話はいささか旧聞に属するが、2023年2月半ばに、米空軍のC-135シリーズで使われているパーツの不良問題が報じられた。ちょうどメンテナンスというテーマに通じる部分もあるなと気付いたので、遅ればせながら取り上げてみることにした。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
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KC-135R給油機。写真の機体はシリアルナンバー58-0128だから、なんと1958会計年度の発注で、撮影時点で60年近く飛んでいる。もちろん、しかるべき点検整備は行われているが、その過程で不良品のピンが紛れ込んだ 撮影:井上孝司
vertical terminal fitting pin
問題になったのは、KC-135ストラトタンカー給油機、RC-135リベットジョイント電子偵察機、WC-135気象観測機、それとE-3セントリーAWACS(Airborne Warning And Control System)機で、垂直尾翼を胴体に取り付ける部分で使用しているピン。
原語では “vertical terminal fitting pin” という。長さは約5インチ(127mm程度)というから、「ピン」といってもかなり大きい。大きな垂直尾翼を固定するためのピンだから、相応に大きくなるのは当然であるが。
そのピンの中に、素材やメッキ処理に問題がある不良品が含まれていることが判明した。米空軍で緊急検査の指示が出たのは2023年2月10日のこと。対象は、2020年6月から2022年12月にかけて重整備を実施した際に取り付けたピンだという。
そして緊急検査の指令では、「問題のピンが取り付けられた疑いがある機体すべてを、15日以内に検査するように」指示していた。検査してみたら、問題のピンが取り付けられた機体が見つかり、交換することになった。
飛行の際に垂直尾翼に荷重がかかれば、それは当然ながら、垂直尾翼を胴体に固定しているピンにも影響する。1枚の垂直尾翼を2本のピンで胴体に固定しているが、その2本のうち1本でも破損すれば、垂直尾翼が機体から外れてしまうという。
検査は30分程度、正常品との交換は1日程度で行えるが、機体構造に関わる部分だけに、所要の設備が整っている場所でなければ交換作業ができないのだろう。交換作業は、オクラホマ州オクラホマシティにある兵站施設(OK-ALC : Oklahoma City Air Logistics Complex)で実施する必要があるとのことだった。
ピンのトレーサビリティ
安全管理の観点からすれば、航空機を構成する部品は「どういう素材を用いて、どういう加工を行って製造したか」が確実に分かっていないと具合が悪い。もちろん、製造工程に関する記録が正しいことが重要である。いいかえれば、記録が改竄されたり間違ったりしていたことが発覚すれば、それだけでもう大騒ぎだ。
素材や加工に関する記録がきちんと存在していれば、製造工程や素材に問題があったときの追跡が容易になる。C-135シリーズの垂直尾翼取り付け用ピンでも、おそらくは特定の量産ロットで不良が見つかったのだろう。
「いつからいつまでの間に製造したものを、空軍に納入して、それをいつからいつまでの間に使用した」という記録があるからこそ、「2020年6月から2022年12月にかけて重整備を実施した際に取り付けたピンがまずい」と分かる。
ただし、整備の現場で複数の製造ロットに属するピンが混在して使われていた可能性はある。そのせいか、まとまった数の機体に対して全数検査が行われたわけだが、それでも対象となる機体を絞り込めたことには意味がある。
この辺の事情は他の工業製品も同じだろう。それだからこそ、「製造番号が○○の分で不良の可能性あり」とか「何年何月何日から何年何月何日にかけての製造分がリコールの対象」とかいった話になる。こういうことがあると、部品単位のトレーサビリティも重要なんだと再認識する。
経産省の航空機部品の生産管理・品質保証の手引き書
ここまで書いたところでネットの海をさまよっていたら、「航空機部品産業における生産管理・品質保証ガイドブック『サプライヤー(個社)チェックリスト』の手引き」という文書に行き当たった。経済産業省のWebサイトで公開されているものだ。
その中に、トレーサビリティに関する記述もあった。製造工程などに関する記録を残すだけでなく、「製造ロットごとの、製造指示書と現物の関係性を正しく維持すること」「単品ごとのシリアルナンバー情報が必要になる場合の、製造ロット番号とシリアルナンバーの紐付け」といった話も出てくる。
それだけでなく、検査や品質管理への言及もある。実際、過去の事故の事例をひも解いてみると、「製造工程を見直す過程で検査工程を変えたら不良の見落としが発生してしまった」なんていう事例もある。
この手引き書はサプライヤー向けのものだから、当然ながら製造工程に関する話が主体になっている。しかしそれだけでは終わらず、製造したものをいつ、どこに納入して、どのタイミングでどの機体に対して使用したか、までを把握しないとトレーサビリティが成立しない。
冒頭で引き合いに出した、米空軍におけるC-135シリーズの事例は、そうした仕組みがちゃんと機能していたことを示している。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。