はるか昔、「航空機とIT」という連載の第9回で取り上げたが、軍用機の分野では、「機体構造保全管理プログラム(ASIP : Aircraft Structural Integrity Program)」という言葉がチョイチョイ出てくる。これと密接な関係があるのが、一種の状態監視技術。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

機体の寿命と荷重スペクトル

世の中に「重たくても良い飛行機」というものは存在しない。軽くできるのなら、その方が良いに決まっている。しかし、軽量化すれば強度・剛性・耐久性に影響が出るから、どうやって軽量化・強度・耐久性といった矛盾する要素を並び立たせるかが問題になる。特に戦闘機は、激しい機動が前提になる分だけ条件が厳しい。

いずれにえよ、飛行機を使い続けていれば、さまざまな負荷がかかり、機体構造材が少しずつ劣化する。それが使用に耐えない状態になると「寿命」となる。普通、寿命を示す具体的な指標としては、累計飛行時間を用いる。

  • 軽量化する一方で激しい機動を行う戦闘機は、寿命が短い。写真はフィンランド空軍のF/A-18Cホーネットだが、これもF-35Aへの代替が決まっている 撮影:井上孝司

戦闘機の場合、累計飛行時間を6,000~8,000時間程度に設定することが多いようだ。仮に8,000時間とした場合、2時間のフライトが4,000回分。仮に年間に200回飛行するとすれば、20年分となる。もちろん、もっと寿命を長くできればそれに越したことはないが、そうすると機体が重くなる原因を作る。

戦闘機の設計では、累計飛行時間をどの程度に設定するかだけでなく、荷重スペクトルという話も関わってくる。「どんな任務を想定していて、そこではどんな飛び方をするか」を定めれば、機体にかかる負荷は計算できるから、それを設計のベースにするわけだ。

ASIPを活用して機体を使い切る

しかし実際のオペレーションでは、負荷のかかり方も、離着陸の回数も、飛行の内容も、機体ごとに差が生じるし、事前の想定通りになるとは限らない。ときには、パイロットがオーバーGをやってしまうこともある。そして、機体構造に負荷がかかる原因がいろいろある以上、その原因ごとの負荷の軽重によって、機体構造の劣化状況に違いが生じる。

そこで一律に「累計飛行時間が設計上限に達したので用途廃止」と決めるのでは、寿命を使い切れない可能性も出てくる。すると、機体ごとに負荷のかかり方を把握することで、持っている寿命を有効に使い切れないか、という話になる。ただしもちろん、点検整備の際に構造材の劣化・疲労状況を監視する必要はある。

そこで出てきたのがASIP。発端は、米空軍において1960年代に、既存機の寿命を再評価しようと考えたことだそうだ。それがその後にMIL-STD-1530という名称でミル・スペックになった。

飛行の安全を確保しつつ、即応性や信頼性を高めようとの考え方が、ASIPの根底にある。そしてMIL-STD-1530では、設計段階に始まり、開発段階での試験、実戦配備後の部隊管理に至るまで、5段階のタスク領域に分けて必要な作業をまとめている。

先に出てきた荷重スペクトルであれば、設計段階では「こういう荷重スペクトルになる」と計画するが、部隊運用段階では「実際に生じた荷重スペクトルを把握する」「個々の機体ごとに運用履歴や整備記録を把握する」という話になる。

  • 航空自衛隊のF-4EJ改では、ASIPを活用して機体の寿命をめいっぱい活用した 撮影:井上孝司

BAEシステムズの取り組み

すると、機体構造の保全を図るためには、機体構造材にかかる負荷データを常に収集し続けたい。そこで登場するのが、HUMS(Health and Usage Monitoring System)。つまり、機体構造材の各所にセンサーを取り付けておいて、飛行の際にかかる負荷データを収集・記録する。そのデータを地上のコンピュータに取り込んで管理することで、より精確な構造管理・寿命管理を行える。

前回にも取り上げた、BAEシステムズの「Innovation Book」に、この機体構造保全に関わる話が出ていた。機体構造にかかる負荷を計測するためのセンサーがお題である。面白いことに、この話は「Sustainability」と題したセクションの中にある。

BAEシステムズが手掛けているのは、リアルタイムでのモニタリングを可能にするセンサー。消費電力が少ない小型のセンサーを実現するだけでなく、もちろん精確にデータをとれる必要がある。

機体が定期整備に入った際にデータをまとめてダウンロードするのでは、飛行からデータ取得までに間が空いてしまい、リアルタイムの状況把握とはいえない。そこでBAEシステムズでは、無線でデータを飛ばして、それをクラウド環境に取り込む手を考えているという。そこでデータ量が増えると通信の負荷が大きくなるから、データ量は抑えたい。

BAEシステムズには、太陽電池駆動UAVのPHASA-35 (Persistent High Altitude Solar Aircraft 35)という機体がある。これを用いて、低消費電力の状態把握用センサーを実地に試しているそうだ。推進用モーターのポッドや主翼の付根、尾翼といった部位において、3次元の加速度計に加えて湿度、気圧、気温の計測を実施しているという。

こうしたセンシング技術の研究・実験に加えて、厳しい運用環境で用いる素材に関する研究も行っている由。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」『F-35とステルス技術』として書籍化された。