分散環境ではネットワークが生命線となる。物理的に分散しているノードを結ぶネットワークが機能不全を起こせば、分散環境そのものが瓦解しかねないからだ。
ネットワークに対する脅威
軍用のネットワークでは、動き回るプラットフォームが相手になることが多いので、必然的に無線通信を使用する場面が多くなる。筆者の口癖で「電波に戸は立てられない」から、通信内容が敵軍に傍受される可能性を考えなければならないし、逆に敵軍が妨害を仕掛けてくる事態は不可避と考えなければならない。
すると、ネットワークに対する脅威としては、まず電子戦が挙げられることになる。これは電波という、物理的なレイヤーに対する妨害が主体となる。しかしそれだけでは話は終わらず、もっと上位のレイヤーにおいても脅威は考えられる。マルウェアを送り込む等の手段によって仕掛けられる、サイバー攻撃が典型例といえよう。
小型化・分散化した戦闘環境においては、こうした脅威に直面しても機能を維持できる、抗堪性や回復力に優れたネットワークが求められる。さすがにデリケートな内容であるだけに、軍もメーカーも、こういう分野の話になると口が重い。「具体的には、どのようにして抗堪性や回復力に優れたネットワークを実現しているのか」と訊いても、答えは返ってこない。当然のことである。
第428回で取り上げたことがある、ノースロップ・グラマンの指揮統制システム「IBCS(Integrated Battle Command System)」で中核となるネットワーク「IFCN(Integrated Fire Control Network)」も、分散化した戦闘環境を支えるネットワークの一つ。
具体的にどんな手を打っているのかについては口をつぐんでいても、「電子戦環境を想定した試験を実施しています」ぐらいのことは公にしている。ノースロップ・グラマンがIBCSの実証試験に関して過去にリリースしたプレスリリースに、そうした文言が見られる。その辺の事情は、IBCSに限らず他のシステムも同様であろう。
ABMSのインフラ構築案件
さて。米空軍が計画を推進している次世代指揮統制システム「ABMS(Advanced Battle Management System)」については、次世代AWACS(Airborne Warning And Control System)機との絡みから、第469回で言及したことがある。
そのABMSについて9月半ばに新たな動きがあり、5社で構成する企業連合が「ABMS用のデジタル・インフラストラクチャを設計、開発、展開する」との発表があった。
この件を仕切るのはL3ハリス・テクノロジーズで、同社を含む以下の5社で企業連合(Advanced Battle Management System (ABMS) Digital Infrastructure Consortium)を構成する。
- L3Harrisテクノロジーズ
- SAIC(Science Applications International Corp.)
- レイドス
- ノースロップ・グラマン
- レイセオン・テクノロジーズ
ABMSにおいてフォーカスする3つのエリア
5社のうち、ノースロップ・グラマンが件の企業連合が取り組む主要なフォーカス・エリアを明らかにしていた。その内訳はこうだ。
Secure Processing
異なるセキュリティ・レベルを通じて、共通のハードウェア/ソフトウェアを用いてデータの処理・保管を実現
Connectivity
回復力、安全性、管理支援が行き届いたデータ通信網の構築
Data Management
敵対的環境下でも、戦闘員や開発者が必要なデータにアクセスできるようにするツールの実現
Open Architecture
オープンな標準化仕様と民間におけるベストプラクティスを活用して、新技術の導入、柔軟性、回復力を実現
抽象的な文言が並んでしまったが、いわんとするところは分かるし、当たり前といえば当たり前の話ではある。最初の三要素がなければ、JADC2(Joint All Domain Command and Control)において企図している「情報の優越と迅速な意思決定」が画餅と化してしまう。そして、システムの維持や機能拡張を迅速かつ容易に進めるために、オープン・アーキテクチャは欠かせない。
この連載は「軍事とIT」という看板だから、ABMSみたいな軍用情報インフラの話をしている。しかし実のところ、これらは(求められるレベルには違いがあるかもしれないが)民間企業の情報システムにおいても、同様に求められる要素ではないだろうか。
サイバー攻撃にさらされる敵対的環境ということなら軍民の差はないし、電子戦を仕掛けてくる輩はいなくても、自然災害によって運用が阻害される可能性はおおいにある。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。