航空機産業はどこの国でも、「重要な先端産業」と位置付けられる。すると当然ながら、産業基盤の保護という問題が出てくる。単に経営を成り立たせるというだけの話ではなく、自国の航空機産業が海外企業の手に落ちないようにする、という話も出てくる。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
何かと物議を醸す中国企業
航空宇宙・防衛産業の分野ではここ十数年ほど、中国企業が欧米メーカーを傘下に収める動きが目につく。
例えば、中国航空工業集団(AVIC : Aviation Industry Corporation of China, Ltd.)傘下の中航工業西安飛機工業集団有限責任公司(XAC : Xi'an Aircraft Industrial Corp.)が2009年12月に、オーストリアの複合材料製品メーカー、フィッシャー・アドバンスト・コンポジット・コンポーネンツ社(FACC : Fischer Advanced Composite Components)を買収した。
そのAVICは2013年7月に、ドイツのテイラート・エアクラフト・エンジンズも買収した。同社製のエンジンはユーザーが多く、例えばトルコのTAI(Turkish Aerospace Industries)が開発した軍用無人機・アンカで使われている。AVICは2010年12月にアメリカで、航空機エンジン大手のコンチネンタル・モータースを買収。そのコンチネンタルと、旧テイラートの航空エンジン事業を2014年4月に一本化した。
このほか2011年2月に、AVIC傘下の軽飛行機メーカー・中航通用飛機(CAIGA : China Aviation Industry General Aircraft)を通じて、経営難に陥ったアメリカのシーラス・エアクラフトを買収した。
また、萬豐奥特控股集团(Wanfeng Auto Holding Group)傘下の萬豐通用航空有限公司(Wanfeng Aviation Group)は2016年12月に、オーストリアのダイヤモンド・エアクラフト傘下、カナダ現地子会社のダイヤモンド・カナダについて株式の60%を取得、2017年12月には親会社の方も傘下に収めた。いずれも、軽飛行機を手掛けているメーカーである。
重慶直昇機産業投資公司(CQHIC : Chongqing Helicopter Investment Co., Ltd.)は2012年12月に、アメリカのエンストロム・ヘリコプターを買収した。陸上自衛隊が導入した操縦訓練用ヘリコプター「エンストロム480」(陸自での名称はTH-480B)の製造元だ。もっとも、陸自が採用を決めたのは2010年だから、CQHICによる買収より前だが。
さすがに、そのものズバリの防衛関連メーカーは買収していない。だが、民間向けとみなされるメーカーであっても、エンジンや複合材料製品の技術は軍民両用だ。阻止しにくいところ、目立たないところで、あれこれと買収が行われており、それを通じて市場に入り込んだり、技術を手に入れようとしたりしている状況が見て取れる。
中国に対抗し保護の措置を発令したウクライナと米国
こうした動きに対して、対抗措置を講じる事例もある。例えば、ウクライナ政府はモトール・シーチ(Motor Sich)を国有化した。同社は、以前に取り上げたAn-225ムリヤのD-18Tエンジンなど、さまざまな航空機用エンジンを手掛けているメーカーだ。旧ソ連時代からの経緯により、モトール・シーチ製のエンジンを積んだ機体はロシアにも少なからずある。
実は2017年9月に、中国航空発動機集団(AECC : Aero Engine Corporation of China)の子会社、北京天驕航空産業投資有限公司(スカイリゾン)が、モトール・シーチ株の41%を取得した。この時は、ウクライナの裁判所が「安全保障上の理由から」買収を一時凍結した。そんな経緯もあり、重要なメーカーが海外資本の手に落ちないように国有化という手を打ったわけだ。
アメリカでは、中国企業が航空機メーカーを買収しようとして不発に終わった事例がある。ホーカー・ビーチクラフトがそれだ。同社が経営不振に陥ったところに、2012年7月に北京卓越航空公司(Superior Aviation Beijing Co., Ltd.)が、事業買収に関する独占交渉を開始した。
ところが、同社は米海空軍のT-6テキサンII練習機なども手掛ける軍用機メーカーでもある。防衛部門のホーカー・ビーチクラフト・ディフェンス(HBDC : Hawker Beechcraft Defense Co.)は買収の対象外にするとしていたが、それでも反対意見は収まらなかった。
政治サイドや国防総省が異議を唱えるなら分かるが、労働組合まで反対したというから相当なものだ。そして結局、買収交渉は破談となり、連邦破産法11条に基づく再建手続きに移行。現在はテクストロンの傘下にある。
健全経営も産業基盤保護につながる
ここまでの事例を見ると、経営難に陥ったメーカーが買収対象になる事例が目立つ。会社がつぶれる瀬戸際となれば、生存のためになりふり構わなくなるから、そこで海外企業が触手を伸ばしてくる可能性は大きいわけだ。
そうなると、航空関連の産業基盤を維持するためにはいかにして経営の健全性を維持するか、という話も入ってくることになる。といっても、そのために税金をジャブジャブ突っ込むだけでは解決にならない。
まずは、国家として「航空機産業をどのように育成して、どのような形に持って行くか」という明確なビジョンを持たなければ話は始まらないだろう。それがなければ、企業側も将来の見通しが立たない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。