先日、2泊4日の弾丸出張取材(米国滞在時間50時間)で米国ニュージャージー州のムーアズタウンという街を訪れてきた。Google Mapsなどではムーアズタウンと書かれているが、日本ではなぜかモーレスタウンと書かれていることが間々ある。Moorestownをローマ字読みしてしまったのだろうか。紛らわしいことに、同じニュージャージー州の、もっと北方に別途、モリスタウンMorristown という街がある。

トウモロコシ畑の巡洋艦とLMRMS

本連載の第194回で、「トウモロコシ畑の巡洋艦」というワードがチラッと出てきたのを覚えておいでだろうか。

「トウモロコシ畑の巡洋艦」とは、イージス戦闘システムの試験施設につけられた渾名である。ムーアズタウンの東にあるランコカス Rancocas という地名から「USSランコカス」とも呼ばれている。(USSはUnited States Ship、つまり「合衆国軍艦」という意味で、米海軍の艦名接頭辞)

この施設ができた時、周囲はトウモロコシ畑だったそうで、その関係で「Cornfield Cruiser」あるいは「Cruiser in a Cornfield」と呼ばれるようになった。これを日本語訳したのが「トウモロコシ畑の巡洋艦」だ。

トウモロコシ畑のど真ん中に軍艦の構造物みたいなものが出現したのだから、そう呼ばれるのも無理はない。今は周囲がだいぶ市街化していて、だだっ広いトウモロコシ畑の中に忽然と、という風情ではなくなっているが。

この施設、正式には「Vice Admiral James H. Doyle Combat Systems Engineering Development Site」という。日本語訳すると「ジェイムス H.ドイル海軍中将・戦闘システム技術開発拠点」とでもなろうか。後半の頭文字をとってCSEDSともいう。

四角い建屋の上に軍艦の環境構造物を模した構造物がデンと載っていて、そこにAN/SPY-1フェーズド・アレイ・レーダーが2面だけ取り付けてある。本物のイージス艦では4面だが、試験用だから2面で済ませている。

さらに、イージス武器システムを構成する機器類、関連機材として対水上レーダーやミサイル誘導レーダーまで据え付けてあり、そのためにラティス・マストまで立ててある。いわば「陸に上がったイージス艦」だが、イージス・アショアと違って実戦用ではない。だからミサイル発射機はない。

「トウモロコシ畑の巡洋艦」の詳細は、以下のWebサイトに詳しくまとまっている。

USS Rancocas: The Cornfield Cruiser

イージス武器システムの開発を始めた当初、初めにこの施設で開発と試験を重ねて熟成を図った。次に、用済みになっていた水上機母艦「ノートン・サウンド Norton Sound」を改造してイージス武器システムを搭載、洋上試験を実施した(サウンドといっても音響とは関係なくて、瀬戸とか入江とかいう意味である)。

陸上だと安定しているが、艦上では揺れなどの新たな要素が加わるから、そちらでもテストしないと安心できない。だから、実艦による試験も必要になったわけだ。現在は、イージス艦が掃いて捨てるほどあるし、試験・実運用に基づくデータもあるので、「ノートン・サウンド」は用済みになっている。

ともあれ、こうして行った試験の成果に基づいて、タイコンデロガ級巡洋艦やアーレイ・バーク級駆逐艦ができた。海上自衛隊のイージス艦はアーレイ・バーク級をタイプシップとしているから、ルーツを遡ると、この「トウモロコシ畑の巡洋艦」に行き着くことになる。

  • アーレイ・バーク級駆逐艦 USS Carney 写真:US Navy

    アーレイ・バーク級駆逐艦 USS Carney 写真:US Navy

その「トウモロコシ畑の巡洋艦」の隣に、ロッキード・マーティン社ロータリー&ミッション・システムズ部門の事業所がある。もともと1953年にRCA社の事業所として誕生した施設だが、その後の業界再編と買収の結果、ロッキード・マーティン社の事業所になった。

ここではイージス武器システムと、そこで使用するレーダー製品を手掛けている。つまり、ニュージャージー州ムーアズタウンは、イージス・システムに仕事で関わっている人、あるいはイージス・システムに関心を持つ人にとって、一種の「聖地」みたいな場所である。

人家のただ中にレーダー施設

CSEDSの「巡洋艦」は中心線がほぼ真東を向いていて、その左右にそれぞれ斜め前方を向ける形でAN/SPY-1レーダーを取り付けてある。だから、レーダーのアンテナ・アレイは北東と南東を向いていることになるが、フェーズド・アレイ・レーダーではビームの方向を自由にコントロールできるから、実質的には真北~真東~真南ぐらいまでカバーできそうだ。

その範囲内には多数の民家などがあるし、そもそも施設の東隣を95号線と295号線が通っている。これらのハイウェイを走っていると、木々の間からCSEDSの建屋を見ることもできる。Google Mapsなどの地図サイトで航空写真/衛星写真モードに切り替えると、ちゃんとCSEDSの建屋も映っている。Googleストリートビューを見ると、CSEDSの建屋がバッチリ映っている。

実は、ロッキード・マーティン社の事業所にも、そこで製作したレーダーをテストするための施設がある。建屋の壁面にレーダーを組み込んで作動させられるようにしたものだ。

周囲に人家がたくさんある場所に、強力なSバンド・レーダーを何基も据え付けて作動させているわけだが、それによって何か被害が生じているわけではない。もっとも実際のところ、レーダーから発せられたビームは頭上を飛び去ってしまうだろうから、地上にいる分には何の問題もなさそうだ。

それに、電気的に首を振ることができるフェーズド・アレイ・レーダーでは、ビームが飛ぶとまずい方向にはビームを出さない、という制御が容易に行える。そこが回転式レーダーと違うところ。

ただし、空を飛んでいる鳥ならレーダーのビームをモロに浴びるかもしれない。でも、「レーダーを作動させた時に、たまたま付近を飛んでいた鳥が焼き鳥になって墜ちてきた」なんてことはないそうだ。ジョークとしては面白いけれど。

行ってみる?

このムーアズタウンという街、フィラデルフィアの東方にあるので、フィラデルフィア空港が最寄りである。また、ニューヨークのJFK空港やニューアーク空港、ラガーディア空港からもアクセスできる。いずれにしてもレンタカーは必須だ。

軍事施設、それもウェポン・システムの開発拠点だから、CSEDSの周囲を囲んでいるフェンスに張り付いて写真を撮る、なんてことはやめておこう。でも、離れたところから短時間だけ見物する分には問題ないだろう。なにしろストリートビューにしっかり映っているぐらいだから。それに、遠望するほうが「トウモロコシ畑の巡洋艦」っぽい。

フィラデルフィアからデラウェア川を隔てた東側のカムデンという街には、第2次世界大戦から湾岸戦争まで活躍した戦艦ニュージャージー(BB-62)が繋留展示されているので、そちらに立ち寄ってみるのも面白そうだ。あと、ニューヨークの街のまっただ中で、退役した空母イントレピッドが博物館になっている。これは有名だから御存じの方も多いだろう。

  • カムデンで展示品になっている戦艦ニュージャージー 写真:井上孝司

    カムデンで展示品になっている戦艦ニュージャージー

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。