今回は、単発のお話をひとつ。

第468回第490回で、「クラウド技術は、JADC2(Joint All Domain Command and Control、統合全領域指揮統制)を実現するためのイネーブラのひとつ」という話を書いた。

そのクラウドサービスの利用というと、他にもいろいろな話がある。民間企業と同様に情報システム基盤として用いる事例が増えてきているが、それだけでなく「いかにも軍用らしい」使い方もあるようだ。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

米国国防省、空軍のアプリケーションのクラウド移行

例えば。いったんはマイクロソフトが受注を決めたものの、仕切り直しが決まった米国防総省のクラウド案件「JEDI(Joint Enterprise Defense Infrastructure)」や、その後釜として出てきた「JWCC(Joint Warfighting Cloud Capability)」の話が広く報じられた。

ただ、クラウドサービスを契約するだけでは、基盤作りにしかならない。そうした基盤の上でさまざまなサービスを提供して初めて、クラウド化は意味をなす。そして、具体的な動きも少しずつ出てきている。

米空軍は2023年に、約200種類のアプリケーションをクラウド化する見込みだと報じられている。この話が「C4ISRnet」で報じられた5月初頭の時点で、“Cloud One” 計画の下、約100種類をクラウド上にマイグレートしたという。

“Cloud One”の基盤となるクラウド環境を担当するのは、アマゾン、マイクロソフト、SAIC(Science Applications International Corp.)の3社。その “Clound One” の次は、CIN(Cloud One Next)計画が控えている。いきなり完全なものを構築するというよりも、できるところから段階的にマイグレートしていく考えのようだ。

  • 「Cloud One」の公式サイト。「マルチクラウド、マルチベンダーのエコシステム」と紹介されている

BAE Systemsとマイクロソフトの協業

BAEシステムズは2023年4月14日に、マイクロソフトの英国現地法人との協業について発表した。BAEシステムズは政府機関・防衛分野向けのシステム開発経験があり、マイクロソフトにはクラウドサービスのプラットフォーム「Microsoft Azure」がある。これらを組み合わせて、より迅速・容易にシステム開発を進めるのが狙いだという。

そこで取り上げられたのが、BAEシステムズの航空機部門におけるシステム開発の事例。当節の軍用機はコンピュータなしでは仕事にならず、そもそも飛び立つことすらできないから、ソフトウェア開発の負担も大きなものになっている。

そこでBAEシステムズは、マイクロソフトの「Azure Cloudコンピューティングスイート」を活用して、離れた場所にいる複数の開発者が共同作業するための基盤を構築したという。モノがモノだけに、単に共同作業ができるだけでなく、安全に作業ができて、第三者に情報を盗まれたり書き換えられたりしないものでなければならない。

こうした、遠隔地にいる複数の開発者が共同で大規模ソフトウェア開発に取り組む話はF-35でも存在したが、当時はまだクラウドサービスの利用は一般化していなかった。だから、クラウドサービスによらずに、関係各社の間で情報やデータを共有する仕組みを構築する必要があった。

それと比べると、セキュアなクラウドサービスにミッション・クリティカルなデータを預けられるようになっている当節の方が、状況が良くなったといえるのかもしれない。

このほか、飛行中の無人機が使用しているファームウェアを、無線で送り、その場で更新できることを実証できた、というのがBAEシステムズの説明だった。

ヴィアサットの衛星通信とAzure Orbital

一方、衛星通信分野の大手・ヴィアサット(ViaSat Inc.)もマイクロソフトとの協業を決めている。こちらは、「Microsoft Azure Orbital」を活用して、5カ所のViaSat RTE(Real-Time Earth)サイトを利用できるようにするという。

いきなりこんなことを書いても、ピンとこないかもしれない。実は、Azure OrbitalとはGSaaS(Ground Segment as a Service)、つまり「衛星通信の地上局を利用者が自前で持つ代わりに、クラウドサービスを通じて基地局の機能を借りようというものだ。そして、その対象としてViaSat RTEの基地局5カ所が対象に加わりましたよ、というわけだ。

マイクロソフトが、地上局と、それを結ぶネットワークを全世界に整備する。すると、その地上局とペアを組む衛星通信のサービスを利用する側は、自前で基地局とそのためのネットワークを構築する代わりに、Azure Orbitalを介して基地局の機能を利用する。そういう話だそうだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。