はじめに

前回は、エンジニアを"育成した側"である池田さんにお話を伺いました。最終回である今回は、その池田さんから"育成された側"である今井さんにインタビューを行いました。今井さんは池田さんからチームマネジメントのノウハウなどを学んだそうです。

学生時代は半導体の物性研究に取り組んでいたので、日立アドバンストデジタル(以下、日立AD)入社時にはハードウェア開発を志望していました。ところが、配属先はソフトウェア開発の部門でした。最初は「志望と違う」と思いましたが、悩む間もなく、同じ敷地内にある日立製作所のコンシューマエレクトロニクス研究所の業務を担当することになりました。
研究所では、最初は監視カメラシステムのドライバソフトウェアなどをC言語で書いていました。その後、画像圧縮技術の自社開発プロジェクトに配属になり、ここではDSPを用いたアセンブラによる処理の高速化などに携わりました。
言語学習やソフトウェア開発の基本のほとんどは、現場――つまりOJTで叩き込まれたものばかりです。最初のころは、ハードウェア志向の自分にソフトウェア開発ができるだろうかという不安もありました。最初の2年間でやっとC言語を覚えたと思ったら、次はアセンブラ。しかも仕事をこなしながらそれを覚えるという毎日ですから、かなりハードでしたね。しかし、ここで必死になって覚えたアセンブラは、組み込みエンジニアとしての自分のベースをつくると同時に、技術領域の幅を広げるための貴重な武器になりました。
その後は、携帯電話、DVDレコーダー、映像音声コーデックLSIの評価アプリケーション開発など、その時々の先端をいくデジタル家電の仕事に加わることができました。現在は、BD(Blu-ray Disc)カメラの記録・再生部分にかかわるミドルウェアの開発に従事しています。
現在は部下を抱え、チーム内ではサブリーダーを担当しています。厳しいスケジュールのなか、自分の担当技術に加えてプロジェクトマネジメントにも気を配らなければならず、なかなかハードな毎日です。しかし最近になって、組み込み技術のなんたるか、そしてそのおもしろさがようやく分かってきたように感じます。

部下を持つことで成長を実感

私は主にOJTで仕事を覚えたのですが、現場で身につける知識の大切さはいうまでもありません。専門技術もそうですが、リーダーシップ、チームマネジメントのノウハウも基本的には現場で身につけるものだと思いますし、そういう教育を受けてきました。

私の育成を担当した池田さん(前回登場)──社内に「池田さん」が何人もいるので「池隆さん」と呼んでいる人もいますが、池田さんは私を"孫弟子"と呼んでいるそうで、大変光栄なことだと思っています。私が新入社員のとき池田さんは課長で、私は池田さんの薫陶を受けた主任に直接指導を受けました。いま思えば、その指導には"池隆"流OJTの基本が貫かれていました。

たとえば、最初の2年間はじっくり手取り足取り指導してくれましたが、その後は一人で何もかもやらなくてはいけない。背後で見守ってくれてはいるのですが、つねに面倒をみてくれるというわけでありませんでした。

ただ、自分が窮地に陥ったときは、どこからともなくやって来て、的確に問題を指摘してくれました。これが池田さんのいう"介入"(前回を参照)ということだと思います。

以前より、「できるだけ早く部下を持てるようになれ。」とよく言われました。自分が人に教えなければならない立場に立つと、それだけ早く自分も成長できるというのがその理由だそうです。実際に部下を持つようになったとき、池田さんの言葉が実感としてよく分かりました。

"池隆"流は決して怒らず『誉めて育てる』

部下を持つようになって、初めて自分の仕事のスケールが広がったような気がします。同時にチームマネジメントの苦労も味わいました。部下の個性やスキルの違いを踏まえながら、スケジュール管理を行ったり、面倒をみなくてはならない。みんなのモチベーションを維持、向上させるために、1日に何度もそれぞれに声を掛けたり、ヒアリングしたりするようにしています。

部下を前に「どうしてできないの?」と思うこともあるのですが、自分の新人時代のことを思い返すと、自分も似たような感じだったと思います。上司や先輩も苦労されたでしょうね(笑)。けれども、私は一度も池田さんに怒鳴られたこともないし、そういう姿を見たこともないのです。内心では呆れることもあったでしょうが、努力した部分に焦点を当て、そこを誉めてくれました。「人は誉めて育てる」というのが池田さんのポリシのようです。その方針は、私もぜひ受け継ぎたいと思っています。

今は専門スキルとマネジメント力を磨きながら、技術と製品の市場動向をつかむことを自分の課題にしています。家電量販店での店頭で、お客様がどういう製品を手に取っているのか、気になりますね。他社に負けない組み込み技術で、世の中のトレンドを変えるような画期的な製品を生み出したいと思います。

今井さん(左)と"池隆さん"こと池田さん(右)

連載の終わりに

企業において、人材育成は重要な課題のひとつです。これまで6回にわたり、「組み込みエンジニア」というプロフェッショナルな人材の育成について取材を重ねてきました。

今回、取材先として選んだ日立ADは、組み込みシステムの受託開発――つまりは『顧客のアイディアを実現する』ことを生業としています。そのためには、高い技術力はもちろんのこと、顧客の要求を聞き出すための優れたコミュニケーション能力を併せ持つエンジニアの育成が求められます。

人材育成は、一朝一夕で終わるというものではありません。育成する側/される側の間で信頼関係を築くことはもちろん、企業として人材を育成するための文化を培うことが重要だと言えるでしょう。人が人を育て、さらにその人が人を育てる。この連鎖の中から、将来を担うエンジニアが生まれていく――これが全6回の取材の中ではっきりと見えたことです。

執筆:広重隆樹(編集工房タクラマン) / 編集協力:宮澤省三(エム・クルーズ)
写真:簗田郁子 / 取材協力:日立アドバンストデジタル

※ 本連載は、今回で最終回です。ご愛読いただきまして、誠にありがとうございました。