPUを逆解析するのは至難の業であろう
  • 米中の覇権競争の結果、米国同盟諸国からの技術輸入を断たれた中国も、現在28nmレベルでの開発で停滞している。巨大市場を自国に持つ中国でさえも困難を抱えている難問をロシアはどう解消するのか?
  • かつての軍需アプリケーションには成熟した技術が使われていた

    かつての軍需アプリケーションには成熟した技術が使われていた(写真はイメージ)

本来であれば人類の生活を豊かにするするために貢献すべき最先端半導体技術であってほしいがそのアプリケーションの中に軍需が含まれるのは厳然たる事実である。各国が巨大予算を組んで自国生産を目指す背景には経済安全保障の重要な一角を担う半導体の存在がある。