• 両親媒性シクロデキストリンとその真菌に対する作用メカニズムの模式図 (出所:名工大ニュースリリースPDF)

    両親媒性シクロデキストリンとその真菌に対する作用メカニズムの模式図 (出所:名工大ニュースリリースPDF)

重篤な真菌感染症が世界的に急増しており、中でも、侵襲性カンジダ症の致死率は60%を超えるとされる。

現在、臨床で使用されている抗真菌薬は3クラスしか存在しない上、それらに対する耐性菌が出現しており、臨床現場で深刻な問題となっている。このため、新たな抗真菌薬が強く求められているが、真菌はヒトと同じ真核生物であるため、ヒトの細胞に影響を与えず、真菌だけを標的とする薬剤を開発する必要があるものの、それは容易なことではない。

そうした中、名古屋工業大学(名工大)は、細胞膜を障害する官能基を細かく調整することで、赤血球を傷害せずに真菌の細胞膜を選択的に破壊し、高い抗真菌性を示す物質を発見したことを10月16日に発表している。

同成果は、名工大 生命・応用化学類の宮川淳准教授、同・山村初雄教授、同・山本靖准教授、就実大学 薬学部の加藤久登講師、同・増田和文教授、神戸常盤大学 保健科学部の大澤佳代教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会が刊行する、メガオープンアクセスジャーナル「RSC Advances」に掲載された。

真菌だけ標的とする薬剤開発の課題と突破口

真菌性疾患は、現在、世界で毎年3億人以上に影響を及ぼし、高い致死率や病態の長期化、生産性の著しい低下を引き起こす深刻な社会問題となっている。しかも、現在の抗真菌薬はアゾール系、キャンディン系、ポリエン系の3クラスしかない上に、これらの耐性菌が出現しており大きな脅威となっているが、ヒトの細胞に毒性を示さず真菌だけを標的とする薬剤の開発はきわめて困難だ。

研究チームはこれまで、簡単かつ短時間で化合物を結合させる「クリックケミストリー」と、マイクロ波を活用した有機合成を組み合わせ、オリゴ糖の一種「シクロデキストリン」に官能基を効率よく導入する方法を研究してきた。そしてその合成法を用いて、系統的に変化させた官能基を持つ「両親媒性シクロデキストリン誘導体」から構成される中分子ケミカルスペースを構築し、細菌の膜を効果的に障害し、抗菌性を示す物質を見出してきた。

両親媒性とは、親水性と疎水性の双方を併せ持つ性質を指す。また医薬品開発で注目されている中分子とは、分子量約500〜3,000の化合物のことで、低分子と高分子の長所を兼ね備える。その開発基盤となる多様な分子を揃えたものが中分子ケミカルスペースだ。

今回の研究では、この中分子ケミカルスペースを活用し、真菌の細胞膜を障害して優れた抗真菌性を発揮する物質を探索することにした。

今回の研究成果

一般に、細胞膜の表面にはマイナスの電荷を帯びた脂質のリン酸基が存在し、膜内部は疎水的な性質を持つ。そこで、アルキルアミノ基を導入したシクロデキストリン誘導体であれば、プラス電荷を帯びたアミノ部が膜表面のリン酸基に、疎水的なアルキル部が膜内部にそれぞれ作用することが考えられ、真菌膜に作用する可能性があった。

そこで、中分子ケミカルスペースの中から、アルキル部を少しずつ変化させたアルキルアミノ基を持つ誘導体を選んで合成し、それらの真菌に対する抗菌性が調べられた。すると、炭素数4のブチルアミノ基を持つ誘導体はほぼ抗真菌性を示さなかったのに対して、炭素数6のヘキシルアミノ基および炭素数7のヘプチルアミノ基を含む誘導体は顕著に増殖を抑えることが確認された。また、薬剤耐性真菌にも効果があった。この誘導体の作用機序が細胞膜障害であることは、誘導体が真菌の細胞膜を障害した際に、細胞内からカリウムイオンが漏出し、同時に真菌が殺菌されることから確認された。

さらに、抗真菌薬(ポリエン系抗生物質)の「アムホテリシンB」との比較が行われた。その結果、シクロデキストリン誘導体はアムホテリシンBのような小孔を形成するのではなく、界面活性剤のように細胞膜全体を障害していることが示唆された。

一方、動物細胞に対する毒性として赤血球を破壊する溶血性試験が行われた。すると、高い抗真菌性が示されたヘキシルアミノ基を持つ誘導体もヘプチルアミノ基を持つ誘導体も、いずれも高い溶血性(高毒性)を示すことがわかった。これは、赤血球の膜が破壊されることを意味する。

そこで研究チームは、真菌細胞膜に作用する部分が増えればより強い作用が表れ、そのためにはアルキル部とアミノ部のバランスをコントロールすれば、高い抗真菌性と低い溶血性を両立できると考察。そして、抗真菌活性は低いものの、溶血性をほとんど示さなかったブチルアミノ基の末端に、アルキルアミノ基を結合させた誘導体が合成された。系統的な炭素数の変化によるファインチューニングを行って探索を続けた結果、期待どおり、低い溶血性を維持しながら高い抗真菌性を現す物質が発見された。

同様に、溶血性をほとんど示さなかったペンチルアミノ基にアルキルアミノ基を結合させた場合にも、優れた活性を示す誘導体が発見された。これらの物質は、将来的に静脈注射で投与が可能となることが期待され、アムホテリシンBのように、侵襲性真菌症の治療に用いる薬剤になる可能性があるという。

  • (A)真菌に対する抗真菌性(最小発育阻止濃度)。(B)赤血球に対する溶血性 (出所:名工大ニュースリリースPDF)

    (A)真菌に対する抗真菌性(最小発育阻止濃度)。(B)赤血球に対する溶血性 (出所:名工大ニュースリリースPDF)

今回の研究では、既存の3クラスの抗真菌薬とは異なる作用機序によって抗真菌性を示す物質を発見し、第4のクラスとなる新薬の開発が有望であることが提示された。研究チームはすでに特許を出願しており、今後はこれを創薬シーズとして、新たな真菌感染症治療薬の開発を目指す方針だ。

さらに、今回の研究により、抗真菌性物質の探索において両親媒性シクロデキストリン分子ケミカルスペースの有用性が明示された。このケミカルスペースは、抗真菌薬開発にとどまらず、すでに薬剤耐性細菌感染症治療薬の開発にも活用されている。また、その他の機能を持つ物質を探索することにも応用可能であり、さらなる研究開発の加速が期待されるとしている。