第2回となる今回は、経営者・経営層が、DX(デジタルトランスフォーメーション)を進める上で知る必要がある2つのことを詳しく説明します。2つのこととは、「スキル・知識」と「DXを推進する順番」です。この2点を正しく理解していないと、どれだけDXに投資をしても、生産性がいっこうに上がりません。しかし実は、その理解が不足している日本企業を見る機会は少なくありません。

DXツールを導入したのに生産性が高まらないのはなぜか?

DXを推進するために、DXツールを導入する企業が増えています。DXツールといっても多岐にわたります。ざっと列挙すると、オンライン会議システムやビジネスチャットツールのようなコラボレーションツール、ロボットによる自動化を進めるRPA、チャットボット、業務改善プラットフォーム、ワークフローシステム、経費精算システム、営業・マーケティングなどを支援するBIツール・MAツール・SFA・CRM、人事を支援するHRテックなどがあります。

第1回でも少し触れましたが、日本企業のスタッフ部門・営業部門・マーケティング部門などのオフィス機能では、これらのDXツールが導入されたにもかかわらず、コラボレーションツールやRPAなどを除いて多くの場合は生産性が向上していません。問題は、その他の大半を占める「意思決定をサポートするDXツール」です。

意思決定をサポートするDXツールを導入したのに生産性が上がらないオフィス機能には、共通の現象が見られます。それは「表計算ソフトのデータがなくならない」ことです。本来、これらのDXツールは、表計算ソフトの代替になるべきものです。これらを活用すれば、表計算ソフトでの作業は要らなくなるはずなのです。しかし、多くの場合はそうなっていません。

DXツールにデータを入力しながら、同時に導入前と同じように表計算ソフトを使っている企業、DXツールからデータをダウンロードして表計算ソフトで加工して上司や関係部署に報告している企業があります。それらの企業では、DXツール導入によって手間が増え、むしろ生産性が下がってしまったわけです。まさに本末転倒です。

なぜそんなことが起こるのでしょうか?

最大の要因は「意思決定者のデータ活用スキル不足」

結論からいえば、最大の要因は、経営者・経営層をはじめとする意思決定者の「データを活用した意思決定スキルの不足」にあります。いまの日本企業は、社長も役員も部長も課長も、みんなデータに基づいた意思決定をしてきた経験が少ないのです。

結果として、多くの意思決定者が「思いつき」や「ついで」や「念のため」で、部下に無駄なデータ分析をさせています。会議の場で、部下が用意したデータを見ながら、「そういえば、あのデータはどうなっているだろうか」「ついでに、そのデータ分析もしてほしい」「念のため、このデータも用意してくれないか」と、データ分析を追加で依頼しているのです。

実はこの行動が、オフィス部門のDX推進を著しく妨げています。なぜなら、追加で依頼された分析の多くはDXツールのデータをダウンロードして、表計算ソフトで加工しなくてはならないからです。

「思いつき」「ついで」「念のため」の特徴は、毎回コロコロと変わることです。この原因は、意思決定者本人が、どのデータがあれば意思決定できるかがわかっていないことにあります。意思決定者があらかじめ自身の意思決定に必要なデータを理解し、DXツールでそのデータが閲覧可能になっていれば、部下は表計算ソフトを使わずに済みます。部下の苦労を知りたい方は、一度ご自身で表計算ソフトを使って、追加の分析をしてみてください。自分がいかに部下の時間を浪費させているかがわかります。

私がこの話をすると、多くの経営者・経営層や管理職の方々が「耳が痛い」とおっしゃいます。多くの意思決定者の方々が、自分のデータ活用スキル不足を自覚しているようです。経営者・経営層をはじめとした、意思決定者の皆さんは、ぜひデータを活用した意思決定スキルを磨いてください。この意思決定にはどのデータが必要か、このKGIに対してどんなKPIがあればよいのかを見極める力を高めてください。それがオフィス部門のDXを進めるキードライバーになるはずです。

もし経営者・経営層の皆さんが、自分たちのデータ活用スキルが低いと思ったら、不要なDXツールの導入はいったん控えて、その代わりに、表計算ソフトの専門家を各部署に用意してください。意思決定者のデータ活用スキルが低いうちは、そのほうがよほど生産性向上につながるはずです。

いきなりの「全社員デジタル教育」は悪手である

最近、DX推進のために「全社員デジタル教育」をしたいのだがどうだろうか、という相談が増えています。はっきり言いますが、いきなりの全社員デジタル教育は悪手となる可能性が高いです。それよりも前にすべきことがたくさんあります。DX推進は「順番」が極めて大事なのです。

以下、3つの手順に分けて、説明していきましょう。

(1)戦略を策定し、対象業務を決定する DXを進める際、経営者・経営層が最初にすべきは、DX戦略を策定し、「どの業務をDXするのか」を決めることです。業務によって、導入すべきDXシステムやツール、必要な人材などが変わります。業務を具体的に絞り込まない限り、DX推進はできません。DX専門部署またはDX推進プロジェクトチームを立ち上げて、外部コンサルタントと協働しながらDXを進めましょう。そして第1回で述べたとおり、外部コンサルタントに頼るだけでなく、「社内DX人材」を育成していきましょう。

(2)DXを活用する人材を育成する DXシステムやツールの導入を決定したら、次に「DXを活用する人材」を育成しましょう。DXの対象の業務に関わる従業員に絞り込んで、デジタル教育を行うのです。ここには上で述べたように、経営層・経営陣をはじめとする意思決定者も含まれます。このDXを活用する人材は、これまで表計算ソフトを扱ってきた事務職などの皆さんも大きな戦力になるはずです。

(3)DXのアイデア募集を目的として全社員にデジタル教育を行う 「いきなりの全社員デジタル教育は悪手」と述べましたが、「良いアイデアを吸い上げて実行する」仕組みを整えたうえで、全社員に対してDXのアイデアを募集することを目的としたデジタル教育を行うことには意味があります。既存業務の効率化・高度化を目的としたDXの基盤は業務全般の理解にあり、既存市場の顧客に提供する価値向上を目的としたDXの基盤は顧客の理解にあります。DXによって効率化・高度化、向上すべきところを一番知っているのは従業員の皆さんですから、従業員のアイデアのなかに優れたDXの種が含まれていることは間違いありません。

反対に、「良いアイデアを吸い上げて実行する」仕組みが整っていない場合、DXの対象の業務に関わる従業員が多数を占めるまでは、全社員を対象としたデジタル教育は必要ありません。なぜなら、従業員の周囲の業務がDXに成功すれる前に教育をしても、得られる成果が見込めないからです。

今回、コロナ禍でテレワークが導入されてはじめて、多くの方がオンライン会議システムを使うようになりました。そうなれば、オンライン会議システムの使い方を教えることが大切ですし、オンライン会議システムを活用した業務効率化についても具体的に考えることができます。しかし、テレワークをしない方にオンライン会議システムの使い方を教えても、ほとんど無意味でしょう。またオンライン会議システムを活用した業務効率化を考えても抽象論にとどまり具体化する確度は非常に低いものとなります。DXを進めるためのデジタル教育についても同様です。

デジタル教育を行う際には、必要な人材に集中投資をする、あるいは仕組みを整えたうえで、仕組みと教育を連動させて行うことで、教育の効果が最大化されます。