現在進行中のテーマの一つが「分散化」だが、単に分散させるだけでは、各個撃破されたり、攻撃が散発的になってしまったりして役に立たない。第470回で米海軍の分散海洋作戦(DMO : Distributed Maritime Operations)について説明した際にも言及したが、物理的には分散していても、交戦に際しては協調・集中しなければならない。

リーチの長い武器:地対地ミサイル「ATACMS」

DMOを取り上げた際にも触れたように、「物理的には分散していても、交戦に際しては協調・集中」すると、例えば「敵軍に対して四方八方から一斉に攻撃を仕掛ける」ような話になる。いわゆる同時弾着射撃の考え方に近い。

ただ、中露などの国がアクセス拒否・地域拒否(A2AD : Anti-Access / Area Denial)を掲げるようになると、内懐まで飛び込んでいって交戦する形をとれるかどうかは疑問がある。やるとしてもリスクが大きい作戦になってしまう。すると、リーチの長い武器は不可欠なものとなる。

しばらく前に、ウクライナでMGM-140 ATACMS(Army Tactical Missile System)が使われているのでは、といって話題になった。ATACMSは、MLRS(Multiple Launch Rocket System)用のM270あるいはM142 HIMARS(High Mobility Artillery Rocket System)といった発射機を共用しつつ、300kmの最大射程を得ている地対地ミサイル。発射機1つにセットできる数は6分の1に減ってしまうが、高精度の長い槍を手に入れることはできる。

  • M142 HIMARSから発射されるATACMS。大きなミサイルが1発だけポッドに収まっている様子が分かる 写真:US Army

リーチの長い武器:戦術弾道ミサイル「PrSM」

さらに、後継となるPrSM(Precision Strike Missile)をロッキード・マーティンが開発しているが、これは射程を500kmに伸ばす。さらなる延伸も考えてはいるものの、発射機はM270やM142を流用するため、長さはそこで制約される。

また、ATACMS・一発分のスペースに二発のPrSMを装填するため、弾体が細身になっている。サイズが制約されれば、射程延伸のためにロケット・モーターを大型化しましょう、と簡単に決めるわけにも行かないので、そこが難しいところであるらしい。

ATACMSやPrSMは弾道飛行するミサイルだから話が違うが、その上のレイヤーとして、これもロッキード・マーティンが手掛けているMRC(Mid-Range Capability)がある。これについては回を改めて取り上げることとしたい。

なんにしても重要なのは、単に「あらゆる射程域をカバーできる武器体系を揃える」ことではない。単に高精度の長い槍を持っているというだけではダメで、それを何に対してどう使い、どういう効果を生み出すかが問題になる。

敵の脅威システムを破壊する

そこで、米陸軍が作成したマルチドメイン作戦(MDO : Multi Domain Operations)に関する資料を見てみると、「あらゆる戦闘空間を組み合わせてシナジー効果を発揮させることで、敵の “脅威システム” を破壊する」との考え方が示されている。特定の武器をつぶすとかいう話ではなくて、脅威の源となる仕組みをつぶすのだと読める。

1980年代に出てきた空陸共同戦(AirLand Battle)の概念では、彼我が対峙する最前線の後方に控えている敵軍の第二悌団についても、長射程火力や航空戦力によって同時並行的に叩くとの考えがあった。目指す効果は「敵の打撃力を減殺すること」だが、対象は物理的な人員・装備であった。それに対してMDOでは、A2ADのような「仕組み」を叩くといっている。そこで、このことを筆者なりに解釈してみた。

A2ADを実現する手段として、例えば「迎撃が困難な対艦ミサイル」や「極超音速兵器」が挙げられている。こうした兵器の発射機を見つけ出してつぶせば、脅威は取り除かれる……と、これは1980年代の考え方。一方のMDOでは、「つぶす」ことを、もっと幅広く考えているのではないだろうか。

  • 米陸軍が作成した、MDOのイメージ。複数の戦闘空間を相互に連携・連関させる様子を図示している 引用: US Army

敵軍のA2AD関連資産とて、発射のために目標の捜索・捕捉と意思決定が必要になることは変わらない。そして、それを実現するためにはセンサーや通信網や指揮管制システムが関わる。目標がどこにいるのかを知る手段を喪失すれば、どんなにリーチが長い高精度の武器でも有用性が下がる。また、意思決定のループを無力化できれば、発射を命じる人がいなくなったり、発射の指令を伝達できなくなったりする。

それを実現する手段は、なにもミサイルのようなキネティックな手段に限らない。電子戦はセンサーや通信網の無力化に関わるし、サイバー戦は通信網や指揮管制システムに関わる。そうなると、陸海空というトラディショナルな戦闘空間以外のところにもステージが拡大する。それらをバラバラにやるのではなく互いに連携・連関させる。

その上で、キネティックな破壊手段が最適という話になれば、ATACMSでもPrSMでも何でもいいが、最適な手段を選んで使う。それらの資産がつぶされないようにしつつ威力を発揮させようとすれば、(しつこいが)物理的な分散と協調による集中攻撃が不可欠になる。

と、そんな話になるのかなあと考えてみた。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。