電話やメールだけでなく、電車に乗るとき、コンビニで買い物をするとき、SNSで推しの写真を眺めるとき――。もはやモバイル通信は私たちの生活に欠かせない。普段その存在を意識する機会は少ないが、むしろ「つながって当たり前」と感じているからこそ、スマートフォンが圏外になると不安に感じる。

災害時ならばなおさらだ。遠く離れた家族や友人が無事なのか、一刻も早く確認したい気持ちは誰もが抱くだろう。私たちの生活に不可欠なモバイル通信の「当たり前」は誰がどのように支えてくれているのだろうか。

今回はそんな疑問を解消するため、東京都多摩市にあるKDDIネットワークセンターを見学してきた。

  • ネットワーク監視室

    ネットワーク監視室

ネットワーク運用を高度化 生成AIで障害対応時間を短縮

今回見学したネットワークセンターは、日々の通信を24時間365日体制で監視・運用している現場だ。運用の自動化を進めるだけでなく、大阪拠点と運用を「ミラー化」し一体化している点が大きな特徴である。

KDDIの執行役員を務める杉崎広正氏は「当社は2030年に向けたビジョンとして『つなぐチカラを進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる』を掲げている。災害に備えて命をつなぐ、地域の発展を支えて暮らしをつなぐ、豊かなデジタル社会を通じて心をつなぐ、という3つのポイントを未来に向けて進化させていきたい」と、展望を示していた。

  • KDDI 執行役員 コア技術統括本部 オペレーション本部長 杉崎広正氏

    KDDI 執行役員 コア技術統括本部 オペレーション本部長 杉崎広正氏

KDDI、およびネットワークの運用監視・保守・保全を担う子会社KDDIエンジニアリングは運用の高度化を目的として、2016年に約2000業務の可視化と標準化に着手したという。

その後、約4000件のシステム要件を整理し、運用を自動化するシステムを構築。2021年にはスマートオペレーションを実現し東京・大阪の2拠点化に成功した。

現在はさらなる運用高度化に向け、生成AIを活用した障害検知や復旧支援にも挑戦しているとのことだ。

  • スマートオペレーション実現に向けた取り組み

    スマートオペレーション実現に向けた取り組み

運用を自動化したことで、従来は熟練の人出による調査や対応が必要だった業務を、ゼロタッチ / ワンタッチで対応できるようになった。

具体的には、ダッシュボードを活用した「情報基盤」、ネットワークの状態や障害を監視する「サービス監視基盤」、設備のアラームやインシデント管理のオペレーションを効率化する「自動化基盤」の3層で運用を行っている。

  • ゼロタッチ / ワンタッチで障害に対応するスマートオペレーション

    ゼロタッチ / ワンタッチで障害に対応するスマートオペレーション

KDDIエンジニアリングでネットワーク監視センター長を務める松本貴広氏によると、生成AIを用いた復旧支援AIエージェントの活用も進んでいるという。

  • KDDIエンジニアリング 運用保守事業本部 ネットワーク監視センター長 松本貴広氏

    KDDIエンジニアリング 運用保守事業本部 ネットワーク監視センター長 松本貴広氏

これは、障害が発生している複数のサービスにまたがる情報を統合して相関性などを分析することで、大規模障害の原因を迅速に切り分け可能な仕組みだ。

AIエージェント導入後にまだ大規模障害が発生していないため試験段階のデータではあるが、従来は対応に数十分を要するような障害に対し、10分程度で対応できることが確認できたそうだ。

  • 復旧支援AIエージェントの活用例

    復旧支援AIエージェントの活用例

災害時の復旧強化に向け車載基地局や電源車を拡充

日々の安定運用もさることながら、ネットワークにおいては大規模災害発生時の早期復旧も重要だ。地震や土砂災害では多くの場合、電源もしくは光回線のダメージにより影響が出る。

電柱の倒壊など電力ケーブル切断による停電に対しては、発電機を搭載した電源車やポータブル発電機が活躍する。基地局にも蓄電池は設置されているものの、およそ24時間以内に使い切ってしまうため、早期の対応が求められる。

  • 電力ケーブル切断への対応

    電力ケーブル切断への対応

もう一方の光回線の切断時には、車載型・可搬型の基地局が使用される。光回線ではなく衛星回線を利用することで迅速なエリア復旧を可能としている。

  • 光回線切断への対応

    光回線切断への対応

2011年の東日本大震災から15年が経ち、KDDIは災害対策機材を強化してきた。車載型基地局は15台から67台(Starlink含む)へ。電源車と非常用発電機は55台から約1400台まで増加している。その他、水陸両用車や四輪バギー、船舶型基地局など、多様な環境に対応できる設備を増やした。

  • ポータブル発電機

    ポータブル発電機

  • 組立式衛星アンテナ(写真中央)

    組立式衛星アンテナ(写真中央)

被災地にも「つながる」を届ける、能登半島地震で見えたStarlinkの力

2024年1月に発生した能登半島地震で特に活躍したのが、低軌道衛星を利用した通信サービス「Starlink(スターリンク)」だ。

  • Starlinkアンテナ

    Starlinkアンテナ

Starlinkには主に2つの用途があり、1つは光回線が切断された基地局のバックホールへの活用、もう1つはWi-Fiサービスエリア構築への活用だ。Starlinkアンテナは従来型の組立式衛星アンテナと比較して軽量で、設置時間が短く、通信速度は約10倍に向上している。

  • 回線復旧に向けたStarlink活用

    回線復旧に向けたStarlink活用

  • Starlinkを用いた避難所支援

    Starlinkを用いた避難所支援

KDDIでネットワーク強靭化室長を務める欅田直也氏は「能登半島地震のサービス復旧時には移動基地局や発電機などを投入し、1日最大500人態勢で対応した。設置場所の雪かきやそりを使った機材搬送など、現場で工夫を重ねながら復旧を進めた」と振り返った。

同社はさらなる被災地支援として、避難所に350台、自治体や医療機関など市外対応機関に200台のStarlinkアンテナを無償提供した。

  • KDDI コア技術統括本部 オペレーション本部 ネットワーク強靭化推進室長 欅田直也

    KDDI コア技術統括本部 オペレーション本部 ネットワーク強靭化推進室長 欅田直也

KDDIは今後、災害時のさらなる迅速な通信復旧に向け、NTTドコモやソフトバンク、楽天モバイルらと共に「つなぐ×かえる」プロジェクトにより通信事業者間の連携を強化し、船舶や給油拠点の共同利用を進める。

また、1つの自治体に各社が集中するのではなく、各社がエリアを分担して支援することで、速やかな復旧にもつなげるという。

  • 他の通信事業者とも連携を強化する

    他の通信事業者とも連携を強化する

ネットワーク監視室に並ぶ大型モニターや設備は印象的だった。しかし、それ以上に心に残ったのは、通信障害を未然に防ぎ、災害時にも通信を守ろうとする人たちの存在だった。

筆者が能登半島地震で被災した際、家族や友人から心配のメッセージが届いたことを思い出す。通勤中に動画を見ることも、災害時に大切な人と連絡を取れることも、決して当たり前ではない。その裏側には、24時間365日、通信を見守り続ける人たちの活躍がある。

見学を終えた帰り道、何気なく見たスマートフォンの画面に表示されたアンテナマークが、昨日よりも少しだけ特別なものに見えた。

  • Starlinkアンテナと、基地局を搭載した車

    Starlinkアンテナと、基地局を搭載した車