前回は、海水に起因する塩害に晒される機会が多い機体を対象とする腐食管理の話を取り上げた。伝統的な手法としては、水洗いを徹底するとか、こまめに機体の状態を検査するとかいう話になるが、この分野でもデジタル革新の波が来ているようである。
たまたま、BAEシステムズの「Innovation Book」という冊子に、それと関連する話題があったので、取り上げてみることにした。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
センサーいらずで腐食を予察
腐食の発生状況を確実に把握したいということであれば、それができるようなセンサーを機体構造材の各所に取り付ける方法も考えられる。
構造負荷を把握して、機体構造材の残り寿命を予測する場面では、こうした手法が多用されている。これについては回を改めて取り上げるが、実際に測ってみないと正しいデータが出ないので、そういう話になっている。
もちろん、腐食管理も事情は似ているが、何らかの予察手段があれば、その方がありがたい。いちいち機体にセンサーを取り付ける手間と経費を節減できるし、その分だけ機体が軽くなる。では、どのようにして外れのない予察を行うのか。
F-35における腐食予察の手法
BAEシステムズの説明によると、以下のような話になる。
F-35の機体構造のうち、外部からのアクセスが困難な部位にセンサーを取り付けて、腐食の発生に関わるデータを収集する。このセンサーは、研究室でチェンバーに入れて、さまざまな環境条件下において作動させており、腐食の原因になる塩化物の付着・堆積状況を事前に把握してある。こうすることで、「環境の違いに応じて、センサーがそれぞれどういうデータを出してくるか」というデータが得られる。
一方、機体の飛行状況に関するデータは、飛行制御コンピュータを使って記録・収集できる。また、気象状況に関するデータは気象観測網などによって得られる。
これらのデータを突き合わせれば、気象条件、飛び方(速度や高度など)、塩化物の付着・堆積状況の相関関係を割り出せるとの理屈になる。そのためのアルゴリズムをうまいこと開発できれば、実機にセンサーを取り付ける代わりに、飛行状況や気象状況に関するデータに基づいて、塩化物の付着・堆積に関する予察が成立することになる。
新幹線の雪付着の予察に似ている!?
どこかで聞いたような話だと思ったら、JR西日本が開発した、「人工知能(AI : Artificial Intelligence)を活用した、新幹線電車の床下における雪付着予察」の話に似ている。こちらは気象状況に関するデータと、現車における雪の付着状況データを収集・学習させることで、予察につなげている。
いささか乱暴なことを承知でいえば、雪か塩化物かという違いである。ただし新幹線の場合、走る場所や走り方は基本的にいつも同じだから、関連する変動要因がひとつ減る。
よって、「こういう気象条件なら雪の付着が予想される」という、比較的シンプルな予察になる。それと比べると、飛び方も飛ぶ場所も多種多様な戦闘機の方が、話がややこしい。
ともあれ、塩化物の付着・堆積状況をある程度、精確に予察できるようになれば、それに基づいた予防的な検査やメンテナンスが可能になる。実際に腐食が発生する前に、「そろそろヤバそうだから対策を」ということもできるだろう。
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強襲揚陸艦「アメリカ」にF-35Bが着艦しようとしているところ。まず艦の左舷側でホバリングするが、その際に下向きの排気で海水が派手に舞い上がっている様子が分かる。機体に何の影響もない、とはいかないだろう 写真:US Navy
陸上機でも腐食管理が必要なことがある
F-35で腐食管理というと、真っ先に連想されるのは艦上運用を行うF-35BやF-35C。しかし陸上基地をベースとするF-35Aでも、基地が海辺に近いところにあったり、高温多湿の環境だったりすれば、機体構造材にとってはよろしくない。実際、オーストラリア空軍の機体はそういう状況に置かれている、というのがBAEシステムズの説明。
そこで機体構造材の腐食に関する予察を行い、事前に手を打つことができれば、飛行の安全につながる。それだけでなく、整備・検査・維持管理に関わるコストとマンアワーの低減につなげられるかも知れない。もちろん、貴重な機体を大事に使うことにもなる。
ただし、これが思惑通りに機能するかどうかは、予察に必要なデータをどれだけ集められるか、そのデータが実情に即した適正なものか、予察のための適正なアルゴリズムを開発できるか、といった話にかかっている。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」が『F-35とステルス技術』として書籍化された。