艦載コンピュータの中には、ハードウェアを構成する各種コンポーネントやソフトウェアはCOTS(Commercial Off-The-Shelf)品を使いつつ、艦載用に専用のハードウェアを起こす事例がある。本連載で何度も名前が出てきている、ロッキード・マーティン製AN/UYQ-70が典型例。一方で、市販品のパソコンをそのまま艦艇に載せてしまう事例もある。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

市販品のパソコンでどこまでできるか

実のところ、いちいち挙げていられないぐらいに、市販品のパソコンをそのまま艦載化する事例は多い。画面が落とされていると分からないが、電源が入っていると、見覚えのあるスクリーンセーバーやログオン画面が表示されていることがある。

もちろん、海上自衛隊の艦艇も例外ではない。それも、パナソニックの「タフブック」みたいな頑丈ノートPCではなく、そこら辺のオフィスで使われているのと同じ市販品のノートPCが、艦橋の一角に置かれていたりする。もちろん「タフブック」の使用事例もあるのだが。

  • とある艦の艦橋に置かれていた「タフブック」。もちろん用途は明らかにされていない 撮影:井上孝司

まず、「市販品のパソコンでどこまでできるか」を考えてみたい。艦載コンピュータの分野で、最も重要な用途はいうまでもなく「戦闘指揮」「武器管制」だ。理屈の上では、しかるべき機能を備えたソフトウェアがあれば……と考えそうになる。もちろん、組み合わせる各種のセンサーや武器とのインタフェースに困らないという前提だが。

しかし実際のところ、戦闘指揮や武器管制ではリアルタイム性という課題を避けて通ることはできない。もちろん、必要な時間の間に処理ができないのは論外だが、処理能力が高いだけでオーケーというものでもない。

例えば、レーダーで経空脅威を探知・捕捉・追尾して、要撃のタイミングを割り出す。すると、どのタイミングで艦対空ミサイルを撃つかが決まるから、そのタイミングに合わせて発射の指令を出す。これがタイミング通りに機能しないと、意図した通りの交戦ができない。こうした射撃指揮以外でも、リアルタイム性が欠かせない分野はいろいろあろう。

「リアルタイム性に関する課題を解決した上で、指揮管制システムを市販品のパソコンで構成する」という選択肢を頭ごなしに排除すべきとは限らない。とはいえ、もっと無難な選択肢としては、情報表示端末にする使い方が考えられる。

つまり、指揮管制システムそのものは、それに向いたハードウェアとソフトウェアを使う。そこから情報を受け取って表示する端末として、市販品のパソコンを使う。これなら、同じインタフェースがあり、しかるべきソフトウェアを開発して走らせれば実現できそうである。

市販品をそのまま使うときの課題

陸戦の現場と比べればマシだが、軍艦の艦内もあまり機械に優しい運用環境ではない。揺れや傾斜、そして振動。それでも、ハードディスクがSSD(Solid State Drive)に代わったことで、いくらか耐えやすくなったと思われる。

とはいえ、大型の護衛艦と比べると、例えばミサイル艇は条件が厳しい。小型で排水量が小さい一方で、40kt以上も出すからだ。それで海が荒れていたらどういうことになるか……ということで、そういう運用環境が厳しい艦艇に市販品のパソコンを搭載する際には、振動吸収機能を備えた専用の台座に載せているようである。

  • 振動吸収機能を持たせた台座の例。ただしこれは、パソコンではなく大型のディスプレイを載せているもの 撮影:井上孝司

電源の単相交流100Vはなんとかなるだろう。では、戦闘システムの一員として市販品のパソコンを使おうとしたとき、戦闘システムと接続するためのインタフェースはどうするか。これはやはりイーサネットということになる。USBというわけにもいかない。

また、それより上のレイヤー2(ネットワーク層)やレイヤー3(トランスポート層)も、接続相手の武器システムなどと揃っていないと困る。もっとも昨今では軍用ネットワークの側が民生品に寄ってきて、TCP/IPを使用する事例が多くなったので、これは解決できた感がある。

適材適所とオープン・アーキテクチャ

艦載コンピュータの分野に限ったことではないが、「COTS原理主義者」みたいになって、何が何でもすべてを既存民生品で賄わなければならない、となれば、無理が生じる場面も出てこよう。

逆に、「反COTS主義者」みたいになって、何が何でも専用品で固めなければならない、となるのも問題があるし、それは往々にしてオープン・アーキテクチャという考え方とも逆行する。進化が速い情報通信の世界では、いくら最初に良いものができたとしても、それが10年、20年先までそのまま通用するとは考えにくい。そこで発展の可能性や余地を作っておかないと、困ったことになる。

となると、「用途・機能を適切に切り分ける」「将来の更新・交換を容易にできるようなアーキテクチャを固める」「そこで、COTS品のハードウェアやソフトウェアを使う方が適切ならそうする」といった按配の、頭の柔らかいアプローチが必要ではないだろうか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載が『F-35とステルス技術』として書籍化された。