SIA(米国半導体協会)は今年のRobert Noyce賞をNVIDIAのCEOであるJensen Huangに贈ることを決定した。授賞式は11月の恒例のSIA晩さん会に先立って行われる予定である。昨年はこの賞はAMDのCEOであるLisa Suに贈られたが、授賞式はコロナ禍の中ですべてオンラインになった。今年はどうなるであろうか。

集積回路の発明、ノーベル賞受賞、Intelの創業と、その偉業で知られるRobert Noyceを冠したこの賞は半導体業界では最高の名誉賞として、過去にはJack Kilby(キルビー技術の発明者)、Gordon Moore(“ムーアの法則”で有名なIntelの技術者・経営者)、Jerry Sanders(AMDの創業者)、そしてMorris Chang(TSMCの創業者)と半導体業界のレジェンドたちが受賞している。単なる名誉賞に過ぎないが1993年の創業以来、NVIDIAを率いてきたJensenとその従業員にとっては誇らしい賞であろう。

  • Jensen Huang

    GTC Japan 2018に登壇した際のJensen Huang氏 (編集部撮影)

米国半導体を代表するNVIDIAはその屋台骨のGPUを核に、AIや自動運転の技術分野にいち早く進出し破竹の勢いであるが、Jensen Huangには2020年に発表したArm社の買収という大きなチャレンジが待ち受けている。

NVIDIAによるArm社買収提案に反対を表明する勢力が続出

2020年に発表された4兆円に上るこの大型買収案は現在、各国当局の承認手続きの最中であるが、Armコアの大手ユーザーから反対の声が続出している。

Tesla、Amazon、 Samsung(スマートフォン部門)、Qualcomm、Microsoftなどがすでにカリフォルニア州の独禁当局に反対の表明をしている。最近ChromebookのCPUの独自開発を発表したGoogleもArmコアのユーザーで、反対する可能性は十分にある。これらのビッグネームはArm技術の直接のユーザーで、半導体デバイスを本業とするベンダーとしてのNVIDIAがそのコア技術の所有者になる事についての警戒感は充分に理解できる。反対の声はこれらのユーザーベースだけでなく、Arm社のおひざもと英国の独禁当局も「重大な警戒感」を持っているという表明を行った。

あくまで強気のJensen Huangは2021年4月のNVIDIA年次イベントでArmコアベースのサーバー用CPU“GRACE”を発表した。報道写真から察するにかなり大ぶりなチップは、現在データセンターの標準となっているAMD/Intelが提供するx86アーキテクチャーCPUのI/Oボトルネックを解消した高性能チップとなる予想である。

CPUは社会インフラを支える重要な技術要素となっている多種多様な半導体デバイスの頂点に立つ存在だ。“GRACE”の発表は、それを自らが手にするというHuangの情熱を充分に感じさせるまさに満を持した発表であったが、Armコア自体を手にするのには多くのチャレンジが待ち構えている。

  • Grace

    NVIDIAのGrace CPU(左)とA100 GPU(右)を搭載したプリント基板

x86コアを死守して半導体業界の頂点に立ったIntel

私のこれまでのコラムはほとんどがAMDでの経験に基づくもので、その経験のほとんどがx86コアのCPUをめぐるIntelとの熾烈な競争の歴史である。1980年ころまでシリコンバレーに数あるベンチャー企業の1つでしかなかったIntelが現在のポジションを築くきっかけとなったのは、x86アーキテクチャーの開発とその後の市場独占である。

IBMのPCに採用され、一躍パソコンの業界標準CPUとなったこのアーキテクチャーは、他社のソリューションと比較して突出して優れたものではなかった。このアーキテクチャーは現在に至るまでに、他の優れたアーキテクチャーからの数限りない挑戦を受けた。68000(Motorola)、SPARC(SunMicro)、MIPS、PA(HP)、29K(AMD)、Power(IBM)といった他社の優れた歴代アーキテクチャーに加えて、Intel社内からも860/960といった競合アーキテクチャーが挑戦者として生まれたが、Intelのx86はそのクローンも含めてすべての挑戦者を退けてきた。

その中で唯一生き残り未だに挑戦し続けているベンダーはAMDのみになってしまった。しかしAMDは現在のポジションを確立するまでの道程はかなり険しいものだった。AMDは現在までに少なくとも6つの新たなx86のコア・アーキテクチャーを開発したし、Intelから仕掛けられた15の大小の訴訟に勝つ必要があった。このx86アーキテクチャーによるIntelの成長の源泉となったのは、アーキテクチャーに対する絶え間ない技術的改良/革新と、市場独占への偏執狂的なこだわりであった。このアーキテクチャーを死守するためにIntelは訴訟、業界標準への過剰介入、顧客へのプレッシャー、エンド市場での違法妨害行為などあらゆる手段を使った。Intelの現在のポジションはこうした絶え間ない“企業努力”の結果であって、その結果として現在のIntelがある。

業界が注視するArmコアの将来

業界標準のCPUコアを手にして市場独占することにより、半導体業界のトップに君臨するようになったIntelの成立過程と、こうした歴史を充分に理解している業界人、独占当局、Arm有力ユーザー各社が、ArmコアをNVIDIAが手にする事に対して大いに警戒感を抱くのには下記の背景がある。

  • x86アーキテクチャーの限界が見え始めている昨今、電力効率に優れたArmコアは今後のスケーラブルなコンピューター開発のコア技術として戦略的に重要なIPとなっている。
  • これまでArmコアはライセンスベースの中立的な立場にあるIPとして、x86アーキテクチャーの外側にあるCPUのコア技術として瞬く間に広がった。ライセンスでコア技術を手に入れて、実際のデバイス設計には独自のソリューションを組み込んだSoCをデザインするのがトレンドになってきている。
  • 自社開発のSoCデザインがあれば、最先端のプロセス技術を備えたTSMCなどのファウンドリ会社に委託して大量生産が可能である。
  • 今や産業構造の中心となった半導体とそのコア技術の所有者については国家間の利益が介在する地政学的重要性が増している。

Jensen Huangが率いるNVIDIAのチャレンジは続くが、業界標準のCPUコア技術を手に入れたデバイスメーカーとしてのNVIDIAには無限のポテンシャルがある。