電気自動車(EV)を走行しながら充電するという実験は、10年以上前から提案され実験されてきた。この走行中充電技術は、無線給電によって道路に埋め込んだ給電用の送信機から車に設置した受信機に交流電力を飛ばすことによって、無線で電力を供給しようというもの。道路に多数の送信機を埋め込むための道路工事に余計な手間をかけるため道路の建設コストが高くなってしまうという泣き所があった。

10月はじめに東京大学(東大)がさまざまな企業と一緒になって、走行中無線給電を利用する実証実験を始めたというニュースの本質は、これまで必要と考えられていた道路全体に埋め込む必要性がなくなるという大きなメリットが得られ、それにより商用化できる可能性ががぜん高まったことだ。道路全体ではなく、交差点からその手前30m程度までの限られた地点に埋め込むだけで、十分充電され、バッテリの電荷がほとんど減らないというのである。

東大大学院 新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻の藤本博志 教授らのグループは、道路に埋め込む送信コイルの場所をどこに重点的に設置すべきかを検討するため、実際の車両を横浜から平塚にかけて広範囲に走らせてみた。すると信号機の手前30mの範囲に全走行時間の約25%の時間にわたってクルマが滞在することがわかった。そこで、電費7km/kWhと仮定して、交差点で給電するというシミュレーションを行ったところ、走行中に交差点で給電すると220kmを走行してもバッテリの充電量がほとんど変わらないこと(図2)がわかった。つまり給電用送信機を道路全体に埋め込む必要はなく、信号の手前に埋め込むだけで済む。これだと、経済的な走行充電システムを構築できそうだ。

  • 藤本博志 教授

    図1 東大大学院 新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻の藤本博志 教授 (筆者撮影)

  • 交差点の手前30mに送信コイルを埋め込んだ場合の走行シミュレーション

    図2 交差点の手前30mに送信コイルを埋め込んだ場合の走行シミュレーション (出典:東京大学)

藤本教授らは、実証実験に近いシミュレーションをさらに行った。つくばエクスプレスの柏の葉キャンパス駅から、研究室のある東大柏キャンパスまでの距離を何回か往復して、80分間走行すると仮定して蓄電池の電荷量減り具合をシミュレーションした。クルマが停止する交差点近辺で充電させると、バッテリの充電電荷はむしろ少し増えたという結果を示した(図3)。この結果から、この公道ルートを実際にクルマが走るという公道走行実験を行うことに藤本氏らは自信を深めた。

  • 柏の葉キャンパス駅周辺でのバスで走行中給電を行うシミュレーション

    図3 柏の葉キャンパス駅周辺でのバスで走行中給電を行うシミュレーション (出典:東京大学)

公道での実証実験を実際に行う前に、国土交通省や千葉県柏市などと話し合いを持ち、許可を得た。柏市にはスマートシティ構想があり、柏の葉キャンパス駅周辺での実験には積極的に協力してもらった。また、実験に先駆け、道路に埋め込む給電送信機にダメージを与えないことを確認するため、軸重11トンのトラックによる走行実験を土木研究所内の耐久試験路で行ってきた。これでクルマが走る路面としての安全性は検証された。加えて、道路に埋め込んだ送信機や配線などからの漏電などが発生しないか、という電気的な安全性も確認が行われた。さらに今後漏電などが起きないかどうかをモニターするため、道路側に電力グリッドに接続するための設備やブレーカーなどを設置して月に1度モニタリングしているという。

そして今回、実証実験を行う上で、実際の交差点の手前に送信機を埋め込んだ(図4)。比較的長くクルマが止まる右折道路の下に埋めている。

  • 柏の葉キャンパス駅から150mほど行った先の交差点近くにある右折レーンに埋め込んだ個所を白く表示している

    図4 柏の葉キャンパス駅から150mほど行った先の交差点近くにある右折レーンに埋め込んだ個所を白く表示している (筆者撮影)

走行中の無線給電技術は、トランスの仕組みと同じ電磁界結合と磁気共鳴との2つの技術を組み合わせたもの。送信コイルと受信コイルをある程度離しても、送受信できることが必須だ。藤本教授らのグループは、コイルを埋め込んだ道路表面から50mm離して充電できるように設計した。道路に埋め込むコイルの上のアスファルトは40mmの厚さにしており、送受信コイル間の距離は90mmにもなる。さらにタイヤの空気圧の減少によるタイヤの凹みも考慮して、5mmのマージンも加え、送信機から受信機までの距離は最長95mmとなる。クルマ側の受信器は道路表面の凹凸にも対応するため、サスペンションとフィードバック技術で道路表面と受信コイルとの距離が常に55mmと一定になるようにしている。

この実証実験には、大学だけではなく多くの企業が参加している。参加してきた開発チームは図5の通りで、パワーエレクトロニクス関係はローム、東洋電機製造、小野測器、デンソーなどが参加しており、ロームはSiCパワートランジスタを供給、東洋電機が基板を設計・製造した。SiCを必要としたのは、ワイヤレス給電するのに世界標準の周波数85kHzで動かすためである。シリコンのIGBTではこの周波数に対応することが難しいという。

  • 実験に参加する大学、企業、組織など

    図5 実験に参加する大学、企業、組織など (出典:東京大学)

道路側に埋め込む回路基板上にSiC MOSFETのスイッチング動作により85kHzの交流を作り出し、受信側で85kHzの交流を受け取った後、直流に変換しバッテリを充電する。AC-DC変換にもSiC MOSFETを使い、変換効率を上げている。

実験には乗用車とバンを使って、充電量の異なるクルマでも対応し走行充電できることを確認する。乗用車にはバッテリ容量の小さいプラグインハイブリッドカーを使い(図6)、バッテリ容量の大きなバン(図7)には純粋のEV車を使った。共にインホイールモーター車ではなく、商用車そのものに受信機を取り付けている。

  • プラグインハイブリッド車の後輪近くに取り付けた2台の受信機

    図6 プラグインハイブリッド車の後輪近くに取り付けた2台の受信機 (筆者撮影)

  • バンタイプのクルマの後輪近くに2台の搭載した受信機

    図7 バンタイプのクルマの後輪近くに2台の搭載した受信機 (筆者撮影)

今回の公道実験では、柏の葉キャンパス駅から東大のキャンパスまでの道路に沿って信号機のある交差点の少し手前に送信コイルを埋め込み、実際のデータをとり続けていく。実験は2025年3月まで続けて、大量のデータを取得する。その後、2030年ごろの実用化を目指していく(図8)。

  • 走行中ワイヤレス給電のロードマップ

    図8 走行中ワイヤレス給電のロードマップ (出典:東京大学)

実用化としては、最初に柏の葉キャンパス周辺を走る柏の葉シャトルバスの自動運転化に走行中充電技術を搭載する予定で、本格的な導入は2030年代になると見ている。

藤本教授がかつて研究していたインホイールモーター技術に関しては、走行中充電の実用化を優先し、その後になりそうだとしている。「走行中充電技術の公道実験は世界各地で行われており、自分のグループで得たデータを生かし、この技術の標準化に貢献していきたい」と藤本教授は語る。