だいぶ昔になるが、本連載の第20回で米陸軍の多連装ロケット兵器を取り上げたことがあった。そのときには「面制圧から一発必中の精密誘導に」という話が主体だったが、今回は改めて、「発射装置に見る合理性」という観点から取り上げてみたい。

M270 MLRS

ベトナム戦争における疲弊から立ち直り始めた米陸軍が、1970年代後半から1980年代前半にかけて導入した新装備の一つに、M270 MLRS(Multiple Launch Rocket System)がある。名前の通りに多連装ロケット発射機で、M2ブラッドレー歩兵戦闘車の車体を活用して、そこにロケット発射機を載せた。

旋回・俯仰が可能なロケット発射機は大きな四角い箱で、内部を左右に区切ってある。それぞれの区画に、ロケット・ポッドと呼ばれるユニットがひとつずつ入る。そして個々のロケット・ポッドには、227mm径のロケット弾が6発ずつ入る。つまりMLRSが1両でロケット弾を12発という計算になる。

  • MLRS発射機・M270。これは陸上自衛隊のもの

この手のロケット発射機は第二次世界大戦の頃からあり、ソ連軍が使用していた「カチューシャ」は多連装ロケット発射機の代名詞といってもよい存在。非誘導のロケットだから命中精度はそれほど良くないが、一発ずつ撃たなければならない火砲と比較すると、多連装ロケットには「短時間の間に大量のロケットを撃ち込める」という利点がある。そして、主な狙いは面制圧、つまり広い範囲を一挙にカバーすること。

  • MLRSのロケット発射シーン 写真:US Army

だから、ロケット弾の弾頭もそれに合わせた選択になっていた。それがM26ロケットで、内部にはDPICM(Dual-Purpose Improved Conventional Munitions)と呼ばれるM77子弾を644個搭載する。それが12発だから、1両分で644×12=7,728個。9両で1つの隊を構成するので、総数69,552個となる。M77は戦車を破壊するには威力不足だろうが、装甲がない車両や歩兵が相手なら十分に威力が大きい。撃たれる方はたまったものではないが。

なお、射程を延伸するため、子弾を518個に減らして軽量化したモデルも作られた。M77子弾を使うロケットがM26A2、M85子弾を使うロケットがM26A1。さらに、誘導機能を追加したGMLRS(Guided MLRS)が開発され、M85子弾を404個内蔵するM30ロケットとなった。

ところが、そこに降って湧いたのが「クラスター弾禁止条約」。M77に限ったことではないが、この手の子弾は不発弾が出やすい。そのため、余計な付随的被害を引き起こして民間人に危害を及ぼすということで、使いづらくなってしまった。国によってはクラスター弾禁止条約に参加した上で、子弾を内蔵するロケットの使用を止めている。

そこで代わりに登場したのが、M30ロケットの弾頭を単弾頭に変更したM30A1。単弾頭だから面制圧にはあまり向かないし、弾頭重量は90kgと少なめだから、危害半径は広くないだろう。しかし、精密誘導による一発必中を狙うのなら、それでもよい。

ただしGMLRSの導入に伴い、発射機には誘導制御機構にデータを送り込むための配線とコネクタを追加する必要が生じたはずだ。誘導にはGPS(Global Positioning System)と慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)を使うから、目標の緯度・経度を入力する必要がある。

合理的なバリエーション展開

そのMLRS用のロケット・ポッドを流用して、別の武器も撃てるようにした。それがMGM-140 ATACMS(Army Tactical Missile System)。全長がロケット・ポッドのサイズに制約されて4m未満となったため、えらく太くて寸詰まりのミサイルである。子弾950個を内蔵するブロックI、子弾を275個に減らして射程を伸ばしたブロックIAなどがある。

「なんでM26があるのに、改めてミサイルを用意したのか?」と疑問に思われそうだが、実はATACMSのほうが射程が長く、最大で300kmも飛んで行く。だから「長いリーチが欲しければATACMS、そうでなければMLRSロケット」という使い分け。発射機は同じM270だから、どちらを組み込んだロケット・ポッドを装填するかという問題になる。

さらに、このロケット・ポッドを共用する別の発射機ができた。それがM142 HIMARS(High Mobility Artillery Rocket System)。M270は装軌式、つまり履帯で走るから不整地に強いが、スピードはあまり速くないし、自走で長距離を展開するのは避けたい。

そこで、軍用トラックの車体にロケット・ポッドを1つだけ載せる発射機を開発した。それがHIMARS。HIMARSはMLRSのロケット・ポッドを共用できる。この辺は、以前に取り上げた、艦載用のMk.41垂直発射システム(VLS : Vertical Launch System)に似た合理性を感じる。

HIMARSは履帯ではなくタイヤを使うから、道路状態が良ければ速く長距離の展開ができる。しかもM270より軽いから、輸送機による空輸もできる。「迅速な展開を重んじる部隊はHIMARS、それよりも大威力の方が重要な部隊はM270」という使い分けができる。いかにもアメリカ的な、合理性と全体最適を重んじる設計だと唸らされたものだ。

  • M142 HIMARSからATACMSを発射した瞬間。MLRS用の6連装ロケット・ポッドも使える 写真:US Army

なお、ATACMSの後継となるPrSM(Precision Strike Missile)という計画が進んでいる。これはミサイル本体をATACMSよりも小径化して、ひとつのポッドに2発(つまりM270なら4発、HIMARSなら2発)を積めるようにする。PrSMの公称最大射程は499kmと細かいが、これは技術的な理由というよりも、軍備管理条約がらみの制限によるものらしい。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。