中国とオランダの狭間で揺れるNexperia
中国の王文濤 商務部長(日本の経済産業大臣に相当)は10月21日、オランダのカレマンス経済相と、オランダに本社を構える中国系半導体メーカー「Nexperia」を巡る対立について解決に向けて協議したが、お互いの主張は平行線のままで、初回の協議では解決策は見いだせず、物別れに終わった。
オランダ政府は9月末に経済安全保障上のリスクを理由に、突如としてNexperiaの経営権を掌握、親会社の中国Wingtech Technology(聞泰科技)の創業者 兼 会長でもある張学政CEOを解任したが、中国側はNexperiaの中国国内工場で実装した完成品の海外輸出を禁止する形で対抗しており、同社製半導体に依存する欧州自動車メーカーの間に懸念が広がっている状況が続いていた。そこに来て、ついに日本の自動車メーカーにも影響が出てきた模様である。
Nexperiaの半導体は、独ハンブルグの自前の半導体前工程工場にて大半の自動車向けディスクリートパワー半導体のウェハを製造、それを中国広東省にある自社の後工程工場に送ってパッケージングとテストを行った後、中国より世界の顧客に向けて出荷を行ってきた。
中国商務省とオランダ政府が解決交渉を開始
中国政府は、王 商務部長が、オランダのカレマンス経済相の要請に応じる形で電話会談を行い、Nexperia問題について意見交換を行ったとの声明を10月21日に発表した。
それによると、王氏は「中国政府は中国とオランダの経済貿易協力を非常に重視している。オランダ政府によるNexperiaへの措置は、世界のサプライチェーンの安定に深刻な影響を与えている。中国はオランダに対し世界のサプライチェーンの安全と安定の維持という全体的利益を第一に考え、契約履行、市場原理、法の支配の原則を堅持し、迅速かつ適切に問題を解決し、中国投資家の正当な権益を守り、公正で透明性が高く、予測可能なビジネス環境を構築するよう強く求める」とカレマンス氏に伝えたという。また、「カルマンス氏は、オランダ政府としてもオランダと中国との経済貿易関係を非常に重視しており、Nexperia問題の建設的な解決策を見つけるために中国と緊密にコミュニケーションをとることを望んでいる」とも述べている。
世界の自動車業界が相次いで困惑を表明
Nexperiaの半導体は、高度なプロセス技術を必要としない標準的な個別パワー半導体製品であるが、もともとの出自が大手半導体メーカーのNXP Semiconductorsということもあり、自動車に大量に使用されてきた。
そうしたこともあり、ベルギー・ブリュッセルに本拠を置く欧州自動車工業会(ACEA)は、Nexperiaの半導体チップの供給中断がただちに解決されなければ、欧州の自動車製造に重大な混乱が生じる可能性があることを深く懸念しているとの声明を10月16日に早々と発表した。また、米国の自動車業界団体「アライアンス・フォー・オートモーティブ・イノベーション(AAI)」も、中国とオランダ政府のあつれきに起因する半導体供給の混乱が米国の自動車生産に急速に影響を及ぼす可能性があると警告し、早急な解決を求めている。
欧州自動車製造の中心地であるドイツ自動車工業会(VDA)は、Nexperiaを巡る中国とオランダの対立について、VDA会長ヒルデガルト・ミュラー氏名義で10月21日に声明を発表し、「10月10日に(ドイツの)自動車メーカーとサプライヤはNexperiaから、一連の出来事により同社が自動車サプライチェーンへのチップ供給を完全に確保できなくなった旨の通知を受け取った。Nexperiaは、自動車電子システムの電子制御ユニットに頻繁に使用される半導体の世界的大手サプライヤだが、他の業界にも関連している。Nexperiaの半導体チップの納入中断が短期間で解決されなければ、この状況はすぐに大幅な生産制限、あるいは生産停止につながる可能性がある」と述べている。
このようにNexperiaを巡る対立は、米国の対中関税引き上げや、中国のレアアース(希土類)輸出規制などとあわせて、欧州の自動車業界にとっての新たなリスクとなっている。
日本自動車工業会も生産に深刻な影響を及ぼす事態を懸念する声明を発表
日本自動車工業会も10月23日付で「蘭半導体メーカーの情勢について」と題する声明を発表し、「蘭半導体メーカーより納品が保証できない可能性について(日本の)部品メーカーに通知があった事が確認された。現在、日本自動車工業会会員各社において部品メーカーと緊密に連携して対応に当たっている。該当のメーカー(Nexperia)が製造されるチップは電子制御ユニットなどに使用される重要な部品であり、この件は会員各社のグローバル生産に深刻な影響を及ぼす事態であると認識している」との懸念を表明。併せて「関係各国により迅速かつ現実的な解決がなされる事を期待している」と、問題の早期解決に向けた要望を行っている。
Nexperia内部も本社と中国法人との関係が泥沼化
中国政府は、オランダ政府によるNexperiaの経営権掌握に抗議する形で、同社の中国後工程工場で生産された完成品の輸出を全面的に禁止した。しかし、その措置の結果、中国の地元自動車メーカーの製造にも支障をきたす恐れがでてきたことから、中国国内の販売業者に限って供給を再開したと海外メディアが10月23日に伝えている。従来、Nexperiaの取り引きは、ドルをはじめとする外貨でのみ行われていたというが、中国国内での取引のみが限定的に再開されたことを踏まえ、業者への販売はすべて人民元で決済しなければならなくなったという。
また、Nexperiaの中国法人は、販売業者に対しても、顧客との取引を人民元建てのみで行うよう指示したという。中国での供給を安定させ、オランダの親会社からの独立性を高める狙いがあるという。
こうした流れを受けてNexperiaのオランダ本社は、同社の中国法人から出荷された半導体製品の品質について保証できないとする通達を顧客に行ったとされる。これに対して、Nexperia中国法人は、オランダ本社が中国法人の運営を妨害していると表明する事態に陥っている。
なお、オランダ政府が経営権を掌握したNexperiaオランダ本社は、同社の親会社であるWintechの支配下にある中国法人との対立が早期に解決する兆しが見えないことを受けて、中国国外で後工程(組み立てと最終検査)を行ってくれる代替パートナーを探している状況にあるという。

