【シリーズ連載◎日本再生 日本は米中の狭間でどう動くべきか】日興リサーチセンター理事長・山口廣秀(第2回)

「財源なき財政歳出拡大ということを、市場は心配している」─山口氏はこう指摘する。同時に、高市政権が進める370兆円の官民投資などの財政拡張を市場は懸念しているという見方。また、為替の円安が続く中、「円安は国力を反映している」と話す。こうした状況下、日本はどのような経済運営をすべきなのか。山口氏はキーワードとして「新陳代謝」を挙げる。企業の活力を高めるための政策が求められている。

 日本は円安を どこまで許容できるか?

 ─ 前回、複雑化する国際情勢の中での日本の立ち位置についてお聞きしましたが、今は大局観を持った政治、経済活動が求められていますね。

 山口 そう思います。国と国との関係は、単純ではありません。互いの利害を考えながら、双方にとってWINーWINとなる領域をみつけていくことが必要だと思います。

 ─ 山口さんご自身も、民間ベースで中国とのパイプづくりに取り組んでおられますね。

 山口 ええ。「東京―北京フォーラム」という会合に関わっています。このフォーラムでは、武藤敏郎・元財務事務次官が日本側の実行委員長を務めています。私は、元駐中国大使の宮本雄二さんとともに副実行委員長を務めています。

 フォーラム全体としては、高市首相の台湾有事を巡る発言以降、開催が延期されるなど、活動が止まっています。ただ、私自身が築いてきた中国社会科学院とのパイプは維持しており、今も連絡を取り合っています。

 ─ お互いに会合を続けようという意思はあるんですか。

 山口 あります。首脳間の政治対話はもちろん重要ですが、私たちは、まず自分たちにできることから進めていこうと話しています。日中関係は、これまでの歴史を振り返っても、常に波静かだったわけではありません。

 関係がよかった時期もあれば、12年の尖閣諸島を巡る問題のように悪化した時期もありました。そうした波を乗り越えていくことが外交だと思います。その姿勢が今、強く求められているのではないでしょうか。

 ─ 経済面では、日本は円安が続いています。これをどう捉えていけばいいのか。

 山口 過去には1ドル70円台という過度な円高があり、産業界からは厳しいという声が多く聞かれました。その後、125円程度の水準になった時にも、資源・エネルギーの輸入価格が上がるため、「円安もここまで来ると限界だ」という声が挙がりました。

 潜在成長率を含め、一国の成長力に対する期待が高い時には、通貨高になりやすいものです。過去には円高が行き過ぎた時期もありました。

 一方、これまでの円安方向の動きは、基本的に日本の国力を反映していると思います。ですから、これを一気に円高方向で安定させることはできませんし、その必要もないでしょう。

 ほどほどの円安は輸出企業にとってプラスに働きます。1ドル150円台から160円程度の水準であれば、あまり神経質になりすぎる必要はないと思います。

 ただし、財政が非常に放漫で、「財政破綻まではいかなくとも、財政が立ち行くのか」という不安が市場に広がることで起きる円安はいわば「悪い円安」です。この場合、1ドル170円、180円という思わぬ円安に進む可能性もあります。いくら日本の国力が少しずつ低下しているとしても、これは歓迎できません。

 ─ 足元で物価上昇率は実質的には3%程度ですから、インフレと見ていいでしょうか。

 山口 デフレは確実に克服しており、すでにインフレの世界に入っています。したがって、インフレをどうコントロールするかが重要です。

 しかし、政府や財界からは「日銀が金融を引き締めた方がよいのではないか」という声がでないことに、私は忸怩たる思いがあります。日銀には、頑張ってもらいたいと思います。

 ─ 日銀のカジ取りも難しくなっていますね。

 山口 難しいですね。ただ、金融政策の正常化はすでに遅れています。物価上昇率が2%を超えたのは数年前ですから、もっと早めに手を打ってもよかったのではないかと思います。

 政府は財政支出によって、表面上の物価上昇を抑えようとしてきました。しかし、政府は、既に日本がデフレを克服し、インフレを制御しなければならない局面に入ったことを国民にはっきり説明すべきです。

