2022年の半導体業界の大きな動きを暗示するかのようなニュースが相次いで報道された。AMDによるXilinxの買収と、NVIDIAによるArmの買収に関する独禁当局の審査についてである。
GPU市場を2分する両雄の今後に大きく影響を与えるであろう大型買収の行方について、対照的なニュースとなった。もう1つは、EU当局によるIntelに対する制裁金をめぐるEU司法裁判所での再審理の判決である。共通項は独禁当局の判断であることだ。依然として熾烈な競争を繰り広げる半導体業界にはさらなる淘汰のトレンドが加速している。年々、買収規模が拡大するので、市場に与える影響は大きく、自然と独禁当局は業界における競争維持のために目を光らせることになる。図らずも、直接の競合関係にあるAMD、NVIDIA、Intelの3社についての独禁当局が絡んだニュースが同時期に出たので纏めてみる。
Xilinxの買収で大きな前進を見せるAMDと、Armの買収を断念する予想のNVIDIA
GPU市場を2分するAMDとNVIDIAだが、主戦場はデータセンターに移っている。x86 CPUで市場をIntelと2分するAMDは、Epycの成功によりIntelの牙城であったサーバー市場を侵食するが、GPU技術を基にAI分野で先行するNVIDIAの後塵を拝している。方や、GPUとAI分野で確固としたポジションを確立するNVIDIAの最大の弱点は汎用CPU製品がないことだ。
一昨年、AMDのCEOであるLisa SuはXilinxの買収を発表した。AMDにとってXilinxのFPGAを取り込むことによって、ハードウェア・アクセラレーター製品を汎用CPUに加える事は市場拡大への大きな武器となる。Intelはその数年前にFPGA市場をXilinxと2分していたAlteraを買収している。
x86の命令セット使用の権利は今後もその大半をAMDとIntelが保有するので、データセンター市場では“CPUとFPGAの組み合わせ”という技術的資産の比較ではAMDとIntelは互角となる。各国の独禁当局が審査を進めていたが、最近になって、難関と考えられていた中国当局がこの買収案を承認したことがAMDの有価証券に関するレポートによって明らかになった。AMDはこれをもってSEC(米国証券取引委員会)に臨時報告書を提出、この買収計画は今後両社の組織統合などの具体的な段階に進むとみられる。
一昨年、NVIDIAのCEOであるJensen Huangはソフトバンク・グループからのArmの買収計画を華々しく発表した。
買収総額400憶ドル(約4兆5500億円)の超大型買収の計画は業界をあっと言わせたが、その後は主要各国の独禁当局の承認待ちの状態であった。
携帯電話のCPUのほぼすべてに使用されているArmコアのNVIDIAによる買収については、Armコアの既存大手ユーザーから反対が出ていて、FTC(米連邦取引委員会)も「次世代技術のイノベーションが阻害される」、という理由でこの買収を阻止するための提訴を行った。
こうした背景の中、米国の証券アナリストの間で「NVIDIAがArmの買収を断念」との観測が広がり、NVIDIAの株価は下がり続けている。NVIDIA側からは「買収計画を鋭意進めている」とのコメントであるが、この買収には暗雲が漂い始めている。
NVIDIAは昨年、Armコアを使用した汎用サーバーCPU「GRACE」を発表したが、これはあくまでArmからのライセンスでのコア使用である。当局の承認が得られなければ買収計画は白紙にされ、NVIDIAにとっては大きな痛手である。SBGがArmをIPO((新規株式公開)させる計画も噂されている。
いずれも両社による正式発表はないが、今後の動きを予見させるニュースである。
EU司法裁判所がIntelへの制裁を無効とする判決
最近、見出しに関する小さい記事が出た。今となっては、この記事の背景を理解する人はかなり少ないであろう。というのも、EU司法栽によるこの判決は、EU当局がIntelに課した制裁金についての再審理の結果であり、そもそも事の発端は2009年に遡る。
10年以上前の事案であるが、当時はIntelの他社を寄せ付けない独占的な地位と、1400億円にも上る制裁金の大きさで、業界からは大いに注目されたニュースであった。欧州委員会のEU競争法(独占禁止法)は伝統的に企業による市場独占については厳しい目を向ける。IntelのほかにもMicrosoftやGoogleといった巨大企業にも巨額の制裁金を科した事でも知られる。
さて、最近報道されたIntelに対する制裁が無効となった判決の背景であるが、当時はIntelを相手取ってAMDが日本と米国で起こした損害賠償訴訟も並行して起こっていて、私も直接関わっていたので事情はよく理解している。簡単ないきさつは以下の通りである。
- AMDはK6/K7コアの独自設計CPU製品でIntelの唯一の競合となっていた。独自開発のAMDのCPU製品群はコストパフォーマンスでIntelの相当品を上回る事が多く、AMDは市場を独占したIntelからシェアを奪っていった。
- 危機感を持ったIntelは、市場独占による圧倒的な優位性をてこに、顧客であるPCメーカーやPC製品の小売店に対し圧力をかけ、AMDからのシェア奪還を試みた。
- この行為は主要各国の独禁当局の懸念を喚起することとなり、Intelの各国拠点オフィスへの強制調査の後に日本、欧州、韓国で排除勧告を行った。
- この結果を受けてAMDはIntelに対して、日米の地方裁判所で逸失利益を取り戻すための損害賠償訴訟を起こした。日本での裁判が先行して開始されたが、結局Intelは形勢不利と判断し米国での訴訟を争うことなく、裁判直前にAMDとの和解に合意し、約1500億円の和解金をAMDに支払った。
- 今回のEU司法裁判所による判決は、EU委員会がIntelに対して科した制裁金について、それを不服としたIntel側の再審要求の結果である。
と、まあかなり込み入った話であるが、私は日本での事案について直接かかわった経験があるので“ひと昔前の事件”となってしまったこの件の最近の記事が目に留まったというわけである。
私がAMDで経験したこの辺の事情については、別の連載シリーズで詳細にわたり書いたのでご興味のある方はそちらをご参照願いたい
独禁当局が独占企業に対し目を光らせる根拠は「特定企業による市場独占によって阻害されるイノベーションの停滞、市場価格の操作によってもたらされる消費者への不利益」であるが、今回の判決は今後のEU市場における当局の競争政策に少なからず影響を与えるものと考えられる。