以前、横須賀に前方展開していたこともあった米海軍のアーレイ・バーク級駆逐艦「フィッツジェラルド」(DDG-62)が、人工知能 (AI : Artificial Intelligence)を導入した。といっても、武器系統や指揮管制システムの話ではない。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

  • 横須賀基地で整備を受けている米駆逐艦。こうした作業を、いちいち本国まで戻さなくても出先で行えるところに、横須賀基地の存在価値がある 撮影:井上孝司

ERM V4

「フィッツジェラルド」が導入したのは、ERM V4(Enterprise Remote Monitoring Version 4)というシステム。HM&E(Hull, Mechanical and Electrical)、すなわち船体・機器・電気系統を対象として総数10,000個あまりのセンサーを設置、それを用いて動作状態監視を行うシステムである。

動作状態の監視だけならAIが出る幕ではないが、重要なのはその先の話。機器の動作状態を常に監視してデータをとっていれば、何か故障や不具合が発生したときに、発生した故障や不具合と、その際の機器の動作状況との間で関係性を見出せる可能性がある。

つまり「○○という故障が発生した。それに先立ち、当該機器では△△という挙動が発生していた」とか「○○という不具合が発生した。それに先立ち、当該機器では△△という使われ方をした」といったデータがあれば、逆算する形で「こういう挙動、こういう使い方をしたら、故障や不具合が発生するのではないか」という推測が成立し得る。

それなら、状態監視のデータと故障・不具合のデータを大量に集めて学習させることで、故障や不具合の予察ができる理屈になる。米海軍では、このERM V4を用いて、1990年代から使われているICAS(Integrated Condition Assessment System)を代替する考えだという。

なにも艦艇のHM&Eに限った話ではなくて、鉄道車両の分野でも同じような取り組みをしている事例がある。それが御存じ東海道新幹線。車両の側で収集した状態監視データと、検修の現場で行われた作業の内容、あるいは検修の際に判明した不具合や機器・部品の傷みなどのデータ。それらの相関をとることで、不具合の予察につなげようとしている。

  • N700系における目立たない革新が、状態監視技術の積極的な活用。検修だけでなく、次世代車両の開発に必要なデータ収集でも役に立っている 撮影:井上孝司

整備に入っている艦は案外と多い

例えば、30隻の水上艦を配備している海軍があったとする。その30隻がすべて、常に海に出て任務に就ける態勢にあるわけではない。艦艇も機械の一種であり、定期的な整備・点検・補修を必要とする。

米海軍の説明によると、手持ちの艦艇のうち任務航海に出ているのは全体の3分の1程度。また、大がかりな整備を実施している艦も全体の3分の1程度。残りは軽度の整備や訓練などになるという。

その整備作業を効率的に実施できれば、任務に就けられる艦を増やすとか、整備作業にかかる時間を短縮するとかいうメリットを期待できる。また、故障が発生してから造船所や工廠に戻して対処するよりも、事前に手を打てる方が慌てなくて済む。結果として任務の妨げも減る。

この手の話は、何も海軍に限ったことではない。米陸軍や米海兵隊でも、車両の整備に際して予察機能を取り入れる取り組みをしているし、GEエアロスペースでエンジンのコンポーネントを対象とする寿命予察に取り組んでいる事例もある。過去記事でいうと、第368回第591回で、この種の話を取り上げている。

TBMとCBM

普通、機器類の検査や部品交換はTBM(Time-Based Maintenance)を用いている。設計の際の前提条件、あるいは過去の運用実績に基づいて、「○○時間が経過したら部品を取り替えよう」とか「○○日が経過したら検査を実施しよう」とかいう形で検査・整備を行っている。

すると、時には何も問題がないのに検査に入れることになったり、まだ問題なく使える部品を取り替えたりということが起こり得る。また、故障や不具合が発生してから対処するよりも、未然に手を打てる方が好ましいのはいうまでもない。その辺の事情は、新幹線電車だろうが艦艇だろうが航空機だろうが、みんな変わらない。

そこで出てきたのが、CBM(Condition-Based Maintenance)という考え方。状態監視技術を用いて常時、機器の動作状況に関するデータをとり、それに基づいて必要な整備を実施する。

理屈の上では素晴らしい仕掛けに見えるが、これを実現するには、動作状況(condition)を常に正しく把握できること、という前提があることを忘れてはならない。それに、機器の動作状況と、そこで発生する事象の関係性を正しく把握しておかないと、間違った検査・整備を実施することになりかねない。

そこで、動作状況と検査・整備の両方について大量のデータを収集して、AIや機械学習(ML : Machine Learning)を駆使することで関係性を把握、効率的かつ間違いのないCBMにつなげようという話になる。

それによって可動率が上がれば、手持ちの資産を、より有効かつ効率的に活用できると期待できる。ただ、こうした仕組みを機能させるのに、データをバラバラに持っていたのでは具合が悪い。

すると、クラウド環境を構築して、艦と整備現場の両方からデータをかき集める必要がある。ところが、艦艇は母港を遠く離れて航海に出るものだ。そこからデータを上げさせる仕組みの構築が難しいところかもしれない。艦艇は任務に就いていると、電波放射管制(EMCON : Emission Control)を敷くこともあるのだ。

なお、米海軍でこの種の話が出たのは今回が初めてではない。2021年の夏に米海軍水上戦センター(NSWC : Naval Surface Warfare Center)が産学会と組んで実施していた、NISE(Naval Innovation, Science and Engineering)プロジェクトという先例がある。

NISEプロジェクトでは3年間の予定で、カリフォルニアのポート・ヒューミネに繋留している実験艦「ポール F.フォスター」のHM&Eを対象とするデジタル・ツインを作成。自律的・継続的な状態監視や、機械学習による稼働状況判断のデータ収集を実施していた。その延長線上に、ERM V4の話がある。

  • NISEプロジェクトで活用された「ポール F.フォスター」。外見でお分かりの通り、元はスプルーアンス級駆逐艦である 写真:US Naval Sea Systems Command

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。