2025年5月下旬にベルギー・アントワープで開催された世界最先端研究機関であるimecの年次イベント「ITF World 2025」では、欧州勢が一致団結して2nm超のパイロットラインを構築するためプロジェクト「NanoIC」の実現に向け、会期2日目の午後に「NanoIC Workshop」が開催された。同ワークショップでは、実に18人ものNanoIC関係者が次々と登壇してプロジェクトの進捗をシェアするとともに課題と展望を語り合うなど、実現に向けた総決起大会の様相を呈した。
NanoICプロジェクトとは?
ワークショップの講演内容を紹介する前に、NanoICとは何か簡単に紹介しておく必要があるだろう。
NanoICプロジェクトは、欧州CHIPS法(米国の半導体製造支援補助金支給プログラムであるCHIPS法の欧州版)のビジョンに基づき、imecのベルギー本社キャンパス(ルーベン)内に2nm超の研究開発パイロットラインを構築し、欧州のサプライヤーエコシステムの競争力を強化しようというものである。
当初のパイロットライン構築のための投資総額は25億ユーロとしており、EUや各国政府支給の公的資金から14億ユーロ、ASMLはじめ民間企業の出資金11億ユーロで賄う。公的資金は、EUのDigital EuropeおよびHorizon EuropeプログラムよりChips Joint Undertaking(Chips JU:半導体関連予算を管理する官民共同体)を通して・監督される。参加国であるベルギー(フランダース)、フランス、ドイツ、フィンランド、アイルランド、ルーマニアも資金を提供している。
imecが主催し、研究開発パートナーとしてCEA-Leti(フランス)、Fraunhofer-Gesellschaft(ドイツ)、VTT(フィンランド)、POLITEHNICA Bucharest、CSSNT(ルーマニア)、Tyndall Institute(アイルランド)が参画し、欧州および世界の装置・材料サプライヤーが協力している(図1)。
計画では、ベルギー・ルーベンのimec本社キャンパス内の、既存300mm研究開発ラインの隣接地に2nm超パイロットラインを2025年内に着工し、2027年に竣工する予定である(図2)。
要素技術開発のためのimec既存の300mm研究開発ラインではFOUPは人手で搬送しているが、新規ラインでのSoC試作のための搬送としてはOHTを採用する形で全自動搬送方式とし、2つのライン間はFOUP搬送専用のクリーントンネルで結ぶ。
高NA EUV露光装置をはじめ100台を超える最新型半導体製造装置が導入されるが、既存ラインもSoC試作に向けてアップグレードを計画。そのための新装置の導入もすでに始まっている(図3)。
死の谷に橋を架けるプロジェクト
imecの半導体技術開発担当VPのアルノ・フルネモン氏は、「NanoICの欧州へのインパクト」と題して講演し(図4)、アカデミアでの研究と産業界の商品化・事業化の間には、さまざまな困難な障壁、いわゆる「死の谷」が存在するが、NanoICプロジェクトの役割はそこに橋をかけて、知識の集積、imecの技術へのアクセス、半導体エコシステムの協業を通して研究成果の事業化を促進することであると述べた(図5)。
imecは今まで主に先端半導体の要素技術の研究開発を行ってきたが、NanoICプロジェクトでは、SoC試作を担当するために、PDK(プロセスデザインキット)を作製してユーザーに配布する必要がある。
PDK開発を担当するのは、imecのDTCOプログラムマネージャーのアニタ・ファロクネジャード氏らのチームで、「N2(いわゆる2nm)のPDKはすでに2024年6月にEUコミュニティに提供しており、A14(14Å)のPDKは2025年末までに提供する予定である」と述べた(図6)。
一方、imecの研究開発担当VPであるフランク・ホルステイン氏は、2nm超デバイスの用途として、HPC(高性能コンピュ―ティング)、ヘルスケア、自動車、AR/VR、民生、エネルギーの6項目を挙げた(図7)。そして、デバイスやシステムの構想立案からSoC試作品完成に至る道筋を詳しく説明し、エコシステム全体の協力が必要であることを強調した(図8)。いくつもの異種のダイ(チップレット)を集積して3次元実装し巨大なシステムを完成させるという(図9)。
imecのLuc Van den hove社長兼CEOは「NanoICパイロットラインは、欧州勢のいわばプロトタイピングファウンドリ(試作品の受託生産ライン)であり、ラピダスのような量産は行わない。パイロットラインの利用者が試作の結果に基づき大量生産を行う場合は、既存のファウンドリに生産委託する」と述べている。
NanoICパイロットラインのユーザーとなる人材を教育するためのimecにおけるPDK講習会やアイルランド国立大学におけるインターンシップ制度など、いくつかの人材育成プログラムが紹介されたほか、人材育成や人材確保に関するパネル討論も行われ、「半導体産業に優秀な人材が獲得できない障壁は何だと思いますか?」との質問に、会場の33%が「(半導体業界に対する)一般の知名度が低く、業界のブランド力が弱い」を挙げたほか、24%が「AIやソフトウェアに比べてわくわく感が少ない」を挙げていた。学生にとって、半導体産業は見えにくい存在であるのは、欧州のみならず、日本でも同様である。