前回は、米空軍のAWACS(Airborne Warning And Control System)機更新に関する話題を「つかみ」として、航空戦の分野における分散化の話を取り上げた。続いて今回は、米海軍の話題となる。

A2AD

そこで避けて通ることができないキーワードが、アクセス拒否・地域拒否(A2AD : Anri-Access / Area Denial)。自国に近いエリアを対象として、強力な攻撃手段を整備することで「敵軍が当該エリアに侵入してこないようにする」のがアクセス拒否、「敵軍が当該エリア内を自由に行き来できないように行動を抑え込む」のが地域拒否、といった意味になろうか。

海洋戦闘の分野でこれをやろうとした場合、当然、強力な対艦打撃力が必要になる。中国が導入しているとされる対艦弾道弾(ASBM : Anti-Ship Ballistic Missile)は、その対艦打撃力の一例。一般的な対艦ミサイルと比較すると迎撃が困難になる分だけ、迎え撃つ側としては分が悪くなり、結果として艦隊を中国本土に近付けるのを躊躇するようになってくれれば……といった話になろうか。

対艦弾道弾の有効性がいかほどなのか、という話は本題から外れるので取り上げない。そこで単純に「脅威が現出したので、それを迎え撃つ手段を整備しなければ」という反応にとどまらず、A2ADなるものをいかにして打ち破るか? それが本稿の本題である。

  • 打撃力を集中配置するのではなく、地理的に分散したさまざまな艦艇などに分散しつつ、協調させることで集中の妙を発揮させるのが、分散打撃の考え方 引用:US Navy

米海軍におけるビジョンの変遷

中国が、米海軍を自国近隣に寄せ付けないようにして、「核心的利益」と称する南シナ海などで好き放題できるようにしようと企図している……との話は、もうずいぶん前から出ている。ところが、この業界には「矛と盾」の故事というものがある。それは現代でも変わらない。誰かが強力な矛を考え出せば、相手方は当然ながら対抗手段を考案することになり、結果としてシーソーゲームのいたちごっこが繰り返される。

そして、米海空軍が共同で策定した海空共同戦(ASB : Air Sea Battle)や、分散打撃(DL : Distributed Letharity)といった話が出てきた。lethal とは「致死」あるいは「致死性の」という意味だから、「打撃」は正しい訳語ではない。しかし、各種の打撃力を分散展開するという考え方だから、意味としては「打撃」の方が適していると考えている。

そうした経緯を経て、現時点で米海軍が推進しているのが、分散海洋作戦(DMO : Distributed Maritime Operations)となる。基本的な考え方は、「探知を受け持つセンサーと、打撃力を発揮するための各種兵装を、特定少数のプラットフォームに集中するのではなく、多数のプラットフォームに分散する。そして、それらをネットワークで結び、協調させながら敵軍の急所を突く」となる。

DMOのキモは「物理的には分散しているが、運用の面では集中する」というところ。例えば、敵軍の重要目標に対して、各所に分散した艦艇から集中的に同時弾着攻撃を仕掛ける、といった様態を例に挙げればわかりやすいだろうか。

もちろん、前回に取り上げた米空軍のABMS(Advanced Battle Management System)と同様に、分散した多数のセンサー群から得られたデータを融合して、共通状況図(COP : Common Operational Picture)を生成するプロセスは不可欠なものとなる。それだけでなく、協調して交戦するためには、指揮統制の統合化も欠かせない。

それを実現するためには、分散した多数のプラットフォームを結ぶ、信頼性の高いネットワークが不可欠なものとなる。すると当然のことながら、電子戦やサイバー・セキュリティという話も出てくる。洋上では光ファイバー・ケーブルを引っ張って歩くわけに行かないから、無線通信にならざるを得ない。それが妨害されたり無力化されたりしたのでは、協調ができなくなってDMOが成り立たなくなる。

  • 今年4月、日米二国間で、両国の海軍がエイブラハム リンカーン 空母打撃群を用いて演習を行った 写真:US Navy

既存の資産やツールをうまく使う

面白いのは、DMOという発想が出てきたときに、「DMOを実現するために新しい装備や技術を開発しなければ!」といってゼロ・ベースで作業を進めているわけではないところ。もちろん、何かしらの新規開発要素は出てくるにしても、既存の装備もDMOの枠組みにはめ込んでいる。

それに、DMOを実現するためのアイデアや技術は、何もないところからパッと湧いて出てきたわけではない。よくよく見てみると、すでに存在しているもの、あるいはすでに存在しているものの延長線上にあるケースが多いのだ。

  • 米海軍が2017年に実施した、有人・無人の各種ヴィークルをネットワーク化する実証試験のイメージ。特定少数の「強力な艦や航空機」ではなく、探知・交戦の機能を多数のヴィークルに分散している 引用:US Navy

そもそも、Link 16のような戦術データリンクを使い、戦術状況に関するデータを集めて共有する話は以前からある。また、物理的に離れている多数のセンサー群から得たデータを活用して、ターゲティングに使えるレベルの高精度データを得る仕組みは、すでに共同交戦能力(CEC : Cooperative Engagement Capability)として現実のものになっている。

こうした既存のピースを活用して、場合によってはハード/ソフトの手直しによって機能の追加や拡張を図る。それにより、新しい戦闘概念を構成していく。個々の装備品で使われているハード/ソフトの側も、そうした発展に応えられるだけの懐の深さを備えていることが多い。

いま、目の前にある脅威に対してガチガチに最適化すると、部分最適化にはなるが全体最適や将来発展の余地につながらない。そういう場面は間々ある。そうならないためには、どういうアプローチをもって研究開発やシステム構築に取り組めばよいのか。研究テーマとして面白いのではないだろうか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。