 ─ 高市政権は「責任ある積極財政」を掲げていますが、市場としては円安方向と見ているわけでしょうか。

 山口 財政収支が大きく崩れ、「この先、財政が持つのか」という不安が広がることへの懸念があります。市場は、財源なき歳出拡大を続ける政府の姿勢を懸念しているのだと思います。

 22年に英国では、財源の裏付けに乏しい大規模減税策を受けて、通貨ポンドの急落と英国債価格の下落、すなわち国債利回りの急上昇を招き、金融市場の大きな混乱が発生しました。これがいわゆる「トラス・ショック」です。日本はまだ、そこまでの状況には至っていません。

 市場には、日本政府が財政赤字をどのようにファイナンスするのかについて、それなりの知恵を出すだろうという期待がなお残っているのでしょう。この期待が残っているうちに、財源なき歳出拡大に歯止めをかけなければいけません。

 ─ 市場が反応しているわけですから、当然政府も意識するはずですね。

 山口 そう思います。であればこそ、政府は為替介入を含むさまざまな手段を講じているのでしょう。

 ─ 日米共同による為替介入を受けて、財務官の三村淳氏が「日米通貨同盟」という言葉を使っていました。

 山口 同盟的な発想の下、双方にとって望ましい為替相場を目指すという意味であれば、そうした面はあるのかもしれません。

 ただし、為替介入の効果には限界があります。米国では物価が高く、景気も底堅い状況にあります。その中で金融緩和を進めようとすれば、市場の考えと逆行し、反発を受けることになります。為替介入だけで相場を動かそうとしても、長続きはしません。

 数百社がしのぎを削る中国の市場経済

 ─ こうした状況下、経済運営はどうあるべきだと。

 山口 最優先事項は、新しく生まれようとする企業を支え、そうした企業にきちんと市場を提供すること。つまり、新陳代謝を促すことです。

 2040年度までに戦略17分野で見込まれている370兆円超の官民投資について、政府がどれだけを負担するのかは分かりません。しかし、それだけの資金が本当に動き出すかというと、私は慎重にみています。

 企業はそこまで簡単には資金を投じません。投資には相当に慎重で、緩やかな動きになるでしょう。そうした中で、本来なら市場から退出すべき企業を政府の支援で延命させることになれば、具合が悪い。新陳代謝を促す工夫が必要だと思います。

 競争を通じて、元気な企業がますます元気になることが重要です。成功もあれば失敗もあるという産業構造、企業構造にすることが、この国を強くします。

 企業が常に政府のお金で助けられている状態は、この国の力を削いでしまいます。そうした世界から脱し、互いに切磋琢磨し、競争しながら生き残っていく環境をつくるべきだと思います。

 ─ 例えば中国では各産業で数百社が生き残りを賭けて競争し、勝ち残った企業が世界に出ている。見習うべき点もありそうですね。

 山口 そう思います。私も深圳を訪れ、自動運転やスタートアップの現場を目の当たりにしました。深圳は非常に活気がありました。一方、隣の広州では不動産不況の影響が強く、暗い雰囲気がありました。そのコントラストが印象的でした。

 BYDをはじめとする中国の自動車メーカーが、技術力を高め生産性を引き上げていくスピードに、日本の自動車メーカーはついていけていないのではないでしょうか。中国には激しい競争があるからです。次々に新しい企業が生まれ、競争しています。当然、退出する企業もあります。

 ─ 中国経済のあり方を「国家資本主義」と言いますが、中国式市場経済と言ってもいいでしょうか。

 山口 難しいところです。確かに国家が関与している部分は多くあります。しかし、あの競争の激しさをみると、中国的な市場経済が形成されていると思います。政府が経営不振に陥った企業をすべて救済しているわけでもありません。ある意味では、日本より市場主義的かもしれません。

 ─ 改めて、日本において国の役割をどう考えますか。

 山口 潜在成長率が低いからといって、すぐに財政投入で対応しようとするのはやめた方がいいと思います。財政に頼るのではなく、細かいものも含めて、規制を着実に見直していくべきです。

 これには、労働市場改革も含みます。税制についても、単に中小企業を助けることだけに重点を置くのではなく、企業間の競争を促す仕組みに変えるべきです。そうした観点から財政の在り方を見直していけばいいと思います。バラマキでもってかえって経済を殺すことにならないようにしなければいけません。

 日本の農業はどうあるべきか?

