第497回、第498回と2回にわたり、マルチドメイン作戦(MDO:Multi-Domain Operations)の背骨となる、すべての戦闘空間を一元的にカバーするネットワークや、そこで使用する情報分析・指揮統制ソリューションの話を取り上げた。
今回はガラリと趣向を変えて、「よりリアルな訓練を追求する」話を取り上げたい。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
訓練された通りに戦え
兵士は訓練された通りに戦おうとするものだから、リアルで実戦的な訓練を行うことができれば、より「本番に強い」兵士になると期待できる。しかし、いくらリアルで実戦的な訓練が必要だといっても、実弾が飛び交うのはまずい。訓練や演習を行う度に死傷者が発生してしまう。
そこで、実弾を撃つ代わりにペイントボール弾(命中すると中身のペイントがベチャッと付着する)を撃つ手法がある。これなら、弾が自分に当たったことが視覚的に分かる。
また、レーザー送信機とレーザー受信機を組み合わせて、受信機がレーザー光を受けると “撃たれた” と判断する手法もある。米軍などで広く使われているMILES(Multiple Integrated Laser Engagement System)が、こうした訓練機材の一例だ。
しかし、“撃たれた” と判断するのはいいが、それを兵士個人、あるいは個々の車両に対してどう伝えるか。レーザー受信機が “撃たれた” と判断しても、それを装着している兵士が気付かなければ意味がない。
そこで、サーブが開発した訓練機材の話になる。サーブといえば、JAS39グリペンをはじめとする航空機のメーカーと思われていそうだが、業界再編により、実に多様な製品群を擁する総合的な防衛装備品メーカーになっている。そのラインアップの一つに、訓練ソリューションがある。
具体的に何ができるのか
では、サーブがどんなソリューションを提供してくれるのか。以下、「DSEI Japan」の会場でデモンストレーションしてもらった内容に基づいて説明していく。
まず、使用する機材。個人の場合にはベストを身につけるが、その左胸の部分にレーザー受信機、左肩にGPS(Global Positioning System)受信機、それとバッテリや通信機を取り付ける。GPSは自己位置を知るために必要なデバイスで、その位置情報や交戦に関する情報を送信するために通信機が要る。
携行する武器にはレーザー送信機を取り付ける。そして、実弾を撃つ代わりにレーザー光を撃つことになる。使用する武器そのものは実戦で使用するものと同じだから、模擬銃と比べるとリアリティが増す。
銃身先端部には、汎用のアダプタを介してレーザー送信機を取り付ける。アダプタはサイズ調整が可能なので、多様な銃器に対応できる。ただし銃身が狙っている方向とレーザー送信機が狙っている方向がズレていたら訓練にならないから、それを調整して合わせる仕掛けも用意してある。また、使用する武器によって射程や弾道特性が異なるから、取り付ける武器に合わせて、ソフトウェアを再プログラムして対処する。
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中央にある、レーザーに関する警告ラベルが貼られているものが、ライフルに取り付けるレーザー送信機。左奥にあるのは射程や弾道特性を再プログラムする装置。右側にあるのは射線を調整する際に取り付ける装置 撮影:井上孝司
車両の場合には、車載用コンピュータと車載用の受信機(機能の違いから2種類ある)を取り付ける。もしも武装した車両であれば、武器にレーザー送信機を取り付ける必要がある。
撃たれたことを示す手段として、個人の場合には、交戦フィードバックデバイス(EFD)を手首に付ける。このデバイスは、ランプの点滅、音響、そしてバイブレーションと3種類の手段を用いて、撃たれたかどうか、撃たれても動ける状態なのか、それとも即死したのか、といった区別を教えてくれる。あるパターンの振動を感知したら「私はすでに死んでいる」となるわけだ。
無線通信を活用することの意味
サーブの訓練機材では、無線通信をうまく活用している。例えば、個人が身につけているさまざまな機材は近距離無線通信を介してつながっているので、ケーブルが這い回るようなことがない。ところが、これを訓練のリアリティ向上にも活用しているのが面白いところ。
また、戦闘中に誰かが撃たれて戦闘不能になったとき、その兵士の武器を他の兵士が取り上げて使うこともあるだろう。そんな場面も再現できる。近距離無線通信によってペアリングする相手が自動的に変わるので、それが可能になっている。
加えて、手榴弾シミュレータ(HGS)も近距離無線通信を活用する機能の一つ。例えば、閃光手榴弾のシミュレート。これは対テロ特殊部隊が建物に突入するような場面で多用する装備で、大音量や閃光を発することで相手を無力化する効果を狙っている。
では、その閃光手榴弾のシミュレータを投げ込むとどうなるか。これを投げ込むと、無線でそのことを示す信号を出すので、有効範囲内にある武器にそれが伝わり、自動的に「閃光手榴弾が有効な何秒かの間だけ武器を撃てなくする」。
一方、致死性の破片手榴弾をシミュレートする仕掛けもある。こちらは、投げ込んで作動させると、無線でそのことを示す信号を出す。すると、有効範囲内にいる兵士にその情報が伝わり、死傷して交戦不能になる場面を再現できるわけだ。
また、IED(Improvised Explosive Device)のシミュレートもできる。IEDを模擬するデバイスとIEDジャマーを模擬するデバイスがあり、後者を作動させた状態で前者を作動させようとしても(妨害電波で起爆指令が届かなくなるという想定なので)機能しない。
しかし後者のジャマーが作動していなければ、IEDが起爆した状態のシミュレートが可能で、ちゃんとそれらしい音も出る。破片手榴弾と同じように、そのIEDの有効範囲内にいる兵士に対して、無線で「おまえは死んだ」信号を出す仕組み。
データに基づく事後検討と相互運用性
演習に参加するすべての個人や車両はGPS受信機で位置を把握しており、その情報を常に送信している。だから、演習が進む過程で「誰がどこからどう移動して何をしたか」はすべて把握できる。誰がどのタイミングで発砲したかも、すべて記録される。
その情報を後からリプレイすれば、何がマズかったのか、何がうまくいったのかを把握できる。つまり、AAR(After Action Review)を有効に実施できる。単なる模擬交戦ではなく、個人や車両の位置や行動に関する情報を得ることで、それが可能になる。
重要なのは、米海兵隊をはじめとして、サーブのシステムを訓練に使用しているカスタマーが、すでに多数存在すること。そうした国の部隊と合同訓練を行う際に、皆が同じシステムを使用していれば、直ちに相互接続して同じように訓練を行える。訓練の相互運用性である。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。