しばらく前に、「欧米諸国からの制裁に直面したロシアで、民航各社が使用する旅客機が共食い整備を余儀なくされている」という話が出ていた。そこで改めて過去記事の元原稿を遡ってみたところ、意外にも共食い整備の話をちゃんと書いたことはなかったようだ。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

共食い整備に関するおさらい

共食い整備、英語では「カニバライズ(cannibalize)」という。普通、整備・交換で使用するパーツや機器は予備品を単品で取得・在庫しておくものだが、それができない場合に、他の同型機から同じ部品をはぎ取ってきて使うことをいう。

例えば、ロシアのエアラインであれば、制裁によって欧米メーカー製の旅客機、あるいはそこで使用するエンジンのパーツが入手できなくなる。すると、手持ちの機体のいずれかから部品をはぎ取って、それを必要とする機体に回す。といっても、供給元は限られるから、共食い整備を繰り返していれば、可動機は徐々に減ってくる。

だから、パーツや機器の入手が間に合わないときの一時しのぎとして共食い整備を行うならまだしも、制裁みたいな事情で継続的に入手不可能な状態が続くと、共食い整備もいずれ限界が来る。

  • アエロフロートのエアバスA330。現在、これをどうやって維持しているのか、そもそも維持できているのかはしらない 撮影:井上孝司

米軍では、用途廃止になった機体をアリゾナ州ツーソン近くのデビスモンサン空軍基地にある309AMARG(Aerospace Maintenance and Regeneration Group)の管理下に置いて保管していることがある。この “ボーンヤード” に送られた機体は、そのままということもあるし、部品取りに使われることもある。たまに、何かニーズが発生してラザロのごとくに蘇り、再び空を舞うこともある。

ツーソン界隈は気温こそ高いが、空気が乾燥しているので機体を傷めずに済むらしい。そういう意味で高温多湿の日本は分が悪い。

  • AMARGで保管されている機体の一例、C-130ハーキュリーズ。窓は傷まないようにカバーされている 写真:USAF

中古機と一緒に部品取りの機体を買う

ときには、意図的に共食い整備みたいなことをする事例もある。つまり、機体の所要数よりも少し余分に機体を買って、余った分を部品取りに充てる手法だ。

これは、すでに製造が終了している機種について中古機を買う場合に、よくあるパターン。なぜかというと、オリジナルのメーカーで製造が終了していれば、パーツや機器も製造が終わってしまい、入手が難しくなる可能性が上がるからだ。

例えば、イギリス空軍で用途廃止になったAWACS(Airborne Warning And Control System)機、E-3DセントリーAEW.1のうち3機を、チリ空軍が購入した。ただし、実運用に充てる機体は2機で、残る1機は部品取りに充てる。つまり最初から飛ばすつもりはないわけだ。

ただ、1機に同じものが複数付いているパーツや機器はまだいいが、1機につきひとつしか付いていないパーツや機器になると、はぎ取って利用できるチャンスは1回だけだ。うまい具合に、さまざまなパーツや機器が順番に壊れてくれればまだいいが(いや、壊れないで済む方がもっと良い)、同じパーツや機器が立て続けに壊れて交換を必要とする事態になると、困ってしまうかもしれない。

ちなみに、こうした部品取りは、なにも航空機業界の専売特許というわけではない。陸上で使用する各種の車両でも、艦艇でも、あるいは鉄道車両でも行われている。かように対象物がいろいろ違っていても、「部品取り用の個体に付いているパーツや機器が出尽くしたら、もはやこれまで」という事情は変わらない。

  • セントリーAEW.1。米空軍向けE-3との外見上の違いは、空中給油用のプローブが機首上部に付いているところ 写真:USAF

部品取りが機能する条件

難しいのは、「同型機」であっても「完全に同一仕様」とは限らないことだろう。例えば戦闘機の業界では、多くの国に売れたベストセラー機の事例がある。手近なところだと、ウクライナに提供する話が出たことで話題になった、F-16ファイティングファルコンがそれ。

同じF-16といっても、サブタイプがいろいろある。しかも導入後に延命改修や能力向上改修を施した事例が多いから、そこでまたバリエーションが増える。すると、同じF-16Aでも「A国のF-16AとB国のF-16Aは仕様が違う」とかいうことは当たり前のように起こり得る。

すると何が問題か。あちこちの国から手当たり次第に中古機を買い集めて部品取りに充てようとしたら、はぎ取ったパーツや機器が手持ちの機体で使用しているものと違うとか、互換性がないとかいう問題が起こり得るわけだ。

そういえば、我が国では初期型F-15J/DJがF-35Aへの代替によって減勢していく過程で「搭載しているF100エンジンが余るけれど、どうする?」という話が持ち上がっている。航空自衛隊のF-15が搭載しているエンジンは、オリジナルのプラット&ホイットニー製ではなく、石川島播磨重工(現IHI)がライセンス生産したものだ。

さて、それをプラット&ホイットニー製F100エンジンの代わりとして他国のF-15にポン付けしたり、他国のF100エンジンにパーツを転用したりできるのだろうか。「余っているから他国に売っておカネにすれば」と考えるのは簡単だが、実行するにはなにがしかのハードルがありそうに思える。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。