連載が500回を超えるぐらいになると、「もう、たいていのメジャーな分野は取り上げたのでは」と思ってしまう。ところが振り返ってみたら、まだまだ「穴」がある。
その一つが艦艇の電測兵装。念のために過去の原稿を見てみたが、レーダー、あるいはアンテナ単体の話は書いているものの、「電測兵装」というくくりは見当たらなかった。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
ところで電測兵装とは
「電測兵装」という言葉、一般に広く用いられているとはいいがたい。とはいえ字面を見れば、「電波を使って何かを測るものではないか?」という推定はできる。実際、最もポピュラーな電測兵装といえばレーダーである。
しかし実際には、レーダーといっても多種多様であるし、それ以外にもいろいろ、電波を飛ばしたり受信したりするデバイスが載っている。それをみんなまとめて取り上げていきましょうというのが、「艦艇と電測兵装」というテーマだ。
では実際問題として、いまどきの艦艇にどんな電測兵装が載っているのか。とりあえず分類をまとめてみた。
通信機
一般的な無線機と、衛星通信に大別できる。それぞれ、さらに周波数帯の違いでバリエーションができる。また、用途の面では音声交話に用いるものとデータ通信用(いわゆるデータリンク)がある。
レーダー
対空捜索レーダー、対水上レーダー、航海用レーダー、射撃指揮レーダーなど、いろいろ。
電子戦装置
妨害を仕掛けるECM(Electronic Countermeasures)と、受信専用のESM(Electronic Support Measures)。後者はさらに、レーダーを相手にするRESM(Radar ESM)と通信を相手にするCESM(Communications ESM)に分かれることがある。
敵味方識別
いわゆるIFF(Identification Friend or Foe)。
船舶自動識別システム(AIS : Automatic Identification System)
軍艦でもちゃんと積んでいる。ただし、自身の存在をおおっぴらにしたくないときには送信を止める。
航空関連
搭載機が迷子にならないように誘導するためのTACAN(Tactical Air Navigation)が典型例。空母だと、着艦進入誘導用のレーダーや、自動着艦のための誘導システムを備えていることもある。
パッと思いつく範囲では、これぐらいだろうか。艦によってはさらに、これらのカテゴリーから外れる電測兵装を備えている可能性もある。
ただ漫然と積むわけにはいかない
用途が違う、さまざまな電測兵装を載せるとなった場合、まず「場所はあるか」を気にするのが一般的な反応だろうか。もちろん、設置スペースがなければ話は始まらないが、ただ漫然と空きスペースを見つけてアンテナを置けば完了、とはいかないところが難しい。
まず、それぞれ最適な「向き」が違う。衛星通信のアンテナなら、真上ないしはそれに近いところに向けなければならない。通信衛星は頭上の宇宙空間を回っているからだ。すると、頭上が開けた場所に据え付けなければ仕事にならない。
レーダーなら全周を監視したいから、構造物の陰になるような場所にはアンテナを置きたくない。これは対空・対水上を問わない話だが、対空レーダーだとさらに、頭上も開けていないと困る。ときどき、この問題をクリアできずに、同じカテゴリーのアンテナを前後にひとつずつ載せる、なんていう事例も出てくる。
全周をカバーしないといけないのは、電子戦関連も同じ。ESMは情報収集だけでなく、対艦ミサイルの飛来を知る重要なセンサーでもある(対艦ミサイルの多くはレーダー誘導で、捜索のための電波を出すからだ)。もちろん妨害を仕掛けるにも、死角があるのは嬉しくない。
さらに、電波同士の干渉を防ぐ、という問題もある。用途によってそれぞれ電波を出す向きが異なり、使用する電波の周波数帯も異なる。それらが互いに干渉しないように設置しないと、自滅行為となる。
そして何よりも問題なのは「ナントカと煙と電測兵装は高いところに登りたがる」ということ。アンテナは高い位置に設置する方がカバー範囲が広くなる。そして、どのカテゴリーであれ「できるだけ遠方までカバーしたい」というニーズは同じだ。すると電測兵装同士で設置場所を巡る喧嘩が勃発する。いや、実際に喧嘩するのは担当者だが。
それに、大きくて重いアンテナを高所に設置すれば、重心が上がる。艦艇は商船以上に復元性、つまり傾いた船体が元の状態に戻る能力に関する要求が厳しい。重心が高くなれば当然ながら、復元性が悪化する。すると「そんな大物を高所に据えるわけにはいかない」という横槍が入る。
完成した艦艇は苦労の結晶
われわれ部外の野次馬は、実際に出来上がった艦艇を見て「ああだこうだ」と好き勝手に論評している。しかし、その艦艇を設計する過程では、前述した諸要因を前にして、担当者があれこれ苦心するプロセスがある。
その具体的な内容が部外に明らかにされることはないだろうが、「そういう苦労を経てきているんだ」ということを知るだけでも、意味はあると思う。
新造艦の設計でもそれだから、すでにある艦の電測兵装を載せ替えるとなれば、さらに話はややこしい。新造する場合と比べると、設計の自由度が狭まるからだ。ある電測兵装の担当者が「新たに載せるアンテナの死角を作らないためには、この構造物は邪魔なんだけどなー」と思っても、それはすでに何らかの用途があって設けられているものだから、電測兵装担当者の一存で取り払うわけにはいかない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」が『F-35とステルス技術』として書籍化された。