はじめに

コロナ禍以降、働き方は大きく変化しました。なかでも、「場所に縛られず働ける」「通勤時間を削減できる」「ライフスタイルに合わせて柔軟に働ける」といったメリットを持つフルリモートは、IT業界を中心に急速に普及しました。

実際に、レバテックがIT人材3,000名を対象に実施した調査では、「週5日以上リモートで勤務している」と回答した人は20.8%にのぼり、約5人に1人がフルリモートで働いていることが分かっています。また、現在リモートワークを行っている正社員に対し、今後もリモートワークを継続したいかを尋ねたところ、「強くそう思う(45.8%)」「そう思う(29.5%)」を合わせて75%を超え、多くの人がリモートワークの継続を望んでいることが明らかになりました。

  • グラフ:リモートワークの実施頻度
  • グラフ:今後リモートで働き続けたいか
  • IT人材3,000名を対象にしたレバテック調査より、リモートワークの実施頻度/今後リモートで働き続けたいか

こうした価値観の変化は、転職市場にも大きな影響を与えています。コロナ禍以降、「フルリモートで働きたい」「通勤時間を減らしたい」「居住地に縛られずに働きたい」といった希望を持つ求職者が増加し、「全国どこからでも勤務可能」「原則出社不要」といったフルリモート求人が増加しました。

しかし現在、その状況には変化が生じています。

転職市場全体を見ると、フルリモート求人は依然として存在するものの、その数は以前ほど多くありません。企業による出社回帰の動きも広がりつつあり、「フルリモート前提」の採用方針を見直す企業も増えています。

なぜ今、フルリモート求人は減少しているのでしょうか。そして、その変化は今後のキャリア形成にどのような影響を与えるのでしょうか。本記事では、転職市場で起きている変化の背景を整理するとともに、これから市場価値を高めていくために意識すべきポイントについて、転職支援の現場で見えている実態をもとに解説します。

市場で何が起きているか

まず結論から言うと、フルリモートという働き方そのものがなくなったわけではありません。しかし、転職市場全体で見ると、フルリモート求人は徐々に減少傾向にあります。

実際にレバテックの求人動向データを見ると、新型コロナウイルス感染拡大を契機に急増したリモートワーク求人は転換期を迎えています。「フルリモート」の求人はピーク時からやや減少傾向が見られる一方、「リモートワーク不可(原則出社)」の求人は2023年後半以降増加しており、転職市場では出社回帰の動きが鮮明になりつつあります。

  • グラフ:IT人材の求人におけるリモートの可否の比率

    レバテックの求人動向データより、IT人材の求人におけるリモートの可否の比率

この背景には、国内外で進む働き方の見直しがあります。2023年頃からは、これまでリモートワークを積極的に推進してきた海外の大手テクノロジー企業が、従業員に一定頻度の出社を求める方針へと転換しました。それに伴い、「完全リモートワークは本当に組織にとって最適なのか」という議論が活発化しています。

日本においても、コロナ禍ではリモートワークを前提とした採用が広がりましたが、その後はオフィス出社を取り入れる企業が徐々に増加しています。現在では、かつてフルリモートを前提としていた企業であっても、週1~3日程度の出社を求めるケースは珍しくありません。

こうした変化は、転職を検討する人にも影響を与えています。実際に転職相談の現場では、「フルリモートを前提に入社したものの出社方針へ変更された」「地方へ移住した後に出社を求められるようになった」「転職活動を始めてみたらフルリモート求人が想像以上に少なかった」といった声を耳にする機会が増えています。

なぜフルリモート求人は減っているのか

フルリモート求人が減少している背景には、大きく二つの変化があります。

一つ目は、AIの進化です。生成AIの登場によって、これまで人が担っていた定型業務や個人完結型の業務の一部は急速に効率化されるようになりました。もちろん、エンジニアの需要そのものがなくなるわけではありません。しかし、単純な実装や作業そのものの価値は相対的に低下しつつあります。

その結果、企業が求める人材像も変化しています。

これまで重視されていた「作れる人」だけではなく、課題を発見できる人や周囲を巻き込みながら意思決定を進められる人の価値が高まっているのです。

近年注目を集めるFDE(Forward Deployed Engineer)は、その象徴的な存在と言えるでしょう。

FDEは単にシステムを開発するだけではありません。顧客の現場に入り込み、課題を発見し、技術を用いて事業成果につなげる役割を担います。求められるのは技術力だけでなく、顧客との対話力や課題解決力です。最近IT業界で注目されている「FDE(Forward Deployed Engineer)」という職種も、この変化を象徴しています。FDEはエンジニアリングスキルを軸にしながら顧客の現場に入り込み、課題発見から解決まで伴走するポジションです。

つまり、AIによって「何を作るか」よりも、「どのように課題を解決するか」の重要性が高まっているといえるでしょう。

二つ目は、求められる役割の変化です。

リモート環境と相性が良いのは、成果物が明確に定義されている仕事や個人で完結しやすい仕事と言われていますが、以下のような職種では、年収や役割が上がるほど出社を前提とした働き方が増えています。

