KDDIは10月27日・28日、ビジネス向けの大型年次イベント「KDDI SUMMIT 2026」を開催中だ。本稿ではイベントのオープニングとして催された、代表取締役社長 CEO 松田浩路氏の基調講演について紹介する。講演のテーマは「一人ひとりを輝かせるAIの可能性を、現実へ」だ。

松田氏の講演で大きなテーマとなったのは「AI前提社会」。携帯電話からスマートフォン、さらにはIoTの登場によってモバイル通信が当たり前になったように、AIが当たり前となる社会にどのような価値を届けようとしているのだろうか。

  • KDDI 代表取締役社長 CEO 松田浩路氏

    KDDI 代表取締役社長 CEO 松田浩路氏

AI時代に重要になる「カスタマーイナーシャ」とは?

松田氏は講演の冒頭、「カスタマーイナーシャ」という言葉を持ち出した。イナーシャとは物理学の「慣性」や「惰性」を表す用語で、これを顧客の行動特性に当てはめたのがカスタマーイナーシャである。

AプランよりもBプランの方がお得になると知りながらも、乗り換えコストや手間が面倒でAプランを使い続ける、という経験は誰もが持っているだろう。

物理学の慣性の法則と同じように、ビジネスの場においても「今までの行動をなんとなく変えたくない」という顧客心理が働く。

  • AIと人の心理からカスタマーイナーシャが生まれる

    AIと人の心理からカスタマーイナーシャが生まれる

AIエージェントが人の代わりにサービスやプランの購買を検討する環境においては、価格やスペックから最適なプランを選んでくれるかもしれない。しかし人がサービスを決めるのは、信頼や愛着など可視化して比較できない判断材料もあるだろう。

松田氏は「最もお得な金利の金融機関にAIが勝手に口座残高を移してしまったら、ぞっとするでしょう。あるいは、ファンクラブのログイン頻度が下がったからといって勝手に解約してしまってはどうでしょうか。AIが合理的に判断する時代だからこそ、心を動かされたという理屈を超えた体験で人はサービスを選択するようになるはず」と解説した。

auショップの上位プラン加入率はオンラインの約3倍、人ならではの価値

とはいえ、なにもAIの登場によって人の判断基準が変化したわけではない。近代マーケティングの父とも呼ばれるPhilip Kotler(フィリップ・コトラー)氏が「the atmosphere of the place, is more influential than the product itself in the purchase decision.(場の雰囲気が、製品そのもの以上に購買決定に影響する)」と唱えたのは、1973年のことだ。

松田氏はこの言葉を引用し「AI時代になってもマーケティングの定石、あるいは、勝利の方程式は変わらないでしょう。変わるのは方程式を因数分解したときの構成要素だと思います」と述べた。どういうことか。

街のauショップを例にすると、接客の"方程式"は「専門知識」「対応の型」「人ならではの温かみ」に分解できる。このうち、専門知識や顧客対応はAIにより高度化の余地があるが、人ならではの温かみをAIで代替するのは難しい。

実際、auショップではオンラインよりも店頭で機種変更をする方が、付加価値の高い上位プランにアップグレードする人の割合が約3倍も高いのだという。ショップスタッフと会話し、納得した上で顧客自身が上位プランを選択していることがうかがえる。

AIによって高度化できる要素はどんどん高度化し、人にしかできない要素に注力できるようになれば、その方程式から生まれる解はより大きな結果をもたらすはずだ。

  • auショップでは上位プランへのアップグレードの割合がオンラインよりも約3倍高い

    auショップでは上位プランへのアップグレードの割合がオンラインよりも約3倍高い

AIで通信品質の最適化期間を2年から1カ月弱に短縮

松田氏がもう一つの例として挙げたのが、「つながる体感 No.1」(Opensignalによる通信体感分析)を実現した通信エリア品質の方程式。

エリア品質の方程式を分解すると「ロケーション」「通信容量」「パラメータ最適化」の要素に分解できる。このうち、通信容量に応じた周波数の分配と、エリア環境に応じたパラメータの最適化には、AIを活用できる。

従来は最適な容量やパラメータを見つけるためにおよそ2年がかかっていたのだが、ここにAIを使うことでわずか1カ月弱まで期間を短縮できるようになったという。

残る要素であるロケーションでは、基地局を設置するために地道に設置先に訪問を重ねて協議を進め、信頼してもらうことで最適な配置を実現している。ここはやはりAIではなく人が必要だ。

  • AIを活用することで人は人ならではの業務に集中できるようになる

    AIを活用することで人は人ならではの業務に集中できるようになる

KDDIが高輪・山口・堺に共創拠点、新産業の創出を目指す

続けて松田氏は、産業創出の実践拠点となる「アライアンスパーク・プロジェクト」を発表した。

  • 松田氏が「アライアンスパーク・プロジェクト」を発表

    松田氏が「アライアンスパーク・プロジェクト」を発表

これはパートナーと共に新たな産業を創出する実践の場として展開するプロジェクトで、本社のある東京・高輪を「未来への実験場」、山口を「宇宙との玄関口」、大阪・堺を「AI実装の発進基地」と位置付け、各地の地域の特色を生かした社会実装を進めるものだ。

高輪ではJR東日本をはじめ、さまざまなスタートアップや大企業、学術機関などと連携した共創を進める。

KDDI山口衛星通信所には商用衛星通信用として国内最大級のパラボラアンテナを備えることなどから、宇宙産業関連のマッチングや企業共創を促す。これに先立ち、KDDIと山口県は9月に、地域課題の解決に向けた包括連携協定を締結した。

両者はこの協定に基づき、先端技術を活用した産業振興や人材育成によるDX(デジタルトランスフォーメーション)推進、ドローンを活用した地域防災、位置情報データを活用した観光振興などに取り組む予定だ。

堺データセンターを中心とする「AI実装の発進基地」には、AIモデル開発企業に加え、ロボティクス、モビリティ、研究機関など多様なプレイヤーを集める。特に自動運転車やロボット、ドローンなどを拠点内や近隣の産業現場で稼働させ、そこで得られるデータを改良に活用する。

また、KDDIとELYZAは、フィジカルAI事業を推進する新会社「ELYZA Robotics」を設立し、10月1日に事業を開始した。同社はロボット基盤モデルの研究開発から現場への導入までを一貫して担う。KDDIグループは2030年度までに研究開発へ300億円を投資し、1,000台以上のロボットを現場に導入することを目指す。

  • 堺では新会社「ELYZA Robotics」が事業を開始

    堺では新会社「ELYZA Robotics」が事業を開始

KDDIは堺データセンターの計算基盤をさらに高度化するため、2027年度に「NVIDIA HGX Rubin NVL8」を導入予定。NVIDIA Blackwell世代と比べてメモリ容量が約1.4倍、メモリ帯域幅が約2.1倍、FP4演算性能が約2.8倍に向上している。推論におけるスループットは最大10倍相当だ。

松田氏は「高輪、山口、そして堺。かつて人が集まり時代を動かしてきた土地に、情熱を持ったパートナーが集う舞台を再び作りたいです。KDDIが全国に張り巡らせるデジタルベルト構想の強靭なインフラの上に、産業を興す実践の場としてアライアンスパーク・プロジェクトを立ち上げます。共に次の時代を動かす皆様とご一緒できることを楽しみにしています」会場にメッセージを送り、基調講演を結んだ。

  • KDDI 代表取締役社長 CEO 松田浩路氏