また最近半導体ブランドの大型買収のニュースがあった。アナログ半導体大手のADI(Analog Devices)がMaxim Integratedを209憶ドルで買収すると発表したのだ。

ADIはすでにもう1つのアナログ半導体の大手ブランドLinear Technologyを2017年に買収しているので、アナログ半導体の世界市場はADIとTI(Texas Instruments)の2大ブランドの寡占状態となったといえる。

2020年に入ってInfineon TechnologiesによるCypress Semiconductorの買収完了の発表もあったが、これに続くシリコンバレー老舗ブランドの消滅ということになり、私としては少し寂しい気がする。私自身は結局アナログ半導体のビジネスに関わることがなかったが、Maximの名前を聞いてふと思い出したことがあって、昔の史料を見てみたら私が勤務したAMDとは深い関係があることが分かった。今回はシリコンバレーの半導体ブランドの変遷について少し書いてみたい。

実は深い関係があるMaximとAMD

いまやx86マイクロプロセッサーでIntelと、GPUでNVIDIAと市場を2分する存在のAMDであるが、このたびADIに買収されたMaximとは実は深い関係がある。

1983年にシリコンバレーのサンノゼで誕生したMaximの創業者は1960年代から天才的アナログ半導体技術者として鳴らしたJack Giffordである。しかしGiffordはMaximを創業する前に実はAMDの創業の有力メンバーとしてAMDの立ち上げに尽力した経歴があるのだ。

National SemiconductorのCEOを長らく務めたCharlie Sporckがシリコンバレー創成期の裏話を独特の口調で記した回顧録『Spinoff』を読むとAMDの創立の裏事情が詳しく語られていて興味深い。シリコンバレーの半導体起業学校とも言われたFairchild社を内紛の末「クビ」同然のかたちで放り出されたJerry Sanders(AMDの創業者)は仕事に困り、車のディーラー、エンタメ業界のマネージャーなどの仕事に就くことを考えたが、Sporckの勧めで自身で半導体会社を立ち上げることを決意する。

その際、Fairchild社にはどうしても引き抜きたい2人の優秀な技術者がいた。アナログ半導体のGiffordとデジタル半導体のJohn Careyである。Sandersは当時の半導体市場状況を考えると先ずはアナログで足掛かりを築いて、その後にデジタルで勝負するべきだと考えていた。デジタル半導体が急激に拡大する予測があったが、会社創設後の食い扶持を順調に稼ぐまでの市場規模にはまだなっていなかったということである。

Sandersの声掛けに応じた2人はやがて数人のエンジニアを連れてやってきて、AMDが創立された。創立メンバーは8人であったが、アナログ/デジタル両製品の開発にはこの2人が重要な役割を果たした。面白いことに、資金調達に奔走したSandersに対して、Fairchildでの先輩ですでにIntelを設立していたシリコンバレーの名士Robert Noiceも資金提供に快く応じたという。AMDとIntelがx86で骨肉の戦いを繰り広げるずっと前の話である。

創業以来AMDは順調に業績を伸ばしたが、総売り上げが10億円にも達しないうちに創業メンバーは散り散りになってしまって、結局AMDにはSandersしか残らなかった。Giffordは得意のアナログ半導体の専門会社Maximを創立し、CareyはIDTを創立した。両社とも順調に成長し老舗ブランドとなったが、IDTは2019年にルネサス エレクトロニクスに買収され、そして今回MaximがADIに買収された。シリコンバレーの老舗ブランドがまた2つ消滅することとなり、いかにも寂しい限りである。

  • Gifford

    AMDの創業に加わったばかりの頃の若いGifford (著者所蔵イメージ)

錯綜するシリコンバレー企業の相関図

私がAMDに勤務したての頃、私の上司の秘書の人が「シリコンバレー企業の相関図」というポスターをお土産にと買っておいてくれた。この相関図はどの企業が誰によって創立され、その企業から誰が飛び出してなんという会社を作ったかが一目でわかる興味深いものだ。

真ん中へんにAMDとIntelが記載されていて、「あなたはこの会社で働いているのよ」と説明され、シリコンバレー企業で働いているという実感がわいたのを覚えている。現在でもマウンテン・ビューに「コンピュータ歴史博物館」というのがあって、このポスターはそこでおそらくまだ手に入れることができると思う。ただし、私が所有しているこの相関図は1956年のショックレー研究所創立の年から1982年までのみをカバーしてるものなので、その後にできた会社を含む版がどのようにアップデートされているのかはわからない。

  • Gifford
  • Gifford
  • シリコンバレー企業の相関図を表したポスター。ちょうど真ん中あたりに記載されたAMDとIntelの部分には創業者がすべて記載されている (著者所蔵イメージ)

ざっと見ただけでも20年くらいの間で50社以上が生まれていて当時のシリコンバレーの勢いが今でも十分に感じられる。しかしこの当時シリコンバレー設立された会社で現在でも当時のままの暖簾を保っているのはAMD、IntelとNVIDIA、それに今回Maximを買収したADIくらいである(老舗TIは企業名が示す通りテキサス州で創業しているので、あえて外した)。

Cypress、IDT、Maximなどの中堅規模のブランドがこの1年で相次いで消滅した。1970年代は内紛でスピンアウトした会社、新しい技術のアイデアをもって創業した会社、度重なる買収によって翻弄された会社などいろいろな出自を持ったブランドがひしめいていたが、ダイナミックな起業の動き自体がシリコンバレーの絶え間ないイノベーションの原動力となっている。

懐深い人材ネットワークはシリコンバレーの力の源泉

50年以上にわたって世界中に新技術を提供し続けるシリコンバレーの底力には次のようなものがあげられると思う。

  • 豊富な人的ネットワーク:特別な事情で仲たがいしたなどの場合は別として、シリコンバレーでは多くの人が立場を超えて盛んなネットワークを築いている。問題解決で協力し合える分野では昔の仲間にすぐに声をかけて素早く解決するという姿勢が貫かれている。
  • 失敗することに対する許容力と資金提供者の存在:シリコンバレーで創業した会社が長期的に存続することはごくまれなケースである。AMDやIntelなどの成功した企業の陰には多くの数の失敗して消えていった会社がある。そうした境遇に負けないで起業するエネルギーを支える資金提供者は「失敗を恐れないRisk-Taker」を積極的に評価する態勢を明示的に持っている。
  • 知的財産が集中していること:シリコンバレーに蓄積されている知的財産は米国の最も貴重な資産と言ってよい。企業買収によって補完的な技術が統合され融合されることによって新たな技術が生まれるという理想的な循環システムがインフラになっている。
  • 世界の優秀なタレントに開かれていること:シリコンバレーに働く人たちに共通しているのはイノベーションに対する飽くなき情熱と共通言語としての英語のみである。人種、性別、宗教、政治的信条などとは関係なく世界中から優秀なタレントが集まるこの地に匹敵する場所は世界中どこにもない。

理想郷のようなシリコンバレーであるが、最近では問題も発生している。絶え間のない業界再編と企業買収によって各ブランドが巨大化しているのがその一因である。GAFAはその一番顕著な例で、GAFAの存在は地域社会に大きな変化をもたらしている。高い給料を支払う巨大IT企業とその外側にある住民の間には不動産価格の高騰、交通渋滞などの面で社会的な軋轢が生じている。国家的なレベルでは独禁法、個人情報などの観点から巨大企業にも制約がかけられる事態が生じている。

こうした問題をはらみながらも、今でもシリコンバレーのあちこちでいつものように「ここだけの話」が展開されてるのは言うまでもない。