第3回となる今回は、「DX人材の採用・定着」についてお話しします。結論から言えば、DX(デジタルトランスフォーメーション)人材の採用・定着に成功する鍵は、採用前に「2種類の社内人材」をDX部門・チームに配置することにあります。これらの社内人材の配置がうまくいけば、質の高いDX人材の獲得・定着を促進できる可能性があります。2種類の社内人材とはどのような人材か。なぜ彼らが必要なのか。以下に詳しく説明します。

DX人材は給与以上に大事にしていることがある

いま多くの日本企業でDX案件が増えており、DX人材の採用ニーズが高まっています。しかしDX人材の中途採用は、極めて難度が高いのが現実です。それは、経験や実力のあるDX人材は熾烈な奪い合いになっており、年齢が若くとも給与の相場が非常に高いからです。

日本には「若手にそんなに高い給与は支払えない」という企業が多く、条件が折り合わないために、DX人材の採用に悩んでいる人事の方が多くいます。また、仮に採用できたとしても、定着の問題が待ち構えています。DX人材は離職を考えた際に転職先を見つけやすい傾向があり、環境に不満を抱けば早期離職を選択する可能性が十分にあります。

一方で、DX人材は給与以上に大事にしていることがあり、その要望に応えられれば、DX人材の採用・定着のハードルを下げることが可能です。これからお話しする「2種類の社内人材」をDX部門・チームに配置することで、彼らが給与以上に大事にしているものを担保できれば、スキル・経験に見合った給与水準より年収が低くても、優れたDX人材の採用に成功する可能性があります。また2種類の社内人材を配置できれば、DX人材は間違いなく定着しやすくなります。

「社内の根回し・調整・説得を担当する人材」をDX部門に配置しよう

DX人材が給与以上に大事にしているもの。それはズバリ「経験の質」です。

経験によって自身の価値を高められること。つまり、自分のスキル・ノウハウが生かせると同時に、新しいスキル・ノウハウが得られる案件に関われること。こうしたことが、彼らにとって最も大切なのです。下図は、先端IT従事者と先端IT非従事者の転職理由を比較したものです。これより、DXに関わるような先端IT従事者は「自分のやりたい仕事ができなかったから」「クリエイティブな仕事ができなかったから」「先端的な仕事ができなかったから」といった理由で転職する可能性が高いことがわかります。

  • 先端IT従事者と先端IT非従事者の転職理由 出典:デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進に向けた企業とIT人材の実態調査(独立行政法人情報処理推進機構・2020年)

一方で、彼らはDXに直接関係しない業務に関わることを嫌がる傾向にあるといえます。例えば、「社内の根回し・調整・説得」に携わることをできるだけ避けたいと思っています。

彼らがなぜ経験の質を最重視するのか。なぜDXに直接関係しない業務を嫌がるのか。それはひとえに、DXの進化スピードが速いからです。DXは日進月歩で発展しており、1年後にはスキルや経験の価値が下がり、市場価値が落ちる可能性が十分にあります。

DX人材は、自らの市場価値を維持し、高めるために、いつも新しい経験やスキルを求めているのです。根回し・調整・説得のようなことをする必要がなく、自身の経験を高められる業務に集中できることは、彼らにとって非常に魅力的な環境で、高い評価ポイントとなります。

「社内の根回し・調整・説得を担当してくれる人材」。これが第一に必要なタイプの社内人材です。根回し・調整・説得に長けている社員をDX部門・チームに異動させ、DX人材のサポートに充てましょう。実際、彼らがタッグを組むことで、DXプロジェクトの進捗スピードが上がる可能性が高まります。なお、第4回で詳しく説明しますが、根回し・調整・説得を担当する社員もDX人材の一種であり、将来的にDX領域でのキャリアアップができる可能性があります。

「リスク回避傾向の低いマネジャー」がDXに向いている

第二に必要なタイプの社内人材は、配置するのが少し難しいかもしれません。それは「リスク回避傾向の低いマネジャー」です。リスクや失敗を恐れないマネジャーを、DX部門・チームに配置することをお勧めします。

なぜリスク回避傾向の低いマネジャーが必要なのか。そこには、DXならではの「成功率が低い」という性質が関わっています。DXプロジェクトでは、失敗が当たり前のように起こります。他の業務では考えられないほど、失敗が多いのです。AIに90%以上の精度を求めたいのに、初期段階では40%の精度しか出なかったといった例も珍しくありません。

どうしてこのようなことが起きるかというと、DX案件の多くは先行事例が少ないからという理由が挙げられます。また、各社の事業・業務・慣習・風土などに合わせることが必須だからという理由もあります。優れたシステムやツールを導入しても、その会社に適した設計や運用をしなければ、十分な成果を出せないのです。そのため、先行事例がほとんど役に立たないこともあります。

自社におけるDXの成功率を高めるには、失敗から学ぶほかにありません。少し本論から外れますが、DXプロジェクトでパートナー選びをするときには、失敗した事例をたくさんヒアリングするとよいでしょう。失敗から有益な学びを得ているベンダーは信用できます。そうしたベンダーは失敗を重ねながら、徐々に成功率を高めているからです。

失敗が当たり前に起こる以上、失敗しないことを求めるのではなく、失敗から学習し、チャレンジするサイクルを早く回し続けることが大切です。だからこそ、リスク回避傾向の低いマネジャーが必要なのです。

DX人材を多く打席に立たせ、失敗検証サイクルを高速回転させよう

多くの日本企業は、安定性・安全性・堅実を重視するため、リスクを回避する、最小化してから実行するタイプが出世しがちです。結果として、日本にはリスク回避傾向の高いタイプのマネジャーが非常に高い割合を占めます。しかしDXに限っていえば、このタイプのマネジャーはあまり向いておらず、リスク回避傾向の低いマネジャーがDX部門のマネジメントに適しています。

DXにはやってみなくてはわからないことが多くあるので、リスクを回避・最小化しようと部下に対策を考えさせ続けるマネジメントは向いていません。高い打率を求めるのではなく、多くの打席に立つことを求めるスタイルのマネジメントが最適なのです。

つまり、組織内に挑戦を奨励し、部下たちの失敗を決して責めず、失敗からの学びを組織知化できるマネジャーが必要なのです。そうしたマネジャーを社内から探してきて、DX部門・チームに配置することをお勧めします。もしかすると、これまでの自社の昇格要件では見当たらず、そうした人材を昇進させる必要があるかもしれません。自社のDX推進を本気で目指すのであれば、昇格要件を変更する程度のことはしたほうがよいと思います。

リスク回避傾向の低いマネジャーのもとで、DX人材をできるだけ多くの打席に立たせ、失敗検証のPDCAサイクルを高速回転させて、失敗数と成功数の両方を増やしていける組織づくりを目指しましょう。

「社内の根回し・調整・説得を担当する人材」と「リスク回避傾向の低いマネジャー」とともに、数多くの経験を積むことができるのであれば、DX人材に人気の企業となれるはずです。