  • ITコンサルタント
  • プロジェクトマネージャー
  • PMO
  • プロダクトマネージャー
  • エンジニアリングマネージャー
  • 事業責任者候補

上記の職種の中でも特に年収が1,000万円を超えるようなハイレイヤー層に関しては、個人のアウトプットだけではなく周囲を動かしながら成果を最大化する仕事が求められます。

もちろん、オンライン会議やチャットツールを活用すれば業務を進めることは可能です。しかし、プロジェクトが難航している場面や、顧客との信頼関係を構築する場面、組織の方向性を揃える場面では、対面コミュニケーションが大きな価値を発揮します。

そのため現在の転職市場では、フルリモートでも成果を出しやすい職種・役割と、対面での価値発揮が求められる職種・役割への二極化が進んでいるといえるでしょう。

「出社=古い働き方」と捉えられやすいですが、ハイレイヤー層の出社に関しては、勤務時間の管理やパフォーマンスの管理ではなく、「より大きな成果を出すために、人と直接関わる機会を増やす」という大きな目的の元成立しています。

つまり、フルリモート求人が減っているのは、企業が働き方を元に戻そうとしているからという理由だけではありません。AI時代を背景に、企業が求める価値そのものが変化し、それに伴って最適な働き方も変わり始めているのです。

これから市場価値を上げたいと考える方へ

結論から申し上げると、重要なのは「出社かリモートか」という働き方の二択に縛られないことです。本当に考えるべきなのは、「自分の市場価値を高めるために、どのような経験や環境が必要なのか」という視点です。

転職相談の現場でも、「リモートワークを続けたい」「年収を上げたい」というご相談を多くいただきます。そこで、それぞれの観点から市場価値を高めるために必要なことを見ていきましょう。

リモートで働き続けたいなら、専門性を磨く必要がある

フルリモートという働き方を維持したいのであれば、場所に依存せず成果を出せる専門性が重要になります。

企業が出社回帰を進めたとしても、「この人でなければ任せられない」と思われるほどの専門性があれば働き方の選択肢は広がります。実際、高いリモート頻度を叶えている方の中には、正社員として企業に所属するという選択肢だけではなく、フリーランスとして複数企業に所属する選択肢を持つ方もいます。つまり、フルリモートという働き方を守るためには「リモートができる会社を探す」だけではなく「どこにいても必要とされる人材になる」という視点が重要です。

具体的にフルリモートを今も継続している企業は、一例として「クラウド構築やクラウド上での開発に強みを持つ」や「データ活用/AI活用を軸とする」といった特徴を持ちます。オンプレ環境よりはクラウド環境の方がリモートはしやすい、といった具体的なスキル毎の特徴もあるので、気になる方は是非エージェントとの面談などでご自身のスキルについて確認してみてください。

年収を上げたいなら、上流力やマネジメント力を磨く必要がある

一方で、年収アップやより大きな裁量を求める場合は、求められる能力が変わってきます。

高年収ポジションになるほど、

  • 事業やプロジェクト全体を見る力
  • 関係者を巻き込む力
  • 意思決定を進める力
  • 組織を動かす力

が求められるようになります。そして、こうした能力を発揮するためには一定の対面コミュニケーションが必要になる場面も増えてきます。

事業会社においても、実行者として成果を出す立場から、事業責任者や意思決定者に近い立場へステップアップするほど、社内外の関係者とのコミュニケーション機会は増えていきます。

もちろん、オンライン環境でもこうした役割を果たすことは可能です。しかし、複雑な課題を解決する場面や、組織の方向性を揃える場面、信頼関係を構築する場面では、対面コミュニケーションが大きな価値を発揮することも少なくありません。

そのため、年収や影響範囲を広げていくキャリアを目指す場合、「必要な場面では対面も活用しながら成果を最大化すること」が求められるケースが増えています。

また、求人票には「フルリモート」と記載されていても入社直後のタイミングで出社回帰へ方針転換されるケースや昇格に伴い出社義務が発生するケース、会社の業績悪化を機に出社を義務付けられるといったケースが散見されるようになっています。

今後のキャリアを考える上で重要なのは「出社かリモートか」という働き方に囚われず、自身の市場価値を高めるためにどのような環境が必要なのかという視点を持つことです。

場所に縛られず働き続けたいのであれば、どこにいても成果を出せる専門性を磨く必要があります。一方で、より大きな裁量や高い年収を目指すのであれば、人や組織を巻き込みながら成果を生み出す力が求められるでしょう。

転職市場を見ると、キャリアの選択肢を広げている人ほど、まずは「自身の市場価値を高めること」に注力しています。これからの時代に求められるのは、「どこで働くか」ではなく、「どこにいても必要とされる人材か」という視点ではないでしょうか。