 ─ 日本では農業も大きな課題です。昨年は米の価格が大きく上昇し、今年は半値という状況で生産農家が困っています。食料自給率が38%という状況も続きます。どう考えますか。

 山口 どのような危機を想定するかにもよりますが、日本だけが孤立し、海外との貿易なしに食料を自給できるかというとそれは無理です。自給率は引き上げるべきだと思います。もう少し高い自給率を目指すべきではないでしょうか。

 そのために必要なのは、より自由な貿易です。コメ一つを取っても、輸出入をもっと自由にすればよいと思います。その結果、価格が下がり、農家の所得が減るのであれば、政府が所得を補償する。

 その方が制度として明確です。政府や行政が需給見通しを立て、細かくコントロールしようとしても難しい。基本的には市場に任せるべきです。

 国民の嗜好も変化しています。コメよりパンを選ぶ人も増え、コメの価格が高くなれば、別の食品を選ぶ動きも出てきます。また地球温暖化の下でコメの品質にも変化が生じ、これが実質的に供給を減らす要因となることも考えられます。

 こうした需給の変化を正確に予測することはできません。状況に応じて柔軟に輸出入できる、弾力性のある市場にすべきだと思います。

 一方で、国内の生産量が極端に減ることは望ましくありません。一定程度の供給力は国内で確保しなければなりません。そのために国内で生産を続けてもらい、生じた損失は国が補償する。財政に余裕がない中でも、こうした分野には財政を使うべきだと思います。

 ─ 企業が今以上に農業に参入すべきだという意見もありますね。

 山口 もっと広げればいいと思います。現在、法人による農地の賃借は可能ですが、所有は自由ではありません。ここに道を付けるかどうかですが、私はやるべきだと考えています。

 農家の高齢化が進み、耕作放棄地も広がっています。こうした農地を集約し、一定規模の土地にまとめる農地バンクの仕組みがあります。その使い勝手をさらに良くし、企業が農地を集め、所有できるようにするべきです。

 私は、「農林水産業みらい基金」という基金を通じて、新しい発想のプロジェクトに返済・配当不要の資金を提供する活動に10年以上関わっています。若い人たちが、農林水産業に新たな仕事やコミュニティーを求めて参入する動きもあり、非常に期待しています。

 農林水産業は国の基本です。この分野が豊かでなければ、国全体も豊かにはなりません。

 ─ 状況は難しいですが、日本としても知恵を出していくべき時ですね。

 山口 日本が苦しい状況に陥った時には、それを何とか突破しようとする人が必ず出てきます。苦しくなればなるほど、頑張る人が現れるのが日本です。私は、そうした底力に非常に期待していますし、それは私の確信に近い思いでもあります。

 ─ 全産業にAIが絡んでいますが、どう向き合いますか。

 山口 AIが今後どのように発展していくかを考えると、AIがAIを攻撃するような、自律的なAI戦争が起きる恐れもあります。そこにどうブレーキをかけるかを考えなければなりません。

 蒸気機関や自動車は、機械同士で争うことはありません。しかし、AIはAI同士で争う可能性があります。ここが従来の技術とは決定的に異なります。人間がどう制御するのかは、人類にとって未知の試練です。

 一方、暗記や百科事典的な情報整理は、AIに任せればよいと思います。ただし、AIは誤った情報を示すことがあります。その間違いを見抜く能力が必要です。

 単なる知識量を超えて、人間がAIを上回る付加価値を生み出せるかどうかが、すでに問われています。リスクにひるんで動かなければ、そこで終わりです。最後は、人間がリスクをとって決断できるかどうかが問われるのだと思います。(了)